第37話 堅物騎士の不器用な恋と、ソフィアの氷解
ここ数日、『カフェ・オアシス』のランチタイムに、妙な緊張感が漂っていた。
「……また、いらっしゃいました」
給仕係のソフィアが、お盆を抱えて厨房に逃げ込んできた。彼女の顔は青ざめている。
「レティシア様……あのお客様、絶対私のこと睨んでます! 私、何か粗相をしたのでしょうか……?」
彼女が怯えながら指差した先。
カウンターの隅に、一人の男性客が座っていた。
帝国騎士団の制服をピシッと着こなし、背筋を伸ばした短髪の青年。名はレオン。
彼は眉間に深いシワを寄せ、ブラックコーヒーを睨みつけている。そして時折、鋭い眼光でソフィアの方をギロリと見るのだ。
「……殺気を感じます。また捕まるのかも……」
「大丈夫ですよ、ソフィアさん。彼はただの常連さん……だと思いますけど」
私は苦笑しながら、カウンターへ向かった。
◇◇◇
「いらっしゃいませ、レオン様。コーヒーのおかわりはいかがですか?」
「あ、ああ……頼む」
私が声をかけると、レオン騎士はビクッとして、コチコチに固まった。
近くで見ると分かる。彼は怒っているのではない。
ガチガチに緊張しているだけだ。
「あの、レオン様。部下のソフィアが怖がっているのですが……彼女に何か御用でも?」
「なっ、ち、違う! 断じて違う!」
レオン騎士は慌てて手を振った。その拍子に、耳まで真っ赤になっているのが見えた。
「その……彼女は、よく働くなと思って。……以前、私が王宮の警備で立っていた時、彼女が差し入れを持ってきてくれたことがあって……その時の笑顔が、忘れられなくて……」
彼は消え入りそうな声で白状した。
なるほど。
睨んでいたのではなく、見とれていたのだ。眉間のシワは、どうやって声をかけようか悩んでいた葛藤の証だったらしい。
「でしたら、そう言ってあげてください。彼女、昔のことがあって、男性が少し怖いみたいですから」
「そ、そうだったのか……! それは申し訳ないことをした……!」
レオン騎士は深く反省し、懐から小さな包みを取り出した。
「実は……これを渡したくて、三日も通っていたのだが」
「それは?」
「街で評判の……リボンの髪飾りだ。彼女に似合うと思って」
不器用すぎる。でも、誠実だ。
私は厨房の奥にいるソフィアを手招きした。
◇◇◇
「あ、あの……お客様? 何か不手際が……?」
ソフィアが恐る恐る近づくと、レオン騎士はバッと立ち上がった。直立不動だ。
「ソフィア殿!!」
「は、はいっ!?」
「き、昨日は睨んでしまってすまなかった!! 拙者は……その……!」
レオン騎士は顔を真っ赤にして、言葉に詰まった。
店内の全員(魔王、ドラゴン、ジーク様など)が「頑張れ」という顔で見守っている。
「拙者は、貴女が懸命に働く姿に……心を打たれました! これは、その……つまらないものですが!」
彼は勢いよく包みを突き出した。
まるで決闘の申し込み状のようだったが、ソフィアは呆気にとられ、それから包みを受け取った。
中から出てきたのは、淡いピンク色のリボン。
「え……これを、私に?」
「あ、ああ。貴女の髪色に似合うと思って……。い、いや! 迷惑なら捨ててくれ!」
「…………」
ソフィアはリボンを見つめ、それからレオン騎士の顔を見た。
彼の顔には、かつての婚約者のような「蔑み」も「欲望」もない。ただ純粋な「好意」と「焦り」だけがあった。
「……ふふ」
ソフィアが吹き出した。
「ありがとうございます、レオン様。……睨まれているんじゃなくて、よかったです」
「め、滅相もない! 拙者は貴女のファン……いや、その!」
しどろもどろになる堅物騎士を見て、ソフィアの表情が柔らかく緩んだ。
「……男性はまだ少し怖いですけど。でも、貴方なら大丈夫な気がします」
ソフィアはリボンを大切そうにポケットにしまった。
「また、コーヒーを飲みに来てくださいね。……今度は、睨まずに」
「は、はいっ!! 毎日来ます!!」
レオン騎士は感極まった様子で敬礼し、それから代金を置いて(多めに)、風のように去っていった。
「……やれやれ。春が来たな」
「青春ですねぇ」
カウンターの奥で、ジーク様と魔王様がニヤニヤしている。
ソフィアはまだ顔を赤くしていたが、その横顔は以前よりもずっと明るく見えた。
南国のバカ王子のせいで凍りついていた彼女の時間も、不器用な騎士の熱意によって、少しずつ溶け始めたようだ。
『カフェ・オアシス』には、今日も温かい恋の予感が満ちている。




