第5話 隣国の皇子様と、元婚約者への絶縁状
「……国交問題、だと?」
カイル王太子は、眉をひそめてジーク様を睨みつけた。
「たかが冒険者風情が、大きく出たものだな。不敬罪で首を刎ねられたいのか?」
「不敬罪、か。それはこちらの台詞だ、カイル王太子」
ジーク様は冷ややかな笑みを浮かべると、懐から一枚のメダルを取り出した。
そこに刻まれているのは、咆哮する獅子の紋章。
この大陸で最も強大な軍事力を誇る、ガルディア帝国の国章だ。
「なっ……! 帝国の……紋章……!?」
「俺の名はジークフリード・フォン・ガルディア。ガルディア帝国第二皇子であり、貴国の同盟相手だ。……もっとも、こんな無礼な王太子がいる国との同盟は、見直す必要があるかもしれないがな」
その名乗りを聞いた瞬間、カイル殿下と近衛騎士たちの顔から、サーッと血の気が引いていった。
「ジーク……フリード……!? 『戦場の死神』と恐れられる、あの英雄皇子か!?」
騎士たちがガタガタと震え、剣を取り落とす。
私も驚いて、まじまじとジーク様(皇子様だったの!?)を見てしまった。
どうりで、ただの騎士にしては品格がありすぎると思ったし、装備品も一級品だったわけだ。
「ジーク様、皇子様だったんですか?」
「……黙っていてすまない。身分を明かすと、皆が畏縮してしまうのでな」
ジーク様は私にだけ、困ったような優しい笑顔を見せた。
そしてすぐに氷のような視線をカイル殿下に戻す。
「さて、カイル殿下。貴殿は、我が友邦である帝国の皇子が懇意にしている店で、乱暴狼藉を働こうとした。……この意味が分かるな?」
「ひっ……! ご、誤解だ! 私はただ、婚約者だった女を連れ戻しに来ただけで……!」
「嫌がっている女性を力ずくでか? それに、彼女はもう貴殿とは無関係だと言っていたはずだ」
ジーク様が一歩踏み出すと、それだけでカイル殿下は「ひぃっ」と後ずさる。
情けない。一国の王太子が、他国の皇子にビビり倒している。
カイル殿下は、すがるような目で私を見た。
「れ、レティシア! お前からも言ってくれ! 私たちは愛し合っていたとな! まだ私のことが好きなんだろう!?」
この期に及んで、なんてポジティブな脳みそなのだろう。
私は呆れを通り越して、憐れみすら覚えた。
そろそろ、トドメを刺して差し上げましょう。
私はカウンターから出て、カイル殿下の前へ進み出た。
そして、これまでで一番輝く「営業スマイル」を向けた。
「殿下。一つ、勘違いをなさっていませんか?」
「か、勘違い?」
「私が殿下に尽くしていたのは、それが『公爵令嬢としての仕事』だったからです。愛なんて、欠片もありません」
きっぱりと言い放つ。
カイル殿下が、信じられないものを見るような顔をした。
「う、嘘だ! あんなに俺の体調を気遣ってくれたじゃないか! 毎朝紅茶を淹れて、夜遅くまで仕事を手伝って……あれが愛でなくて何だと言うんだ!」
「激務で殿下が倒れると、その皺寄せ(仕事)が全部私に来るからですよ」
私は真顔で告げた。
「殿下がサボればサボるほど、私の睡眠時間が削られる。だから必死で管理していたんです。……正直、殿下の顔を見るたびに『また仕事が増える』と胃が痛くなっていました」
「な……っ」
「今の生活は最高です。誰にも邪魔されず、好きな料理を作って、感謝してもらえる。……あの日々の地獄に戻るくらいなら、私はここでスライムの餌になった方がマシです」
シン……と、店内が静まり返る。
カイル殿下は口をパクパクとさせ、言葉を失っていた。
プライドの塊である彼にとって、「愛されていなかった」「ビジネスライクに管理されていただけ」という事実は、何よりも屈辱的だっただろう。
「……もう、二度と来ないでください。ここは『安らぎ』を求める方のためのカフェです。貴方のような、他人の時間を奪うことしかできない方に、お出しする紅茶はありません」
私が手で出口を示すと、同時に足元で「グルルルァ!!」とルゥが咆哮を上げた。
それに呼応して、森の奥から熊さん(グリズリー)も立ち上がり、威嚇する。
「ひ、ひぃぃぃぃ!!」
聖獣の殺気と、帝国皇子の威圧、そして元婚約者からの完全拒絶。
トリプルパンチを食らったカイル殿下は、腰を抜かしそうになりながら、這うようにして馬車へ逃げ込んだ。
「お、覚えてろよ! このままでは済まさんぞぉぉぉ!」
お約束の捨て台詞を残し、王太子の馬車は砂煙を上げて逃げ去っていった。
近衛騎士たちも、ジーク様に一礼してから、慌ててその後を追っていく。
嵐が去り、店内に静寂が戻った。
「……はぁ。お騒がせしました」
私がため息をつくと、ジーク様が剣を収めて近づいてきた。
「見事な啖呵だったな、レティシア」
「お恥ずかしいところを。……それに、ジーク様にもご迷惑を。皇子様相手に、馴れ馴れしい口をきいてしまって申し訳ありません」
私が改めてカーテシーをしようとすると、ジーク様はその手を取って止めた。
「やめてくれ。俺はここでは、ただのカフェの常連客『ジーク』でいたい。……それとも、皇子という身分は、君のスローライフには邪魔か?」
彼が不安そうに瞳を揺らす。
その表情が、さっきの「戦場の死神」とはあまりに違って、私は思わず吹き出してしまった。
「まさか。身分なんて関係ありません。……美味しい紅茶を飲んで、美味しいと言ってくださるなら、どなたでもお客様です」
「……そうか。ありがとう」
ジーク様が、安堵したように微笑む。
その笑顔を見て、私の胸がトクン、と小さな音を立てた。
あれ? もしかして私、無能な元婚約者を追い払ったそばから、ハイスペックな新しい恋の予感に巻き込まれている……?
(いやいや、スローライフ! 私は平穏に暮らしたいの!)
赤くなりそうな頬を隠すように、私は厨房へと振り返った。
「さ、騒動でお腹が空きましたね! お詫びに、とびきりのランチをご馳走します!」
「それは楽しみだ。……君の料理があれば、俺は王宮の食事など二度といらないな」
さらりと熱烈な口説き文句(?)を言う皇子様と、尻尾を振って甘える聖獣たち。
私の『悪役令嬢カフェ』は、今日も賑やかに営業中だ。
――なお、この後。
カイル王太子が手ぶらで戻ったことで王宮は大パニックとなり、ついには国王陛下(カイルの父)が直々に土下座しに来るという騒動に発展するのだが……それはまた、別のお話。
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