表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢の引退カフェ経営。静かに暮らしたいのに、元婚約者が「君の淹れる紅茶じゃないとダメだ」と泣きついてくる。知らんがな。  作者: 綾瀬蒼


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

37/50

第37話 堅物騎士の不器用な恋と、ソフィアの氷解

 ここ数日、『カフェ・オアシス』のランチタイムに、妙な緊張感が漂っていた。


「……また、いらっしゃいました」


 給仕係のソフィアが、お盆を抱えて厨房に逃げ込んできた。彼女の顔は青ざめている。


「レティシア様……あのお客様、絶対私のこと睨んでます! 私、何か粗相をしたのでしょうか……?」


 彼女が怯えながら指差した先。

 カウンターの隅に、一人の男性客が座っていた。

 帝国騎士団の制服をピシッと着こなし、背筋を伸ばした短髪の青年。名はレオン。

 彼は眉間に深いシワを寄せ、ブラックコーヒーを睨みつけている。そして時折、鋭い眼光でソフィアの方をギロリと見るのだ。


「……殺気を感じます。また捕まるのかも……」

「大丈夫ですよ、ソフィアさん。彼はただの常連さん……だと思いますけど」


 私は苦笑しながら、カウンターへ向かった。


 ◇◇◇


「いらっしゃいませ、レオン様。コーヒーのおかわりはいかがですか?」

「あ、ああ……頼む」


 私が声をかけると、レオン騎士はビクッとして、コチコチに固まった。

 近くで見ると分かる。彼は怒っているのではない。

 ガチガチに緊張しているだけだ。


「あの、レオン様。部下のソフィアが怖がっているのですが……彼女に何か御用でも?」

「なっ、ち、違う! 断じて違う!」


 レオン騎士は慌てて手を振った。その拍子に、耳まで真っ赤になっているのが見えた。


「その……彼女は、よく働くなと思って。……以前、私が王宮の警備で立っていた時、彼女が差し入れを持ってきてくれたことがあって……その時の笑顔が、忘れられなくて……」


 彼は消え入りそうな声で白状した。

 なるほど。

 睨んでいたのではなく、見とれていたのだ。眉間のシワは、どうやって声をかけようか悩んでいた葛藤の証だったらしい。


「でしたら、そう言ってあげてください。彼女、昔のことがあって、男性が少し怖いみたいですから」

「そ、そうだったのか……! それは申し訳ないことをした……!」


 レオン騎士は深く反省し、懐から小さな包みを取り出した。


「実は……これを渡したくて、三日も通っていたのだが」

「それは?」

「街で評判の……リボンの髪飾りだ。彼女に似合うと思って」


 不器用すぎる。でも、誠実だ。

 私は厨房の奥にいるソフィアを手招きした。


 ◇◇◇


「あ、あの……お客様? 何か不手際が……?」


 ソフィアが恐る恐る近づくと、レオン騎士はバッと立ち上がった。直立不動だ。


「ソフィア殿!!」

「は、はいっ!?」

「き、昨日は睨んでしまってすまなかった!! 拙者は……その……!」


 レオン騎士は顔を真っ赤にして、言葉に詰まった。

 店内の全員(魔王、ドラゴン、ジーク様など)が「頑張れ」という顔で見守っている。


「拙者は、貴女が懸命に働く姿に……心を打たれました! これは、その……つまらないものですが!」


 彼は勢いよく包みを突き出した。

 まるで決闘の申し込み状のようだったが、ソフィアは呆気にとられ、それから包みを受け取った。

 中から出てきたのは、淡いピンク色のリボン。


「え……これを、私に?」

「あ、ああ。貴女の髪色に似合うと思って……。い、いや! 迷惑なら捨ててくれ!」

「…………」


 ソフィアはリボンを見つめ、それからレオン騎士の顔を見た。

 彼の顔には、かつての婚約者のような「蔑み」も「欲望」もない。ただ純粋な「好意」と「焦り」だけがあった。


「……ふふ」


 ソフィアが吹き出した。


「ありがとうございます、レオン様。……睨まれているんじゃなくて、よかったです」

「め、滅相もない! 拙者は貴女のファン……いや、その!」


 しどろもどろになる堅物騎士を見て、ソフィアの表情が柔らかく緩んだ。


「……男性はまだ少し怖いですけど。でも、貴方なら大丈夫な気がします」


 ソフィアはリボンを大切そうにポケットにしまった。


「また、コーヒーを飲みに来てくださいね。……今度は、睨まずに」

「は、はいっ!! 毎日来ます!!」


 レオン騎士は感極まった様子で敬礼し、それから代金を置いて(多めに)、風のように去っていった。


「……やれやれ。春が来たな」

「青春ですねぇ」


 カウンターの奥で、ジーク様と魔王様がニヤニヤしている。

 ソフィアはまだ顔を赤くしていたが、その横顔は以前よりもずっと明るく見えた。


 南国のバカ王子のせいで凍りついていた彼女の時間も、不器用な騎士の熱意によって、少しずつ溶け始めたようだ。

 『カフェ・オアシス』には、今日も温かい恋の予感が満ちている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ