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悪役令嬢の引退カフェ経営。静かに暮らしたいのに、元婚約者が「君の淹れる紅茶じゃないとダメだ」と泣きついてくる。知らんがな。  作者: 綾瀬蒼


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第34話 初のレシピ本出版と、魔王編集長の『超・中二病』翻訳

『カフェ・オアシス』の経営も安定し、帝国の食文化も少しずつ豊かになってきた頃。

 私、レティシアには新たな夢ができていた。


「レシピ本を、出したいんです」


 閉店後の反省会でそう切り出すと、皆が顔を上げた。


「私の料理を家庭でも作ってもらえたら、もっと笑顔が増えると思うんです。パンケーキとか、オムライスとか」

「なるほど、素晴らしい考えだ!」


 ジーク様(夫・皇帝)が即座に賛同する。

 しかし、本を出版するには、印刷技術や流通ルートが必要だ。


「……ふむ。ならば我輩に任せろ」


 コーヒーを啜っていた魔王ヴェルニヤ様が、ニヤリと不敵に笑った。


「魔界の印刷技術は世界一だ。流通も我輩の配下が担おう。……その代わり、我輩を『編集長』に任命しろ」

「えっ、魔王様が編集を?」

「当然だ。我輩の監修があれば、この本は間違いなく『世界を震撼させる一冊』になる」


 嫌な予感しかしなかったが、他に頼れる当てもない。

 私は魔王様とタッグを組み、レシピ本制作に取り掛かることになった。


 ◇◇◇


 数日後。

 私が書き上げた原稿に対し、魔王編集長の「赤字(修正)」が入って戻ってきた。


「……あの、魔王様?」

「なんだ。最高の出来だろう?」


 私は震える手で、原稿を読み上げた。


【メニュー1:ふわふわパンケーキ】

 ↓(魔王修正)

【タイトル:黄金の天蓋てんがい〜琥珀のメープルに濡れて〜】


「……なんですかこれ」

「パンケーキではインパクトが弱い。これくらい荘厳でなければ、読者の魂は震えん」

「震えなくていいんです、お腹が空けば」


 私は次をめくった。


【メニュー2:激辛麻婆豆腐】

 ↓(魔王修正)

【タイトル:煉獄の赤き混沌〜灼熱のソウル・バーン〜】


「必殺技じゃないですか!」

「事実だろ? 食うと魂が燃えるからな」

「間違ってはいないですけど……じゃあ、この『オムライス』は?」


【メニュー3:オムライス】

 ↓(魔王修正)

【タイトル:黄昏のまゆに閉ざされし、紅の供物ケチャップライス


「……食べるのが怖くなってきました。封印を解くみたいで」

「フッ、それが狙いだ。料理とは、食材の命を解き放つ儀式だからな」


 魔王様はノリノリだ。完全に自分の世界に入っている。

 さらに、写真撮影係として新入りのイグニス(炎竜)が呼ばれた。


「おう! 照明なら任せとけ! ブレスで明るくしてやるぜ!」

「待って、直火はダメ! 料理が焦げる!」


 イグニス君が放つ青白い炎の光(超高輝度)のおかげで、出来上がった料理写真は、なぜか神々しく発光し、あるいは禍々しいオーラを放っていた。


「……これ、本当に料理本ですか? 『禁断の魔導書』に見えるんですが」

「気にするな。中身レシピは正確なんだろう?」

「まあ、分量は合ってますけど……」


 不安しかないまま、レシピ本は入稿された。


 ◇◇◇


 そして、発売日。

 帝都の本屋には、開店前から長蛇の列ができていた。

 しかし、並んでいる客層がおかしい。


 黒いローブを着た魔導師、大剣を背負った冒険者、怪しげな錬金術師たちだ。


「おい、聞いたか? あの『魔王』が監修した、究極の魔導書が出るらしいぞ」

「『黄金の天蓋』……どんな高等魔法が記されているんだ……!」

「これを読めば、俺も真理に到達できるかもしれん!」


 彼らは殺気立った様子で本を買い求め、飛ぶように売れていく。

 そして、ページを開いた彼らは驚愕した。


「なっ……!? 『卵を3個、砂糖を大さじ1』……だと!?」

「これは……錬金術の配合レシピか!?」

「作ってみよう……この通りにすれば、黄金の天蓋が……!」


 ――数時間後。

 帝都のあちこちから、甘くて香ばしい匂いが漂い始めた。


「う、うまい! これが真理の味か!」

「魔力が回復する気がする!(糖分補給)」

「俺は鍋の底に宇宙コスモを見た!」


 結果として。

 レシピ本『カフェ・オアシスの饗宴(タイトルも変えられた)』は、帝国史上最も売れた実用書となり、強面な冒険者たちがエプロンをつけて料理に勤しむという、平和な社会現象を巻き起こした。


「……まあ、みんなが料理を楽しんでくれるなら、結果オーライでしょうか」

「だろう? 我輩の言った通りだ」


 魔王編集長はドヤ顔でコーヒーを飲んでいる。


「レティシア! 俺も買ったぞ! 保存用と観賞用と布教用に一万部だ!」

「買い占めないでくださいジーク様!」


 私のささやかな夢は、予想の斜め上の形で叶ってしまった。

 ちなみに、第2巻のタイトル案は『深淵より来たる漆黒のガトーショコラ』だそうだ。

 ……もう、好きにしてください。

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