表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢の引退カフェ経営。静かに暮らしたいのに、元婚約者が「君の淹れる紅茶じゃないとダメだ」と泣きついてくる。知らんがな。  作者: 綾瀬蒼


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/50

第9話 皇子様の嫉妬と、真夜中のホットミルク

「きゃぁっ!」


 ガシャン! という音ではなく、ふわり、という音がした。

 躓いたセリーヌ様と、宙を舞った皿を、ジーク様が目にも止まらぬ速さでキャッチしたのだ。


「……セリーヌ。配膳は無理にしなくていいと言っただろう」

「うぅ……申し訳ありません、兄様。わたくし、お皿一枚運ぶのもままならないなんて……」


 セリーヌ様が涙目になっている。

 彼女が看板娘として働き始めて三日。

 「帝国の至宝」と呼ばれる美貌のおかげでお客様は倍増したが、当の本人は生粋のお姫様。お盆を持てばひっくり返し、オーダーを取れば書き間違えるという、見事なポンコツぶりを発揮していた。


「いいんですよ、セリーヌ様。いてくださるだけでお店が華やかになりますから」

「レティシアお義姉様……! お優しい……一生ついていきますわ!」


 セリーヌ様が私の腰に抱きつく。

 ジーク様がそれを見て、「そこ、離れろ」と不機嫌そうに妹を引き剥がした。

 最近、ジーク様の過保護(というか独占欲)が加速している気がする。


 そんな賑やかなランチタイムのことだった。


「へぇ、ここが噂の美女がいるカフェか」


 ドヤドヤと入ってきたのは、いかにも羽振りの良さそうな冒険者グループだった。

 装備は高価だが、その目は品定めするようにジロジロと私を見ている。


「いらっしゃいませ。何名様ですか?」

「お、噂以上の美人じゃん。ねえ店長さん、こんな田舎でチマチマ稼ぐよりさ、俺たちの専属料理人にならない?」


 リーダー格の男が、カウンター越しに私の手に触れようとしてきた。


「俺たち、Sランク目指してる有望株でさ。金ならあるぜ? 王都の高級マンションも夢じゃない」

「お断りします」


 私は即答し、スッと手を引いて距離を取った。

 本日二度目のナンパだ。最近、こういう手合いが増えて面倒くさい。


「つれないなぁ。いいじゃん、ちょっと話だけでも――」


 男が身を乗り出し、無理やり私の腕を掴もうとした、その時。


 ドォン!!


 何かが爆発したような音がして、男の動きが止まった。

 音の発生源は、男のすぐ横の壁。

 そこには、深く突き刺さった銀のフォークがあった。


「……手が滑った」


 底冷えするような低い声。

 ホールに立っていたのは、笑顔(目は笑っていない)のジーク様だった。


「お、おい……なんだテメェ……!」

「お客様。当店の店主に、それ以上気安く触れないでもらおうか」


 ジーク様が一歩近づく。

 ただそれだけで、店内の空気がピリリと凍りついた。

 戦場で数多の敵を葬ってきた「死神」の殺気。一般の冒険者が耐えられるものではない。


「ひっ……!」

「その手は、食事をするためのものか? それとも、二度と使い物にならなくしてほしいのか?」

「わ、悪かったよ! 帰る! 帰ればいいんだろ!」


 男たちは悲鳴を上げて逃げ出した。

 食い逃げにならなかったのは、入り口で待ち構えていた熊さん(グリズリー)に財布を投げつけていったからだ。


「……まったく。質の悪い客が増えたな」


 ジーク様は壁からフォークを引き抜き、ため息をついた。

 セリーヌ様が「兄様、怖すぎですわ……」とドン引きしているが、私は助けられた安堵の方が大きかった。


 ◇◇◇


 その日の夜。

 閉店作業を終え、セリーヌ様も二階の自室(客室)で眠りについた頃。

 私は厨房でホットミルクを作っていた。


「……眠れないのか?」


 背後から声をかけられ、振り返るとジーク様がいた。

 寝間着代わりのラフなシャツ姿で、昼間の殺気立った様子とは打って変わって、どこかアンニュイな雰囲気だ。


「いえ、少し温かいものが飲みたくなって。ジーク様もいかがですか?」

「ああ、頂こうか」


 二人並んで、湯気の立つマグカップを口にする。

 静かな夜だ。虫の声だけが聞こえる。


「……昼間は、すまなかった」


 ぽつりと、ジーク様が言った。


「少し、やりすぎたかもしれない。お客様を怖がらせてしまった」

「いいえ。助けていただきましたから」

「……いや、あれは俺の我儘だ」


 彼はカップを置いて、私の方を向いた。

 長い睫毛が影を落とす。


「君があの男に触れられそうになった時……頭の中が真っ白になった。君が他の誰かのものになるなんて想像するだけで、耐えられなくなる」


 真剣な眼差し。

 隠しようのない情熱が、そこにはあった。


「レティシア。俺は、君が思っている以上に嫉妬深い男らしい」

「ジーク様……」

「皇子としての立場も、余裕も、君の前では形無しだ。……困ったな」


 彼は自嘲気味に笑い、そっと私の頬に触れた。

 大きくて温かい手。

 カイル殿下の時には感じたことのない、胸の高鳴りを覚える。

 これは「ときめき」なんて可愛い言葉で済ませていいのだろうか。


「……私は、どこにも行きませんよ」


 精一杯の言葉が、それだった。


「この店が好きですし、ここの従業員みんなが好きですから」

「『みんな』か。……まあいい、今はそれで」


 ジーク様はふっと表情を緩め、私の額にコツンと自分のおでこを合わせた。

 近すぎる距離に、心臓が爆発しそうだ。


「おやすみ、レティシア。……いい夢を」


 彼はそれだけ言い残し、優しく私の頭を撫でて部屋へと戻っていった。


 取り残された私は、冷めかけたホットミルクを一気に飲み干した。

 甘いはずのミルクが、なんだか味もしないくらい、胸がいっぱいだった。


(……ズルい人)


 平穏なスローライフを掲げていたはずなのに。

 私の心は、ちっともスローじゃなくなってきている。


 ――そんな私の葛藤を知ってか知らずか。

 翌日、店にはさらなる「珍客」が訪れることになる。

 今度は、隣国ではなく、なんと魔界(!?)からの使者だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ