第8話 帝国のワガママ姫と、至高のフルーツパフェ
国王陛下との「通販契約」が成立してから、一週間。
『カフェ・オアシス』は今日も平和だった。
「ジーク様、ジャガイモの皮むきが早すぎませんか?」
「剣技の応用だ。皮の厚さをミクロン単位で均一にしている」
「ただのポテトサラダにするので、そこまでしなくて大丈夫です」
すっかり店に馴染んだ帝国皇子、ジーク様。
彼は「花嫁修業だ(俺の)」などと冗談を言いながら、厨房での作業を楽しんでいる。
その横顔は、戦場の死神とも、高貴な皇子とも思えないほど穏やかだ。
そんな日常が破られたのは、午後のティータイムのことだった。
ヒヒィィィン!!
店の前で、いななきが響く。
窓から見えたのは、黒塗りの重厚な馬車。そこに刻まれているのは、ジーク様が持っていたのと同じ「獅子の紋章」だ。
「……げっ」
ジーク様が珍しく、あからさまに嫌そうな顔をした。
包丁を置いて、身を隠そうとする。
「ジ、ジーク兄様!? そこにいるのでしょ!?」
バン!! と扉が開かれ、飛び込んできたのは、煌びやかなドレスに身を包んだ少女だった。
金色の縦ロール髪、気の強そうな釣り目。
まるで絵に描いたような「高飛車なお姫様」である。
「見つけましたわよ! ……って、ええぇっ!?」
少女はカウンターの中にいるジーク様を見て、絶叫した。
「兄様! な、何ですのその格好は! 帝国の至宝と呼ばれる貴方が、エプロンをつけてジャガイモを……!?」
「……セリーヌか。見ての通り、調理補助だ」
「調理補助!? ふざけないでくださいまし!」
彼女はジーク様の妹、帝国第三皇女セリーヌ様らしい。
彼女はバッと私の方へ向き直り、扇子でビシッと指し示した。
「貴女ね! お兄様をたぶらかした『泥棒猫』というのは!」
「店主のレティシアです。泥棒猫ではありません」
「黙りなさい! お兄様が『重要な外交任務』だと言って帰ってこないから心配して来てみれば……こんな辺境のボロ店(失礼)で下働きなんて!」
セリーヌ様は悔しそうに地団駄を踏んだ。
「きっと貴女が、怪しげな薬か何かで洗脳したに決まっています! でなければ、あの潔癖症のお兄様が、こんな庶民の店に馴染むはずがありませんわ!」
「洗脳……」
「今すぐお兄様を返していただきます! そして貴女には、皇族を惑わした罪で処罰を……!」
なるほど、重度のブラコン(兄好き)らしい。
ジーク様が「セリーヌ、いい加減にしろ」と止めようとするが、私はそれを手で制した。
こういう手合いには、言葉よりも効果的な「武器」がある。
「セリーヌ様。遠路はるばる帝国からお越しになって、お疲れではありませんか?」
「は? そ、それは疲れましたけれど……馬車に揺られっぱなしで、甘いものも不足して……ハッ! 情けなどかけませんわよ!」
「まあまあ。お兄様をお返しするかどうかは、私の『おもてなし』を受けてから決めてはいかがでしょう?」
私はニッコリと微笑み、冷蔵庫(魔石式)からとあるグラスを取り出した。
「ふん、田舎の料理なんて、たかが知れて……」
セリーヌ様の言葉が止まった。
私がカウンターに置いた、その物体を見て。
「な……なんですの、それは……!?」
それは、私の新作『季節のフルーツマウンテンパフェ』だ。
背の高いグラスの底には、濃厚なベリーソースと自家製スポンジ。その上には、搾りたてのミルクで作ったソフトクリームを渦高く巻き上げ、周りを彩り豊かなフルーツ(イチゴ、キウイ、マンゴー)で宝石のように飾り立てている。
頂上には、黄金色のキャラメルソースがかかったプリンが鎮座していた。
帝国の洗練された菓子とも違う、暴力的なまでの「映え」と「ボリューム」。
「こ、こんな……キラキラして……ぷるぷるしたものが……」
「さあ、どうぞ。溶けないうちに」
セリーヌ様は震える手でスプーンを握り、恐る恐るソフトクリームとプリンを掬い上げた。
そして、パクリ。
「んっ……!!?」
カラン、とスプーンが皿に当たる音がした。
セリーヌ様の目が大きく見開かれる。
「あ、甘い……でも、くどくない!? 冷たくて濃厚なミルクの味がしたと思ったら、フルーツの酸味が弾けて……そしてこのプリン! 卵のコクが凄まじいですわ!」
「中にはサクサクのクッキーも入っていますよ」
「食感のオーケストラですわぁ〜……!」
先程までの剣幕はどこへやら。
セリーヌ様は頬を紅潮させ、夢中でスプーンを動かし始めた。
「美味しい……何ですのこれ……王宮のパティシエでもこんなの作れませんわ……」
完食する頃には、彼女はすっかり毒気を抜かれた顔になっていた。
私は新しいお茶を出しながら尋ねる。
「いかがでしたか?」
「……悔しいけれど、完敗ですわ」
セリーヌ様はハンカチで口元を拭い、真剣な眼差しで私を見た。
「認めます。貴女はお兄様を洗脳したわけではありませんのね。……胃袋を掴んだだけですわ」
「人聞きが悪いですが、まあそうです」
「お兄様が帰りたくないと言うのも納得です。……ああっ! わたくしも帰りたくなくなってきましたわ!」
「えっ」
セリーヌ様は私の手をガシッと握った。
「レティシアさん! いえ、お義姉様!」
「お義姉様!?」
「わたくし、しばらくここに滞在します! このパフェの作り方を教えていただくまでは、帝国には帰りません!」
予想外の展開になった。
ジーク様が頭を抱えて「やれやれ」とため息をつく。
「……すまない、レティシア。厄介なのが一人増えた」
「ふふ、賑やかでいいじゃありませんか。ちょうど、ホールの配膳係が欲しかったところですし」
「なっ、帝国の皇女に給仕をさせる気か?」
「まかない飯、パフェ付きですよ?」
「やりますわ!!」
セリーヌ様が即答した。
こうして、私のカフェには「イケメン皇子のウェイター」に続き、「ツンデレ皇女の看板娘」まで加わることになった。
悪役令嬢カフェ、戦力(と顔面偏差値)が過剰すぎる気がするけれど……まあ、お客様が喜んでくれるなら、それでいいか。
平和なスローライフ(?)は、まだまだ続きそうだ。




