第32話 あべこべパンデミック! 皇帝がエプロンで、魔王が幼女!?
ある晴れた朝。
開店前の『カフェ・オアシス』で、エリザ(7歳)が新しい魔法陣を描いていた。
「えへへ。きょうは『みんながもっと仲良くなる魔法』をかんがえたよ!」
「あら、素敵な心がけね」
私が微笑ましく見守っていた、その時。
魔法陣が怪しげなピンク色の光を放ち、ボンッ! と店内に充満した。
「……けほっ。エリザ、窓を開けなさい」
私は煙を払いのけ、立ち上がろうとした。
けれど、何かがおかしい。
視線が高い。体が重い。そして、声が――。
「……ん? なんだ、この低い声は」
私は自分の手を見た。
そこにあったのは、剣ダコのある、大きくてゴツゴツした男性の手だった。
「ひゃぁっ!? わ、私、ジーク様になってますわ!?」
向かい側では、エプロン姿の「私(の体)」が、野太い悲鳴を上げていた。
中身はジーク様だ。
「な、なんだこれは……! 体が軽い! だが、このスカートという布きれは、なんとスースーするんだ……!」
ジーク様(inレティシア)が、恥ずかしそうにスカートの裾を押さえて内股になっている。
……見たくない。自分の姿でそんな乙女な仕草は見たくない。
「おい、どうなっている」
足元から声がした。
見下ろすと、そこにはエリザ(7歳)がいた。
しかし、その目つきは完全に「魔王ヴェルニヤ様」のものだった。
「我輩の体が……こんな非力な幼女になるとは。魔法が使えんぞ」
「わぁ〜! おじちゃん、おっきいー!」
そして、カウンターの奥には、漆黒のローブを纏った魔王様(inエリザ)がいた。
中身がエリザなので、魔王の顔でキャッキャと無邪気に飛び跳ねている。
「たかいー! てんじょうにとどくよー!」
魔王の体でジャンプするたびに、店が揺れる。怖い。
「……どうやら、魂が入れ替わってしまったようだな」
私は(ジーク様のバリトンボイスで)冷静に分析した。
【現在の状況】
・レティシア(私) ⇔ ジーク様(皇帝)
・エリザ(娘) ⇔ 魔王ヴェルニヤ様
・ルゥ(聖獣) ⇔ セリーヌ皇女
「わふっ!(やだー! 四つ足で歩きにくいですわー!)」
「……(鏡を見て自分の美貌にうっとりしているルゥin皇女)」
カオスだ。
しかし、無情にも開店のベルが鳴る。
「い、いけない! お客様が来てしまいます!」
「仕方ない。このまま乗り切るぞ!」
◇◇◇
その日のカフェ営業は、伝説に残るほど奇妙なものとなった。
シーン1:接客
「いらっしゃいませ♡」
皇帝ジークフリード(中身は私)が、満面の笑みで愛想を振りまく。
しかし、見た目が「世界最強の強面皇帝」なので、微笑むだけで客が震え上がる。
「ひぃっ! へ、陛下が笑った……!? 殺される!?」
「ち、違いますの! 笑顔ですのよ! オホホホ!」
私の口調で喋るジーク様の体。……気持ち悪いと言われてしまった。ショックだ。
シーン2:厨房
「くそっ、卵が……!」
厨房では、私(中身はジーク様)が料理に苦戦していた。
彼は普段、剣を握っているため、私の繊細な筋肉コントロールができないのだ。
「卵を割ろうとしたら、粉砕してしまった……。この体、パワーが足りないのに、制御が難しいぞ」
「ジーク様、ガニ股で料理するのはやめてください! スカートの中が見えます!」
シーン3:ホール
「お菓子をよこせー!」
魔王の体をしたエリザが、ドスドスと走り回り、客に甘えている(つもり)。
客観的に見ると、「魔王が客に襲いかかっている」ようにしか見えない。
「ギャァァァ! 魔王が! 魔王が涎を垂らして迫ってくるぅぅ!」
「いい子いい子してー!」
一方、エリザの体をした魔王様は、椅子の座り心地に文句を言いながら、ブラックコーヒーを啜っている。
「……ふん。子供の体というのは不便だが、皆が優しくしてくれるのは悪くないな」
「あら、可愛いお嬢ちゃん。飴ちゃんあげるわよ」
「ほう、供物か。よかろう、苦しゅうない」
見た目幼女、中身魔王。
そのギャップに、一部のマニアックなお客様(主に貴族のご婦人)が「生意気で可愛い!」と興奮していた。
◇◇◇
一時間後。
魔法の効果時間が切れ、ポンッ! と全員元に戻った。
「……戻った」
「あ、足がある! 二本足ですわ!」
私たちは互いの体を確かめ合い、安堵のため息をついた。
「……レティシア」
ジーク様が私を抱きしめた。
「君は毎日、あんな華奢な体で、あんな重いフライパンを振っていたのか。……頭が下がる」
「私もです、ジーク様。貴方の体は筋肉だらけで、肩が凝って大変でした」
入れ替わったことで、互いの苦労を知ることができた。
まあ、結果オーライ……なのだろうか?
「パパ、ママ! たのしかったね! またやろう?」
「「もうやりません!!」」
私とジーク様の声が綺麗にハモった。
『カフェ・オアシス』の平穏は、最強幼女の気まぐれ魔法によって、常に綱渡り状態なのである。




