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悪役令嬢の引退カフェ経営。静かに暮らしたいのに、元婚約者が「君の淹れる紅茶じゃないとダメだ」と泣きついてくる。知らんがな。  作者: 綾瀬蒼


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第43話 15歳のラブレターと、帝国最強の『害虫駆除部隊』

 時は流れ、エリザは15歳になった。

 かつての「最強の赤ちゃん」は、銀色の髪をなびかせ、アメジストの瞳を輝かせる、帝国一の美少女へと成長していた。

 もちろん、中身(食い気と天然)はそのままだが。


 ある日の夕方。『カフェ・オアシス』にて。


「ただいまー! ねえパパ、これなぁに?」


 学園から帰ってきたエリザが、鞄からピンク色の封筒を取り出した。

 ハートのシールが貼られた、甘い香りのする手紙だ。


「下駄箱に入ってたの。『放課後、伝説の樹の下で待つ』だって」


 その瞬間。

 店内の気温が氷点下まで下がった。


 ガシャン。

 ジーク様(皇帝)が持っていたコーヒーカップが粉砕された。

 隣で新聞を読んでいた魔王ヴェルニヤ様が、読んでいた紙面を黒い炎で燃やした。

 厨房で皿洗いをしていたイグニス(炎竜)が、誤って皿を溶かした。


「……ほう」

「……なるほど」

「……へぇ」


 三人の男たちが、ゆらりと立ち上がった。

 その背後には、この世のものとは思えないどす黒いオーラが立ち上っている。


「エ、エリザ? ちょっとその手紙、パパに見せてごらん?」

「いいよー」


 ジーク様は震える手で手紙を受け取ると、差出人の名前を睨みつけた。

 

『1年B組 パトリック』


「……パトリック。……パトリックか。……覚えたぞ」


 ジーク様の目が据わっている。完全に「処刑リスト」に名前を刻んだ目だ。


「おいジーク。我輩の『遠見の魔法』で、その虫ケラの家系図から弱点まで全て洗い出してやろう」

「俺様が先に行って、その『伝説の樹』ごと燃やしてきてやるよ。待ち合わせ場所がなけりゃ会えねぇだろ?」

「待て待て、早まるな。まずは尋問だ。地下牢の空きを確認しろ」


 男たちが物騒な作戦会議を始めた。

 私はため息をつき、彼らの前に立ちはだかった。


「あなた達、いい加減にしてください」


 私が仁王立ちすると、最強の男たちはビクッと肩を震わせた。


「これはエリザの青春なんですよ? 親がしゃしゃり出るなんて無粋です」

「だ、だがレティシア! どこの馬の骨とも知らん男に、俺たちのエリザが……!」

「パトリック君なら知ってますよ。肉屋の息子さんで、真面目な良い子です」

「肉屋だと!? ……む、肉屋か。なら食料事情は悪くないな……いや、騙されんぞ!」


 結局、ジーク様たちは「絶対に手出しはしない」「遠くから見守るだけ」という条件で、翌日の放課後、こっそり尾行することを許された(私が許可しないと勝手に行くからだ)。


 ◇◇◇


 翌日の放課後。学園の裏庭、『伝説の樹』の下。

 エリザが待っていると、一人の少年が現れた。

 茶髪の、少しそばかすのある素朴な少年、パトリック君だ。


「……エリザ様! き、来てくれてありがとう!」


 パトリック君はガチガチに緊張していた。

 無理もない。

 彼には見えていないが、エリザの背後の茂みには、「皇帝」「魔王」「人間姿のドラゴン」という、ラスボス級の怪物が三体、血走った目で潜んでいるのだから。


(……殺気。ものすごい殺気を感じる……!)


 パトリック君は本能的な恐怖で膝を震わせながらも、勇気を振り絞った。


「ぼ、僕は……入学した時から、ずっと貴女を見ていました!」

「うん。おいしいパンを食べてる時、よく目が合ってたね」

「貴女の……その、飾らない笑顔が大好きです! ぼ、僕と……結婚を前提にお付き合いしてください!」


 言った。

 その瞬間、茂みから「結婚んんん!?」「殺す!!」という怨嗟の声が漏れたが、パトリック君の鼓膜が恐怖で麻痺していたおかげで聞こえなかった。


 エリザはキョトンとして、それから困ったように微笑んだ。


「ありがとう、パトリック君。すっごく嬉しいよ」

「えっ、じゃあ……!」

「でもね、ごめんね。私、いまは『お料理』が恋人なの」


 エリザのエプロンのポケットには、いつもレシピメモが入っている。


「ママみたいに、もっともっと美味しいものを作れるようになりたいの。だから、結婚とかはまだ考えられないんだ」

「そ、そう……ですか……」

「でも、パトリック君の実家のコロッケは大好きだよ! 今度、作り方を教えてくれない?」


 エリザが手を差し出すと、パトリック君は涙目で、それでも晴れやかにその手を握り返した。


「は、はい! 喜んで! ……ふられちゃったけど、友達でいてくれますか?」

「もちろんだよ!」


 爽やかな青春の1ページ。

 茂みの中の男たちは、安堵のあまりへたり込んでいた。


「……よかった。ふられた……」

「危ないところだった。もう少しで『国消滅魔法』を撃つところだった」

「あいつ、命拾いしたな……」


 しかし、その日の夜。

 カフェに帰ったエリザは、上機嫌で言った。


「パトリック君ね、とってもいい人だったよ! また明日、コロッケの試作を一緒にやる約束したの!」

「「「な、なんだってーー!!??」」」


 ジーク様たちが再び絶望の淵に叩き落とされた。

 恋人にはなれなかったが、「料理仲間」という強力なポジションをゲットしたパトリック君。

 肉屋の息子の逆襲は、まだ始まったばかりかもしれない。


 こうして、パパたちの心休まる日は、まだまだ訪れないのだった。

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