第50話 ようこそ、『悪役令嬢カフェ』へ! 〜美味しい幸せを、永遠に〜
数年の時が流れた。
『カフェ・オアシス』の庭にある木々は少し背を伸ばし、看板には良い風合いの年季が入っていた。
早朝。
私はいつものように厨房に立ち、コーヒー豆を挽いていた。
香り高いアロマが店内に広がる。この瞬間が、私は大好きだ。
「……おはよう、レティシア。今日もいい香りだ」
二階から降りてきたのは、ロマンスグレーの髪が混じり始めた、けれど相変わらず逞しく格好いい私の夫、ジーク様だ。
「おはようございます、あなた。……今日は、忙しくなりますよ?」
「ああ。分かっている。……待ちきれなくて、夜明け前に目が覚めてしまった」
最強の皇帝陛下が、今日はソワソワと落ち着きがない。
それも無理はない。今日は、世界中を旅していた娘が帰ってくる日なのだから。
カラン、カラン!
開店のベルが、いつもより早く鳴り響いた。
「おい店主! 開けろ! 主賓の到着だ!」
「我慢できなくて来ちゃったぜ!」
一番乗りで現れたのは、魔王ヴェルニヤ様と、炎竜のイグニスだった。
魔王様は両手に抱えきれないほどの「祝いの酒」を持ち、イグニスは巨大な肉塊を背負っている。
「気が早すぎますよ、お二人とも」
「何を言う! エリザの帰還祝いだぞ? 我輩が一番に祝わねばならん!」
続いて、続々と懐かしい顔ぶれが集まってくる。
「おはようございます、レティシア様!」
子供を抱いたソフィアと、パパの顔になったレオン騎士。
相変わらず仲睦まじく喧嘩しているセリーヌ皇女とルゥ。
筋肉談義に花を咲かせるヒルデガルド将軍と熊さん。
そして、床をピカピカに磨き上げて待機するスライムのプルちゃん。
店はあっという間に、貸し切りのパーティー会場となった。
「……みんな、変わらないな」
「ええ。私たちの自慢の家族です」
その時。
店の外から、軽やかな足音が近づいてきた。
ジーク様が弾かれたようにドアの方を向く。
カラン、コロン♪
ドアが大きく開かれた。
逆光の中に立っていたのは、旅装束に身を包み、日焼けして少し大人びた、銀髪の女性だった。
「――ただいま! パパ、ママ!」
エリザだ。
彼女はリュックを放り出し、満面の笑みで飛び込んできた。
「エリザ!!」
ジーク様が受け止め、抱きしめる。私も駆け寄り、その温もりを確かめた。
「おかえり、エリザ。……背が伸びたわね」
「うん! 世界中の美味しいものを食べてきたよ! でもね……」
エリザは私とジーク様を見て、悪戯っぽく笑った。
「やっぱり、ママのご飯と、パパの淹れたコーヒーが世界一だった!」
「……うむ。当然だ!」
ジーク様が涙声で胸を張る。
店内から「おかえりー!」という歓声と拍手が沸き起こった。
◇◇◇
宴が始まった。
テーブルには、私の特製料理と、エリザが旅で覚えた異国の料理が所狭しと並ぶ。
魔王様が魔法で花吹雪を散らし、イグニスが肉を焼き、ルゥが楽器を奏でる。
笑い声が絶えない、賑やかな食卓。
私はカウンターの中に立ち、その光景を眺めていた。
(……不思議ね)
十数年前。
婚約破棄され、全てを失ってこの辺境に辿り着いたあの日。
こんな未来が待っているなんて、想像もしなかった。
「悪役令嬢」と呼ばれた私。
けれど、そのレッテルがあったからこそ、私はこの場所を見つけ、本当の愛に出会い、最強で最高の家族を作ることができた。
「レティシア」
いつの間にか、ジーク様が隣に来ていた。
彼は私の腰に手を回し、優しく微笑んだ。
「……何を考えている?」
「幸せだなって。……私、この店を開いて本当によかったです」
ジーク様は私の手を取り、その薬指に光る指輪に口づけをした。
「俺の方こそ。……君がこの森に来てくれて、俺に食事を作ってくれて、本当によかった」
「ふふ、胃袋を掴んだ甲斐がありましたね」
私たちは顔を見合わせ、笑い合った。
「ねえママ! 次のお客様が来たみたいだよ!」
エリザが窓の外を指差した。
店の外には、評判を聞きつけた旅人や、近隣の村人たちが、開店を待って並んでいるのが見えた。
「あら、大変。パーティーはお開きにして、お仕事の時間ね」
「ああ。……さあ、行こうか、最高のパートナー」
ジーク様がドアノブに手をかける。
私はエプロンの紐を締め直し、深呼吸をした。
胸いっぱいに広がる、コーヒーとパンケーキの甘い香り。
私の物語は、ここでひとまず「めでたし、めでたし」。
けれど、私たちの「美味しい日常」は、これからもずっと続いていく。
ドアが開く。
光が差し込む。
私は、世界で一番の笑顔で、お客様に声をかけた。
「いらっしゃいませ! 『カフェ・オアシス』へようこそ!」




