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繚乱たる呪句に、  作者: 渡守
1章 からまれたる花びら
3/10

3.

 乳離れするまで、両殿下のお世話をすることが決まった。主たる乳母が私で、足りない分は皇家及び後見人が何とかするそうだ。

 仕方の無い措置だと思う。胸だってそんなに大きくなってないんだから、3人分を供給するのは無理だった。そう、ありがたいことに息子にあげることを認めてもらえたのだ。


 乳母同士で親しくできるかと少し期待したのだが、警備の関係上、他の乳母に会うことは禁じられた。例外は認められず、息子の乳母とも会えなくなってしまった。両殿下への授乳が終わるまでは駄目らしい。

 私が自身を守る術を持たないのだからと、言われれば仕方が無かった。

 息子の乳母となってくれていた女性に変更がないのは幸いなことだったけれど、会えなくなるのは寂しい。

 別れの挨拶をする時に、二人して涙ぐんでしまった。息子の乳母として、これからも支えてくれるとわかっていても、寂しいものは寂しかった。



 そんな寂しさを吹き飛ばしてしまうのが、赤児の存在である。

 身分差があるのは承知しているけれど、ほぼ同じ月齢の赤児が三人でじゃれあう姿は大層可愛らしかった。

 並べて寝かしつけていれば、同じ向きで寝付き、同時期に寝返りをうってくる。一人が伸びをすれば、負けじとばかりに残りの二人が続いて伸びをしていくのだ。

 ついつい構ってしまいがちで、子だくさんの毎日を満喫する。



 住まいは、皇子達の安全を最大限に配慮された離宮だった。

 声の出ない私は、この地に於いてもとても大切に遇されている。

 まず最初に、私の世話をする者達は以前と変わらずという説明を受けた。公爵家の離れの陣容をそのままこちらの離宮へと転任させてきたのである。それが、破格の厚遇であるのは世間知らずの私にもわかった。

 何より、安堵したのはライドと寝食をともにすることができたことだった。

 私の身のことで、公爵家と陛下達の間で何度も話し合いがもたれたようだった。



 つらい思いばかりさせてすまないと、父や兄様達が気遣ってくれてばかりである。

 ここにきて、母の体調が思わしくないとの知らせがあったのも私を気遣う要因となっていた。

 母のことが心配で、意を決して宿下がりを願い出たが、許されなかった。皇子達との間に良好な関係を築き始めたところなのだ。多少の期間であっても、そのつながりを断てば、また一から始めなければならなくなると、思われているらしい。


 体調を崩している母には、陛下より皇家お抱えの医療団が差し向けられたそうだ。

 私は、母の体調が戻ることを祈るしか術が無かった。

 


 陛下や将軍達は、週に何度も皇子達の様子を確認するために頻繁にこちらまで足を運ばれていた。そう、皇子を抱き上げていたのは将軍達だった。どうりで、皇子を抱えて姿を現した時、大広間の空気が変わったはずだった。

 それぞれが、皇子の筆頭後見人に任じられているそうだ。勅語故になされた措置で、赤児の内に軍部が後見人につくのは珍しいことなんだと父が言葉少なく説明された。将軍達は、両殿下と強い縁で結ばれているから、誰も口をつぐむしかないと。


 将軍達に、無体なことをされていないかと心配そうに尋ねてくる。

 父が心配しているようなことは何もされていなかった。そのことは、公家から付いてきてくれた侍女達から伝わっているはずなのにと不思議に思えば、直接、聞きたかったらしい。父の私に対する心配性は相変わらず治りそうにも無かった。



 本来なら、乳母である私が皇子達を抱えて陛下の命ぜられるままに出向かなければならない。

 しかし呪句が唱えられないこの身では、何もかもが煩雑になってしまう。移動陣も使えないし、万が一のことがあった際に、皇子達の盾にすらならないのだ。

 陛下達が足しげく通ってくださるのは、私に原因があった。

 居住まい正しく対応していたが、早々に普段通りで構わないと命ぜられた。



 子育ての様子が見たいのだそうだ。



 はっきり言いたい。私のしているのは、なんちゃって子育てである。

 考えてもみて欲しい。この世界は何もかも呪句が必要なのだ。

 一つも唱えられない私に子育てなどできるわけがない。皇子達の世話をしているのは、私についてきてくれた侍女達であり皇宮に使える女官達だった。

 


 丁度、息子の授乳が終わってあやしている時に顔を出された陛下が、横に座ってきた。

 息子を、侍女へと手渡そうとするのを止められ、その腕に抱き上げられる。眠りかけていた息子は、陛下の顔を一瞥したあと本格的に眠ることにしたようだった。

 息子の態度を楽しそうに受け入れて、喃語でねだられるままに腕は揺り籠化という不敬も最たるものとしか言いようが無い。

 赤児だからと言って息子よ、その態度はまずいと思う。心臓がどきどきする。



 手元に筆記具が用意され、陛下と会話を交わす。

 陛下との会話に追いつくために、走り書きの速度は目覚ましく略字略文もお手の物となった。

 ライドとの会話では身に付かなかった技能である。

 公爵家にいた頃、周りにいた人たちは誰もが、私のやり終えるのを辛抱強く待ってくれる人たちばかりだったから。


 最後にいつもと同じく、日々に不都合はないかと優しく尋ねられ、ないことを伝えて本日の陛下の訪問が終わる。

 眠り込んでいる息子を私の腕に返してくれた陛下は、書き散らかした紙を集めて手にもったまま部屋をあとにされた。





 皇子達の成長も著しく、順調に乳離れを終えた。これでお役御免になるのだと思い込んでいたのだが、そのまま留め置かれた。両殿下が物心つくまでの世話を頼まれる。

 側にいるだけの能しかないので、辞退申し上げたが押し切られてしまい、引き続き皇子達の世話をする女官の側にいることとなった。

 

 

 活発に動き回る皇子達の側をうろうろとついてまわる。抱っこをせがまれば、順番に抱き上げてその成長を楽しんだ。



 けれどももう、本当に潮時だと思う。暇乞いをする時期が来たと強く感じていた。そのことをライドにまず伝えて、陛下には改まって奏上した。





 暇乞いの話しをしていたはずだったのに。

 皇妃が身籠ったらしい。

 産まれてくる子の乳母になって欲しいと頼まれた。

 もう、乳が出ていないことを恥ずかしさを隠して伝える。

 私では役に立たないと伝えれば、身籠れば良いと手を握りしめられた。



 陛下に求婚されてしまった。ライド、ライド、ライド。どうしよう。どう断ったらいいの。

 もう、あの離れに帰りたいの。

 真摯に欲しいとこわれたが、私は恐れ多いです、と必死になって首を横に振り辞退を繰り返す。

 陛下と距離を置こうと、掴まれた手を引き抜こうとするが叶わなかった。

 怖くて、怖くて、怖くて。

 声にならない言葉を叫ぶ。


 ライド、ライド、ライド。


 叫び続ける唇を陛下に奪われた。

 何一つ逃げること叶わず、口腔が蹂躙されていく。



 そうして、せり上がってくる何かが、私の意識を唐突に暗闇へと飛ばした。






 寝台の上で目覚めた時、側にライドがいた。その姿があっという間に涙の中に滲んだ。

 伸ばしあった手を握りしめあった。

 お守りすると誓ったのにと沈痛な面持ちのライドに、迷惑をかけているのは私の方だということを一生懸命伝えた。


 私の意識が戻ったとの報告がすぐに行ったのか。陛下が時を置かずして、寝室にまで顔を出す。

 ライドが席を外さず私の手を握ったままなのを一瞥した瞬間、険しくなった表情を隠そうともしない。



 私が、夫はライドだけだと思っている気持ちを尊重するよと陛下がため息をついた。ただ、皇妃が次に産む御子の乳母も私に任せたい気持ちに変わりなく、間に合うよう早く身籠れと、発破をかけられた。

 陛下が話している間中、ライドが痛いほどに強く私の手を握りしめてくれた。その力強さに勇気をもらって、頑張りますと大きくうなずいた。

 いつも、ライドに助けてもらってばかりだ。



 そうして、濃厚な夫婦の時間が再開された。夜ごと、ライドに貪られる。時には、明るい日差しの中で抱かれる時もあった。

 こちらが夢うつつになっても離してもらえない日々が続けば、当然のことながら身籠るのも早かった。



 息子の時以上に、皆が私の体調管理に血道を上げだす。快適な日々が続くということは、それだけの手間を掛けていただいているということ。

 感謝を忘れてはいけない。



 生まれてきたのは、双子の女の子達だった。小さいながらも元気な産声を上げた赤児達をぎゅっと抱き締めた。この子達も大丈夫だったと安堵する。

 どちらも私の容姿を受け継いでいた。違いは、瞳の色だけ。私の瞳の色を受け継いだ女の子と、曾祖父の瞳の色を持つ女の子。

 どちらの子も、内面だけでもしっかり者のライドに似てくれればと願っているのだけれど、難しそうだった。

 しっかり者に育ちつつある息子の赤児時代とは明らかに違うのだ。何だろう、この頼りなさは……心配で心配でならない。


 そんな私の懸念を、ライドが十分にすくいとってくれる。


 陛下達の態度も全然違った。皇子達に接する時よりも、娘達に対する時の雰囲気やその手つき。

 格段に優しく抱き上げたりと、配慮が目に見えて違う。将軍達が抱き上げるときの手つきに駄目出しを出されるほどである。


 私よりも先に皇妃が無事に出産を終えていた。碧翠の髪を持つ美しい皇子だった。

 三人分の授乳と、やんちゃに足を突っ込み出した幼児達が三人。



 気がつけば、子だくさんを満喫する日々が続いていた。

 引っ付いて回る子ども達の笑い声や泣き声が、こんなにも愛おしい。



 どの子も健やかに育ってくれたらと願って止まない。





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