表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢の引退カフェ経営。静かに暮らしたいのに、元婚約者が「君の淹れる紅茶じゃないとダメだ」と泣きついてくる。知らんがな。  作者: 綾瀬蒼


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/50

第7話 国王陛下の土下座と、究極のヘッドハンティング

 その日の『カフェ・オアシス』は、臨時休業の札が掲げられていた。

 店内にいるのは、私と、ウェイター姿の帝国皇子ジーク様。

 そして――。


「……うまい。なんだこれは。天上の飲み物か」


 カウンター席で、深々とため息をついている初老の紳士。

 地味な外套を羽織っているが、その身から滲み出る威厳は隠せていない。

 我が国の国王、ライオネル陛下だ。


 陛下は私の淹れた【特製ロイヤルミルクティー】を一口飲むたびに、こわばっていた眉間の皺をほどいていく。

 その顔色は、息子であるカイル殿下と同様、過労で土気色になっていた。


「余は……今まで何を飲んでいたのだ。王宮の茶など、これに比べればただの色付き水ではないか」

「お口に合って光栄です、陛下」

「レティシア嬢よ。……いや、今はカフェの店主殿と呼ぶべきか」


 陛下はカップを置き、居住まいを正した。

 その瞳には、切実な色が浮かんでいる。


「単刀直入に言おう。……戻ってきてはくれぬか?」


 予想通りの言葉に、私は静かに首を横に振った。


「お断りいたします。私は既に除籍処分を受け、平民としてここで暮らしておりますので」

「処分は撤回する! 公爵家の籍も戻そう! なんなら、カイルを廃嫡し、そなたを我が国の『宰相』として迎え入れてもいい!!」


 とんでもない爆弾発言が飛び出した。

 王太子妃(婚約者)としてではなく、行政のトップとして戻ってこいと言うのだ。

 陛下は身を乗り出し、なりふり構わず言葉を重ねる。


「そなたがいなくなってから、財務省も外務省も火の車なのだ! 誰もあの複雑な計算式を解けん! 隣国との駆け引きもできん! 国が……国が傾いておるのだ……!」


 王様がテーブルに突っ伏して泣き言を言っている。

 なんて情けない光景だろう。

 けれど、私の心は揺らがなかった。


「陛下。それは、ご自身で蒔かれた種です」


 私は冷淡に告げた。


「私が過労で倒れそうだった時、誰も助けてはくれませんでした。私の功績はすべてカイル殿下のものとされ、都合よく使われるだけ……。あの環境に戻る気は、微塵もありません」

「ぐっ……そ、それは……」

「それに、今の私はここでの生活が気に入っているんです。鳥の声を聞きながらパンを焼き、お客様の笑顔を見る。……宰相の椅子よりも、今の私にはこのエプロンの方が価値があります」


 陛下は言葉を失い、ガックリと肩を落とした。

 有能な人材を使い潰した報いは、組織の崩壊という形で返ってくる。

 それを今、最高権力者が骨身に沁みて理解した瞬間だった。


「……諦めが悪いようだな、国王殿」


 それまで黙ってコーヒーを拭いていたジーク様が、静かに口を開いた。

 彼は私の隣に立ち、守るように肩に手を置く。


「彼女はもう、貴国の駒ではない。……俺の大切なパートナーだ」

「ジ、ジークフリード殿下……」


 陛下はジーク様を見て、苦虫を噛み潰したような顔をした。

 同盟国の皇子、しかも軍事大国ガレリアの次期皇帝候補が相手では、さすがの国王も強くは出られない。


「もしこれ以上、彼女にしつこく復帰を迫るなら……帝国としても考えがある。我が国は、有能な技術者レティシアの安寧を脅かす国とは、友好的な関係を築けないな」


 それは明確な脅しだった。

 「レティシアを連れ戻そうとするなら、国交断絶も辞さない」という、愛と権力をフル活用した最強の脅迫だ。


 陛下は数秒ほど沈黙し、やがて深々と長いため息をついた。


「……分かった。負けだ」


 陛下は疲れ切った顔で、白旗を揚げた。


「レティシア嬢の意思を尊重しよう。追放処分は正式に撤回し、今後は『自由市民』として、この地での営業を許可する。……カイルには二度と手出しさせん」

「ありがとうございます、陛下」

「その代わり!!」


 陛下はガバッと顔を上げ、私の手を握りしめた(ジーク様がすごい勢いで引き剥がそうとしたが)。


「この茶葉と! 回復効果のあるクッキーを! 毎月王宮に定期配送してくれ! 言い値で買う! これがないと余まで過労で死んでしまう!!」

「……はい?」

「通販だ! 頼む、この通りだ!」


 一国の王が、カフェのテーブルで土下座せんばかりの勢いで頼み込んでくる。

 私は呆気にとられ、それからぷっと吹き出してしまった。


「ふふ、分かりました。通販ですね。……ただし、送料と『特別技術料』は高くつきますよ?」

「構わん! 国庫を開いてでも払う!」


 こうして、話し合い(?)は決着した。

 私は王宮に戻ることなく、正式に自由の身を勝ち取り、ついでに王家という太い定期購入顧客パトロンを手に入れたのだ。


 ◇◇◇


 陛下が大量のクッキーと茶葉を抱えて帰った後。

 店には再び静けさが戻った。


「……助けていただき、ありがとうございました。ジーク様」

「礼には及ばない。君をあんなブラックな環境に戻すわけにはいかないからな」


 ジーク様は優しく微笑むと、不意に私の手を取った。

 その親指が、私の手の甲をそっと撫でる。


「それに、言っただろう? 君を口説くための障害は取り除くと」

「えっ……」

「レティシア。……俺の国、帝国へ来る気はないか?」


 エメラルド色の瞳が、真剣な熱を帯びて私を射抜く。


「俺の妃として……と言いたいところだが、いきなりは重いだろう。まずは帝国の宮廷料理人、いや、俺専属の栄養管理士としてでもいい」

「せ、専属……」

「君の料理と紅茶なしでは、俺ももう生きていけない体になってしまったようでな」


 ジーク様は悪戯っぽく笑い、私の手の甲に口づけを落とした。


「いつか君が、この辺境の店すら手狭に感じたらでいい。……俺の隣という『永久就職先』があることを、覚えていてほしい」


 顔から火が出るかと思った。

 これは、プロポーズの予約だ。

 かつて婚約破棄された私が、今度は大国の皇子様から、こんなにも熱烈に求められている。


「……ぜ、善処します」

「ははっ、手厳しいな。まあいい、時間はたっぷりある」


 ジーク様は満足そうに笑い、再びウェイターのエプロンを締め直した。

 

「さあ、開店準備だ。今日も忙しくなるぞ、マスター」

「……はい!」


 私の『悪役令嬢カフェ』は、最強の用心棒(皇子様)と、遠方からの太客(国王陛下)を加え、ますます繁盛していくことになりそうだ。


 元婚約者? ざまぁ?

 そんなことより、今日のランチの仕込みの方が大事。

 だって私は今、世界一幸せなカフェの店主様なのだから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ