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繚乱たる呪句に、  作者: 渡守
2章 しずむ闇
4/10

1.


 皇帝の息子達は、帝位を獲るために骨肉の争いを繰り返す事に何の疑問を抱かない。そんなことを繰り返せば、国が弱体化し滅ぶということに考えが至らない。

 武を持って国を成した時代ではなくなっているのに、多くの血を流した上で玉座を手に入た者が尊ばれると思い込んでいた。


 非生産的で、馬鹿らしいとしか思えない所業だとわかっている。だからといって、唯々諾々と自分の命を差し出すつもりは毛頭なかった。

 帝位に就くよりも、まずは生き残ることに私は全てをかけることにした。



 この際、帝国としての成り立ちや有り様など、どうでもいい。

 既に、芯をなしていた部分が腐りきっているのだ。使いものにならないのなら、排除してしまえばいい。将来腐るであろう部分を見越して、広く深くえぐり取っていく。

 あとは、生き残った者で新しく国を作ってしまえば良いだけだ。


 今は皇太子の狗に徹し、敵対する勢力を命ぜられるままに次々と削いでいく。上々の首尾を報告すれば、殺戮者としての評判が上がっていくのがそんなに嬉しいのか、皇太子は上機嫌に次の犠牲者を列挙した。


 都合のいい駒になりそうなものもあったが、替えのきくものに手間をかけるのも馬鹿らしい。ただ、その者の才覚次第で浮かび上がってくれば良いと息の根は止めず、好きにさせた。助けて頂いたと感謝していく輩の多さに、呆れるばかりだった。


 粛清を思う存分に振るう中、皇太子の本当の味方も間引いてやった。こちらは禍根を残さずに始末を徹底した。

 自陣の変容について全く気づいていない皇太子は、帝位まであと少しと悦に入っている。

 この皇太子ならば、帝位についても貴族にとって都合の良い為政者になるに違いなかった。馬鹿にも程度があると思うのだが。



 この度の骨肉の争いは内乱に近い跡目争いとなり、その決着をつけるために帝国の重鎮達は神皇国より皇女を皇太子妃として貰い受けようと動いた。抜け目無く生き残った屑どもが、いまだ足掻きをみせている。

 自分たちの手に力がまだ残っていると、見せびらかしたいのだろう。だから、名ばかりの皇女を見繕うのだろうと思っていた。しかしどのような手を使ったのか、正真正銘の皇女を降嫁せしめたのだ。

 驚いたことに神皇の同母妹を寄越すというのだから、皇太子の浮かれ具合も最高潮となった。



 帝国は、神皇国からその荒ぶる気性を厭われて放逐された皇子が作り上げた国である。本家筋の皇女を貰い受けることで、内外に乱が決着したことを知らしめようとしたのだ。


 しかし、やってきた皇女の鼻持ちならぬ態度には辟易した。皇太子に対してさえ、主家筋であることをかさにきてひたすら居丈高に振る舞っているのだから、辛うじて側室にしてもらった女から生まれた私など虫けらも同然だった。

 なるべくその視線に入らぬよう裏方に徹していれば、皇女と屈強な随行員達との間に面白いものが見えた。表向き随行員と称されているが、彼等は神皇国内において賤民の立場にある。


 随行員達の命数をあのいけ好かない皇女がしっかりと握っていたのだ。

 しかしいくらかほころびがみえることから、どうやらかなり古い呪らしい。おそらく、血筋をからめた呪に違いなかった。


 神皇国が長く大国であるのには理由がある。強大な武力を有する三部族を配下にしているのだ。

 群青の髪をもつ海の民、碧翠の髪をもつ山の民、朱紅の髪をもつ砂の民。どの部族も徒党を組まれれば帝国は対処のしようがない。といって、個別に倒すことも難しい強さを一人一人が有していた。

 そんな一騎当千の力があるというのに、賤民として扱われている現状を彼等が甘んじている。


 武力に長ける彼等がなぜ、世も末な皇女やそれに連なる一族をあがめ奉っているのか不思議でならなかったが、単に隷従させられているだけではないか。

 しかも都合のいいことに時が経ちすぎているから、呪がほころんでいた。


 私の力でここにいる者達の解呪は、皇女にばれることなく可能だ。

 


「私が帝位に就くのに力を貸してくれるのなら、その隷従を壊す手伝いをしてやろうか」



 男達に声をかければ、逡巡も見せずに乗ってきた。

 働き具合では、神皇国内にいる三部族の全てを解放させることも可能であることを告げれば、簡単に恭順の意を示した。



 そこからは一気呵成で思い通りに事が進む。


 皇太子を廃嫡後斬首、享楽に耽っていた男から帝位を簒奪してこれも斬首。生き残った皇子の中でめぼしい程度の力をもつものも切り捨てた。

 そうして本人は篭城していると思い込んでいた離宮から神皇国の皇女を引き摺り出し、帝位の箔付けのために娶った。

 都合のいいことに、初夜の立ち会いに皇女の屈強なる随行員が雁首を揃えさせていた。


 寝室で、皇妃となった女が私の出自を悪し様に罵るのを拝聴した。側室になれたもののあっけなく不慮の事故で命を落とした母を蔑む皇妃が、ひたすら厭わしかった。


 生涯に渡って、私の子どもを産む気はないと皇妃が宣言するのを止めなかった。

 それは、まぎれもなく呪であったから。己の吐いた呪が皇妃の身体にしみ込み、私の子を宿さない身体に作り変わるのを待つ。

 

 これで、私との間違いが起こりようがなくなったところで、皇妃に呪の制限を負荷させた。孕まないのは私の子だけにしておかないと、計画がうまく進まない。


 国許から連れてきた男達が、まだ自分の支配下にあると信じて疑わない皇女は、鼻高々と彼等に私の殺害を命じた。

 私を殺せば、帝国が簡単に手に入ると目論んだのだろう。

 なんともまあ、似た者同士が夫婦となったものだ。



 指一つ動かさぬ男達に、女がじれて叫ぶ。



「殺しなさい、殺して。早く殺すのです」



 神皇国の皇族は平安を希求する一族として有名であった。この女が異端なのか、それとも神皇国が変質してしまったのか。

 この荒ぶる気性は、帝国の皇族と何ら変わりはなかった。

 ああだから、帝国を作った皇子と同じく神皇国は女を放逐したのだろうか。



 必要なのは、皇女の血筋だった。それは私の血を引く子どもでなくても全然構わない。私が神皇国に乗り込んで呪を壊すよりも、皇族自身が唱えた方が解呪は安全で確実なものとなる。解呪と呼ばれる能力を先天的に有する事が出来るのは直系の二親等まで。

 皇女の産む者をこちら側の都合の良いように育てれば、事足りるのだ。


 隷従のくびきから解き放たれていた男達が父親ならなお、都合が良いことに間違いなかった。三部族の血を引いた皇子達は、優しく育ててくれた父方の一族の解放を強く望むだろう。

 そのことを、男達に説明した。




 女が無様な呪句を叫び続ける。

 誰にも効きやしない程度の低い代物だった。髪の毛一筋も傷つけることのできない呪句が切れ切れながらも延々と繰り返される。

 こんな程度の低い女に、こき使われ続けていたのかという憤りが男達から聞こえてくるようだった。



 男達が、歯車を回すようにかわるがわる皇女の腹に部族解放の元を注いでいく。不平等にならぬよう順番ずつ。



 蔑んで、顎で使っていた男達に物のように扱われる気分はどうだと聞いてやった。

 物扱いされているのに、気持ち良さそうに嬌声をあげていることを指摘すれば、しみったれた呪句を繰り出してくる。



 ああ、もう孕んだようだ。今、皇妃の身体の中で魔力の流れが変化した。

 無事に皇子達が生まれるよう、皇妃に呪句をほどこした。



 生まれてくるのが本当に楽しみだと思わないか。

 どの部族が一抜けできるのかと、男達と嗤いあった。




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