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繚乱たる呪句に、  作者: 渡守
1章 からまれたる花びら
2/10

2.


 息子を腕に抱き、ライドとナザル兄様とで団欒を過ごしている時に、それは起こった。


 目の前で圧倒的な魔力が展開された途端、近衛軍が私達を囲んでいた。丁寧な物言いであったが、拒絶を許さぬ姿勢で本邸にまで連れて行かれた。

 顔色を青ざめさせた両親が、私達を出迎えてくれる。挨拶を交わせる雰囲気などどこにもない。そのまま、皇宮へと魔力で飛ばされる説明を受けるだけだった。


 その際、一悶着が起きた。


 声の出ない私は障壁を作ることすらできない。ライドと兄様が、代わりにかけようとするのを止めてきたのだ。

 兄が私の身体状況を必死に説明をする中、強く抱き締めていた息子を父に急いで預けた。父と母ならば、絶対に息子を守ってくれる。

 もちろんライドとは早々に引き離された。

 そうして家族全員が先に転移させられた。



「声が出ないのですか」



 恐慌に陥りかけていた私は、この場で多分一番偉いと思われた人に丁寧に問いただされた。

 大きく大きくうなずくことしかできない。



「私が話していることは聞こえるのですね」



 うなずく。



「……今から、皇宮の大広間に転移します。そこで生まれたばかりの皇子達の乳母が募られる予定です。断れば貴方も含めて一族郎党全てが斬首されます」



 それは、募集ではないのでは?



「家族を助けたくば、貴方の下らない矜持など捨ててしまいなさい」




 厳重な障壁をかけられ、近衛に囲まれて皇宮に飛ばされた。先に送られたライド達の姿を見つけ、ひとまず安堵した。

 駆けつけようとした私の耳元で再度、男が念押しをかけてくる。



「貴方の誇りなど何の役にも立ちません。赤児に乳をやるだけで公家の方々が助かるのです」



 息子の無事を確認してライドの胸に飛び込んだ。どこにも怪我を負っていないことを互いに確かめあった。



 大広間には、私達のような家族が呼び集められているようだった。生まれたばかりの赤ん坊と母親とその家族たち。

 乳母の募集は本当のようだった。

 しかし、乱暴過ぎるのではないだろうか。息子の乳母を決める際、こんな殺伐とした招集はされていなかった。それとも私が知らなかっただけなのだろうか。



 ライドが強いて、優しい顔を見せてくれた。

 両親は諦念を滲ませ、兄は覚悟を決め凪いでいる。

 私一人が、分けもわからず置いてけぼりだった。



 程なくして、玉座に皇帝陛下が座した。頭を上げよと、声がかかる。

 皇帝にしては若すぎるとも言える男性が、立ち並ぶ私達を睥睨していた。



 音も無く武官が二人、包みを抱えて皇帝の側に立つ。

 広間のあちこちから、引きつるような息をのむ音が漏れ聞こえた。

 私にとって武官達の風貌は初めて見るものだった。群青の髪と瞳、朱紅の髪と瞳。



「先日、皇妃が双子の皇子を産み落とした。誰ぞ、この皇子達の乳母にならぬか」



 誰も、手を挙げようとしない。

 どうして? 皇子の乳母は誉れではないの?

 私を抱き締めるライドの腕に力が籠る。



「皇子達が乳が欲しいと泣き出すまでに、進退を決めるが良い」



 誰も声を発しない中、時が過ぎていく。

 間の悪いことに、私の胸が痛いほどに張ってきた。息子をちらり見遣れば、父の腕に抱かれて気持ちよく夢の中にいる。

 寝付きの良い上にたっぷりと眠り込む性質だった。ありがたいことに、とても育てやすい赤ちゃんである。



 武官の腕に抱えられた赤児はもうすぐ起き出すのだろうか。


 あ、一人目が泣き出した。

 皇子の泣き声に、ますます胸が張った。痛くて仕方が無い。息子はまだ眠りについたままで、この張りを何とかしてくれるのは泣いてる赤児だけだった。

 誰も手を挙げないのなら、私の乳をあげてもいいはず。



 しかし、それをどうやって伝えれば良いの?

 身じろいだ私をライドが抱き締める。その腕を優しく撫で返した。

 私をここまで連れてきた近衛に視線を合わせてうなずけば、驚いた顔を返された。

 意味が分からない。

 あれだけ乳母になるように強要してきたくせに。



 私達のやり取りに気づいた陛下が、玉座をおりてわざわざ私のもとまでやってきた。



「ルヴァン公の縁に繋がる者か」

「公の末娘にあたります。声が出せません」

「皇子の乳母になるのか」



 うなずいた。

 陛下も、驚くのか。何が起こっているのだろう。

 わからない。分からないことだらけだった



 乱暴に引っ立てられるのかと慌てたが、腕をつかんできた陛下の手は穏やかだった。泣いている皇子の元へ連れて行かれる。反対の手はライドの腕を握ったままだった。

 私に手を引かれるライドに皇帝が目を見張る。当然だった。でも、緊張の余り指が固まって離せないのだ。



 武官が泣いている皇子を私に見せた。初めて目にする群青色の髪にライドとともに驚いた。ようやくライドの腕を離せた私は、皇子をそのまま抱き上げてあやす。

 お腹が空いているから泣いてるので、当然ご機嫌は悪いままだ。泣き止むはずが無い。


 そのまま皇帝に肩を抱かれ、用意された衝立ての内側に入った。授乳の用意が既に為されていた。

 あとはこちらの用意だけ。腰を下ろした私の後ろに回り、ライドが背中に並んだ釦を外してくれる。襟ぐりが広げられた。

 当然のことながら、張った胸が衆目に晒される。濡れた布で胸をぬぐい、皇子にふくませればものすごい勢いで飲み始めた。

 胸の張りが一挙に解消され、息をついだ。


 皇帝も武官もライドも、無心に乳を飲む皇子から目を離さずこちらを凝視しているようだった。ということは、私の胸も見られているんだろうなぁと、気づきたくもない事実にわき上がる羞恥心をねじ伏せようとするのだが駄目だ。恥ずかしくて仕方が無い。

 胸元の皇子に意識を集中させ、周囲の気配をなんとかしようと頑張ってみるのだが駄目だ。

 乳母の仕事は乳をやること。息子の乳母もそうしてくれている。

 これは、恥ずかしいことじゃない。お題目を必死になって唱え続けた。


 皇子の飲みっぷりが落ち着いてきた。お腹が満足してきたのか、既に眠り出している。そっと胸から外し、肩に頭を乗せてその小さな背中をとんとんとんと、撫で続けた。

 しばらくして、可愛らしい呼気音が聞こえて和んでしまった。胸元を直しつつ、そのまま抱きあげていたら、衝立ての向こうから赤児の泣き声が聞こえた。



 衝立ての向こうへ陛下が移動した。乳母を募る声が聞こえるが、引き受け手は誰も出ていないようだった。

 赤児の泣き声が甲高く、強くなる。

 雰囲気の悪さがこちらにまで伝わってくる。

 抱いている蒼の皇子様はぐっすり眠り込んでいた。


 片方の胸だけで満足してくれたから、お乳はまだ余っていた。今、泣いている皇子にだって、十分満足してもらえるような量が残っているはずだった。



 付き従っていた武官に、眠り込んだ皇子を受け取ってもらい、もう一人いいですよと合図した。驚かれるのは当然なわけで、無茶なのは重々わかっていた。二人分、息子を入れれば三人分を乳離れするまで私が出せるわけが無い。

 毎日三人分ともなると、一ヶ月もつかどうかだろう。

 でも未だに泣き続けているということは誰も手をあげていない証拠だし。

 あんなに欲しがって泣いてるから仕方ないと思う。

 とりあえず、当座しのぎにでもなればいい。



 朱紅の髪をもつ皇子様が私の胸もとにやってくる。先ほどの手順を繰り返し、張った胸を差し出した。

 ああ、本当に良い飲みっぷり。この子達は大きくなるわ。





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