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リセット  作者: みずの
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「あ、優雅、こっちだよー」

 約束の13時に待ち合わせ場所に着いた時、美羽が大きな声で手を振って呼んでいるのに気がついた。

「ギリギリになっちゃってごめんね」

 時計の針を確認しながら、優雅はそちらに駆け寄る。その場所にはもうすでにクラスメイトの夜彦も、草壁萌も来ていた。

 …そして、ライの姿もきちんとそこにある。



「じゃあとりあえずゆっくり話せるところに行こうか」

 班長である夜彦の言葉をきっかけに、一同は近くのファミレスへ移動した。その間もライは夜彦と並んで何かを話しているので、優雅はあれ以来会話を交わすタイミングを計りかねてしまう。



(…さすがに…全く顔には出してないけどね)

 あんなに機嫌悪くソウと優雅に言葉を叩きつけた時の雰囲気は、微塵も残っていない。

 優雅からしてみれば、来てくれただけで十分だ。あの態度だとこの話し合いにも来ないのではないかと思わされたから。

 さすがにそこまで無責任にはなれないらしい。



 全員昼食はとってきてあるということで、軽いデザート類とドリンクバーを頼んで窓側の席に座った。

 そして夜彦が持ってきたガイドブックやら学校で配られた資料をテーブルいっぱいに広げる。

「しかし今時、修学旅行が国内ってどうなんだよ」

 九州のガイドブックをパラパラとめくりながら、ライはそんな呟きを漏らす。

「そうだよね。今は公立だって海外が増えてるのに」

 同意する美羽の隣で、夜彦は苦笑いを浮かべた。

「でも、皆中学の時に行っただろう京都・奈良じゃない分マシなんじゃないかな」

「そうよね。京都と奈良はイイところだけど、どちらかっていうと修学旅行より個人的な旅行で行きたいし」

 萌も同調しながら、半ば真剣な面持ちで資料に目を落としている。

 そんな雑談をしながらの話し合いは、滞ることなく着々と進んでいった。




 その少し長めの時間の間に、優雅は何度か正面のライをこそりと盗み見た。

 その表情には不機嫌さの欠片もないが、それはそれで別のことが気になってくる。一体ライは、あの後木本理子とどうしたのだろう。

 昔から年上好きを公言しているライだ。「何か」が起こる可能性だってあるかもしれない。

 だけど優雅には、そんなことで胸をざわつかせる自分もまた理解できないのだ。

(何でこんなに気にしてるんだろ、私)

 それこそ家族同然の愛のようなものだろうか。兄妹同然で育った環境だからこそ、心配してしまうのかもしれない。

 そうなると、優雅にもソウの気持ちは分からなくもなかった。ライが悪い女に捕まりはしないかと気になってしまうのも分かる。

 ただ、それがライの怒りに触れるのだということも事実だ。





「じゃあ、後は僕がまとめてきて先生に提出するよ」

 修学旅行の班行動でどこを回るか大体決め終えたところで、夜彦がそう話し合いをしめくくった。

 彼の手際が良かったおかげもあり、揉めることもなく順調に話はまとまった。



 精算を終えてファミレスの外へ出る頃には、午後3時を回っていた。

「せっかく集まったんだし、カラオケでも行く?」

 まだ外も明るく解散するには早いということもあり、美羽がそんな提案をした。夜彦と萌が賛同して頷く中、優雅は申し訳なさそうに首を竦める。

「…ごめん、今日はちょっと…」

 今日は確か母親が仕事の日だ。帰りが夜になるため、優雅はできるだけ母親が仕事の日は食事の用意や家事を手伝うことにしている。

 その旨を伝えると、3人は「そっか」と納得して返した。そんな隣で、ライが軽く片手を挙げてみせる。

「俺もパス。この後先約があるから」

「えっ、ライくんも帰っちゃうのっ?」

 ライの言葉を聞き終わらないうちに、萌がそんな声を上げる。だがその言葉は彼女自身意図したものではなかったらしく、自分の発した声にハッと我に返って口元を押さえた。

 そんな様子を見て、「素直だなぁ」と優雅は思う。萌がライのことを好きだなんて感じ取ったことは全くなかったけれど、今の雰囲気からはそうとしか取れない。



「じゃあ、お先」

 萌の態度を気にした様子もなく、ライはそれだけ言って身を翻した。…いや、鋭いライのことだ。気づいていて知らないフリをしただけだろう。

 萌の素直さが、少しでもいいから自分にもあればよかったのに。優雅は内心でそんなことを思った。

 今だって、本当なら呼び止めて聞きたいのだ。誰との約束があるのか、それは午前中一緒だった木本理子なのか…。

 そう尋ねられることをライが嫌がると分かっているから、声をかけることもできないけれど。



「私も帰るね。楽しんできて」

 にっこり笑って残った3人に声をかけ、優雅はライとはまた反対方向の駅へ向けて歩き出した。




******



 昨日母親が大量に買い物をしてきたはずだから、冷蔵庫に食材は十分あるはずだ。

 適当に何か作ろうと考えながら家へたどり着くと、家の前の駐車場の空きスペースに優雅の家のものとは別の車が止まっていた。

「……」

 見慣れたそれは、ソウとライの家のものだ。少しだけ目を見開いて家のドアを引くと、鍵がかかっているはずだと思っていたそれは何にもひっかかることなく開いた。



「あれ優雅、おかえり」

 玄関の音を聞きつけたらしい優雅の母親が、リビングからひょっこり顔を出す。

「お母さん、今日仕事じゃ…」

「あ、やっぱり聞いてなかった。休みになったって朝言ったじゃない。今朝の優雅は浮かれっぱなしだから聞こえてないんじゃないかと思ってたけど、本当に聞いてなかったのね」

「…う…ごめん…」

 苦笑いを浮かべる母親に小さく謝って、優雅は玄関で靴を脱ぐ。確かに今朝はソウに会えるからと朝からテンションが上がりっぱなしで何を言われてもスルーしていたように思う。

 ため息をつきながらそのままリビングへ向かうと、そこのソファには予想通りの来客の姿があった。

「優雅ちゃん、おかえりー」

「おばさん、この前はごちそうさまでした」

 表の車が示す通り、そこにいたのはライの母親だった。

 ペコリと頭を下げながら挨拶をすると、「いいえ、また来てね」とニコリと微笑む。そしてそれから、「そういえば」と言葉を継いだ。

「今日、お兄ちゃんの家探しも付き合ってくれたんだって? ありがとう」

「え! いいえ…!」

 ライに誘われたとはいえ、行きたがったのは自分だ。お礼を言われて恐縮していると、優雅の母親が新たに淹れ直した紅茶を差し出しながら笑った。

「それにしても、本当にこの近くで一人暮らしするのね。こっちは優雅と女2人暮らしで無用心だから、近くにいてくれると心強いわ」

「そうでしょ。男手が必要な時も呼んでコキ使ってくれていいのよー。頼人ほどじゃないけど力もあるから」

「…私、着替えてくるね」

 楽しそうに話している母親たちに小さくそう声をかけて、優雅は一旦リビングを後にした。



「…優雅ちゃん、何か元気ない感じね」

 ライの母親が、そんな後ろ姿を見送った後にポツリとそう呟いたことは知る由もない。

「昼過ぎに帰ってきたうちの子もちょっと様子がおかしかったのよね。ケンカでもしたのかしら」

「ケンカ…? それはないでしょ」

「…そうよねー。頼人とならともかく、優雅ちゃんがうちのお兄ちゃんとケンカするわけないか」

 苦笑いを浮かべた彼女は、温かい紅茶を一口飲んで肩を竦めた。





 母親同士が昔から仲が良いため、こうしてどちらかがもう一方の家を訪ねることは珍しいことではなかった。

 特別なことではないけれど、それでも今日このタイミングでライの母親に会えたのは何らかの巡り合わせのようなものかもしれない。

「おばさん、ちょっと聞いてもいい?」

 着替えを終えてリビングに再び降りた優雅は、母親がキッチンにいる間にこそりと彼女に話しかけた。

「もちろん。なぁに?」

 にっこり笑って先を促され、優雅はソファの向かい側に腰かける。

「ソウちゃんとライって、ケンカとかしたことあったっけ…?」

 どうすれば仲直りができるのか、昔ケンカをして仲直りをしたことがあればそれと同じきっかけを作ればいいと思った。

 だが優雅には、2人がケンカをしているところなど欠片すら記憶にないのだ。縋るように尋ねたけれど、苦笑いを浮かべた彼女からは満足な答えは聞けそうになかった。

「ケンカねぇ…年が離れ過ぎてるせいか、ケンカになることもほとんどなかったのよね」

「そう…だよね。ライのこと大好きなソウちゃんが怒るわけないし…」

 やはり昔のことも参考になりそうにない。そう思って何気なく呟いた言葉だったけれど、意外にもライの母親はそんな優雅のセリフに目を丸くした。



「お兄ちゃんが? むしろどちらかというと、頼人の方がお兄ちゃんのこと大好きでしょ」

「…え?」

「昔っからお兄ちゃんっ子なのよね。お兄ちゃんの方は…どうかしら。弟が生まれてきた時から色んなことを我慢してきてるし、かわいがってるのは本当だけど葛藤も多かったんじゃないかしら」

「……っ」

 昼間にソウ本人から聞いた話に繋がりそうな彼女の言葉に、優雅は思わず息を飲んだ。

 母親は…子どもが思うよりよっぽど子どもの内面に気がついているのだ。



「で、どうして? あの2人が珍しくケンカでもした?」

「…え、ううん…そういうわけじゃ…」

 心配をかけるわけにもいかなくて首を振ったけれど、そんな優雅の様子にライの母親はあっけらかんと笑ってみせた。

「大丈夫よ。どうせ頼人が怒ってるんでしょ? 怒りっぽいけどきっかけさえあればすぐ反省するんだから、あの子」

「……そう…かな」

「そうよ。…まぁ素直じゃないからその『きっかけ』が難しいんだけどね」

「なぁに、何の話?」

 彼女が豪快に笑ったところで、優雅の母親がそう首を傾げて尋ねながらキッチンから戻ってきた。

 そんな自分の母に「何でもない」と返して、優雅は座ったばかりのソファから立ち上がる。

「ありがとう、おばさん」

「どういたしまして」

 短く礼だけを言って、優雅はリビングを後にした。2人とアフタヌーンティーを楽しむのもいいけれど、それより先にやらなければいけないことができてしまったからだ。




 自室に戻ってすぐ、机の上に置いてあった携帯電話を手にする。

 電話帳から目的の人物を呼び出すと、迷うことなく発信ボタンを押した。

 …出ないかもしれない。というより、出ない確率の方が高い。

 だけど自分が行動するなら今だと、直感が告げる。

『もしもし』

 長いコール音の後、相手が出た。優雅からの電話に出るかどうか迷っていたのだろうか。

 それとも今一緒にいる人物に遠慮したか…。電話の向こうから聞こえる音はどうも車の中にいる音のようで、優雅は一瞬胸がざわつくのが分かった。

 …恐らく、やはりライは今もあの木本理子と一緒なのだろう。



「ライ、今ちょっと大丈夫?」

 だけどそんなざわつきは、全て胸の奥底に押しやる。問いただしたい気持ちもあるし気にはなるが、同じ轍は二度と踏まない。

『あぁ。何?』

 返ってきた声は短すぎて、機嫌が悪いのかそうでないのかは判断しにくい。

 ただ頭ごなしに拒絶されることもなかったので、ライの気分が変わらないうちに言葉を継ぐ。

「ライ、今朝言ったよね。『俺のことに口出しするな』って…。だからこれで最後にする」

 耳元に押し当てた携帯を持つ手に、ぐっと力をこめた。

「…最後だから、聞いて。今朝のこと…ソウちゃんにはちゃんと謝って」

『……』

「言い過ぎたって、少しは思ってるんでしょ? だったら謝ってほしい。その代わり、私もライのことには二度と口出ししない」

 ライが何かを答えるより早く、優雅は少し口早にそう告げる。

「それと…ライ、私ね、ソウちゃんに告白した」

『…!』

 電話の向こうで、一瞬ライが息を飲んだ音が聞こえた気がした。恐らくライは、優雅にはまだそんな度胸はないと思っていたに違いない。



「私は…ソウちゃんのこと知っているつもりで何も知らなかったと、この前思い知ったばかりだった。でも…言わずにはいられなかったし、後悔もしてない。そしてそのことについては誰にも意見されたくないとも思う。だから…自分のことで他人に口出しされたくないライの気持ちが初めて分かった気がする」

『……』

 それは、自分でも無自覚の思いだった。ここまで明確に考えていたわけではない。

 ただ、ライに向けて話しているうちに自分の気持ちが固まるように淀みなく言葉になって出ていく。




『…分かった』

 ライは、それだけしか答えなかった。そしてたったその一言の響きだけを残して、プツッと通話が途切れる。




 こんなことが本当にあの兄弟の仲直りのきっかけになるのかなんて分からない。でも、優雅は黙っていることもできなかった。

 それは、全てソウのためだ。ソウにあんな悲しい顔で笑ってほしくないから。ただそれだけなはずなのに、胸が痛むのは何故だろう。



 ライのことにもう口出ししない代わりに、自分のことにも口出しするなと告げたようなものだからだろうか?

 何らかの決別を表すようなその言葉に、ソウのことだけを想う自分には後悔などないはずなのに。




「これも兄弟離れみたいなもんかな…」

 携帯電話のボタンを押して画面を戻しながら、優雅は呟いた。実の兄妹でなくても、家族同然のような思いは確実にあったはずだ。

 だから、こんなに胸が痛むのだろうか。それとも実の兄妹だったら、もっと悲しいのだろうか。



 漠然とそんなことを考えながら、優雅は言葉通りライとの決別を示すように、手にした携帯を机の上に置きざりにした。






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