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悪役令嬢の引退カフェ経営。静かに暮らしたいのに、元婚約者が「君の淹れる紅茶じゃないとダメだ」と泣きついてくる。知らんがな。  作者: 綾瀬蒼


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第46話 最強の母君、来訪! 公爵夫人のツンデレ品評会

 その日、『カフェ・オアシス』の前に、王家の馬車にも劣らないほど豪奢な漆黒の馬車が止まった。


「……あら。お客様かしら?」


 私が窓から覗くと、馬車から降りてきた人物を見て、思わず息を呑んだ。

 背筋をピンと伸ばし、扇子で口元を隠した銀髪の貴婦人。

 冷ややかで、しかし気品に満ちたその姿。


「お、お母様……!?」


 それは、私の実母であり、帝国でも恐れられる「氷の公爵夫人」、ベアトリス様だった。


 カラン、コロン。

 ドアベルが鳴り、母が店に入ってくる。

 その瞬間、店内の空気がピリッと張り詰めた。魔王様やイグニスでさえ、「なんだこのプレッシャーは……」とスプーンを止めたほどだ。


「……久しぶりね、レティシア」

「お久しぶりです、お母様。どうしてここに?」

「ふん。帝都で『元悪役令嬢のカフェ』が評判だと聞いたからよ。私の娘が、どんな恥ずかしい真似をしているのか、確認しに来たの」


 母は扇子を閉じ、厳しい目で店内を見回した。


「……何この狭い店は。天井も低いし、装飾も野暮ったい。公爵家の娘が住む場所ではありませんわ」

「ここは私の大切なお城ですよ、お母様」


 私が言い返すと、カウンターの奥からジーク様(皇帝)が出てきた。


「ようこそ、義母上ははうえ。遠路はるばるご苦労様です」

「あら、皇帝陛下。……貴方様も貴方様ですわ。こんな辺境でエプロンなどつけて、威厳がありませんことよ?」


 母は皇帝相手でも容赦ない。さすがは私の母だ。

 ジーク様が苦笑いする中、二階からドタドタと足音が聞こえた。


「ママ! だれかきたの?」


 エリザ(15歳)が顔を出した。

 美しく成長した孫娘を見て、母の目が一瞬見開かれた。


「……その子が、エリザですの?」

「はい。お母様の孫ですよ。……エリザ、おばあ様にご挨拶なさい」

「おばあちゃま?」


 エリザはトコトコと近づき、母の顔を覗き込んだ。


「はじめまして! エリザです! わぁ、おばあちゃま、銀色の髪がママと一緒できれい!」

「……っ!」


 母が扇子で顔を隠した。

 しかし、隠しきれていない。耳が真っ赤だ。


「……ふん。挨拶だけは合格ね。……まあ、顔立ちは私に似て、悪くはありませんわ」

「えへへ、ほんと? おばあちゃま、おちゃ飲む?」


 エリザが無邪気に手を引くと、母は「仕方ありませんわね」と言いつつ、満更でもなさそうに席についた。


 ◇◇◇


 私は、母のために特別な『スコーンと紅茶』を用意した。

 実家で暮らしていた頃、母が厳しくマナーを教えながら、一緒にお茶をした時の思い出の味だ。


「どうぞ、お母様」

「……いただきますわ」


 母は優雅な手つきでスコーンを割り、クロテッドクリームをつけて口に運んだ。

 サクッ、という音。

 母は無言で咀嚼し、紅茶を含んだ。


「…………」

「いかがですか?」


 緊張の一瞬。

 母はふぅ、と息を吐き、私を真っ直ぐに見た。


「……焼き加減は70点。紅茶の蒸らし時間は80点。……まだまだね」


 厳しい評価だ。しかし、その口元は微かに緩んでいた。


「でも……懐かしい味がしますわ。昔、貴女が初めて焼いた焦げたクッキーよりは、マシになったようね」

「ふふ、あの時は怒られましたね」


 母はカップを置き、どこか遠くを見る目をした。


「……レティシア。貴女が婚約破棄された時、すぐに連れ戻さなくて悪かったわね」

「え……?」

「でも、今の貴女の顔を見て安心しましたわ。……あの堅苦しい公爵家よりも、ここの方が貴女には合っているようね」


 それは、母なりの精一杯の肯定だった。

 厳格で、「悪役令嬢たれ」と教え込んできた母。けれどそれは、私が貴族社会で舐められないようにするための、彼女なりの愛情だったのだ。


「ありがとうございます、お母様」


 私が礼を言うと、母はツンと顔を背けた。


「勘違いしないでちょうだい。私はただ、この美味しいスコーンに免じて許しただけですわ」


 そう言って、母は従者に合図をした。

 運ばれてきたのは、山のようなプレゼントの箱だった。


「エリザさんへの贈り物よ。ドレスに宝石、それから最高級の茶葉……ついでに、貴女への小遣いも入っていますわ」

「おばあちゃま、すごーい! ありがとー!」

「あらあら、着物がシワになりますわよ!」


 エリザに抱きつかれ、母は「もう!」と言いつつも、その顔はデレデレに崩壊していた。

 どうやら「氷の公爵夫人」も、孫の可愛さには勝てなかったようだ。


 帰り際。

 馬車に乗り込んだ母は、窓から顔を出して言った。


「……また来ますわよ。次は100点のスコーンを用意しておきなさい」

「はい。お待ちしています」


 遠ざかる馬車を見送りながら、私は隣のジーク様に寄り添った。


「……強敵だったな」

「ええ。でも、最高の味方ですよ」


 実家との和解も果たし、私の心に残っていた最後の小さなトゲも、完全に抜けた気がした。

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