第31話 森の主(熊)の人間化と、女将軍のときめき
ある日の午後。
『カフェ・オアシス』のテラス席で、一匹の巨大なグリズリーが深いため息をついていた。
創業時からの古株、通称「熊さん」だ。
「グルルゥ……(最近、影が薄い気がする)」
無理もない。
最近のカフェは、聖獣ルゥが銀髪の美青年に変身して接客したり、魔王様が常連化したりと、キャラの渋滞が起きている。
ただの「強い熊」では、マスコットとしての地位が危ういのだ。
「あら、熊さん。元気ないわね?」
私が残り物のパンを持っていくと、熊さんは悲しげな目でそれを受け取った。
そこへ、エリザ(7歳)がトコトコとやってきた。
「くまちゃん、これたべる?」
「グ?(なんだこれ?)」
エリザが差し出したのは、魔王様が置いていった『種族進化の木の実(試供品)』だった。
「おじちゃんがね、『これをたべると、なりたい自分になれるよ』って!」
「ガウ!(食べる!)」
熊さんは迷わず木の実を丸呑みした。
ルゥのようにシュッとしたイケメンになって、ちやほやされたい。そんな下心が爆発した瞬間――。
ボフンッ!!
茶色の煙が森を包み込んだ。
◇◇◇
「……く、熊さん?」
煙が晴れたそこに立っていたのは、ルゥのような「儚げな美青年」ではなかった。
身長2メートル超え。
丸太のような太い腕、厚い胸板。
無精髭を生やした、渋くてワイルドな「ナイスミドル(おじ様)」だった。
頭には熊耳、お尻には丸い尻尾がついている。
「ガウ……いや、あー、あー。喋れるようになったか?」
声まで、重低音の渋いバリトンボイスだ。
ルゥが「王子様系」なら、熊さんは「歴戦の傭兵系」である。
「す、すごいです熊さん! とってもダンディですわ!」
「パパより強そう!」
騒ぎを聞きつけたセリーヌ様とエリザが目を輝かせる。
そこへ、ちょうど非番で来店したヒルデガルド将軍が現れた。
「店主、いつものシュークリームを……む?」
将軍は、テラスに立つ半裸の巨漢(熊さん)を見て足を止めた。
普段は「筋肉と効率」しか愛さない鉄血の女将軍が、その逞しい肉体を凝視する。
「……なんだ、その見事な大胸筋は。それに、傷だらけの背中……歴戦の猛者か?」
「ガウ?(俺のことか?)」
「ほう、言葉は少ないが、眼光は鋭いな。……悪くない」
ヒルデガルド将軍の頬が、ほんのりと朱に染まった。
どうやら彼女の「筋肉フェチ」センサーにクリティカルヒットしたらしい。
「貴様、名はなんと言う? どこの部隊だ?」
「俺は……ただの熊だ」
「謙遜するな。その腕、ただ者ではない。……どうだ? 私と手合わせ(組み手)をしないか?」
将軍が熱っぽい視線で迫る。
熊さんは困った。彼はただ、蜂蜜を舐めて昼寝がしたいだけなのだ。
「グルル……(面倒くさい)」
「言葉はいらないと言うのか? いいだろう、体で語り合おうではないか!」
勘違いした将軍が、大剣を捨ててタックルを仕掛けてきた。
ドスゥッ!!
熊さんは反射的に、その太い腕で将軍を受け止めた。
いわゆる「お姫様抱っこ」の状態だ。
「……ッ!?」
「あぶないぞ、人間」
「わ、私の突進を……片手で……!?」
ヒルデガルド将軍は、目の前にある分厚い胸板と、野性的な髭面を見上げ、完全に乙女の顔になってしまった。
「つ、強い……! これが……『包容力』……!?」
カァァァッ……と顔を真っ赤にして、将軍はその場で気絶してしまった。
◇◇◇
その後。
熊さんは「人間姿は肩が凝る」と言って、すぐに元の熊姿に戻ってしまった。
しかし、ヒルデガルド将軍だけは、その後遺症を引きずっていた。
「……なぁ店主。あの時の『髭の大男』は、もう来ないのか?」
「さあ、気まぐれな方ですからね(目の前で蜂蜜舐めてますけど)」
将軍は残念そうにシュークリームを齧りつつ、チラチラと熊さん(獣姿)を見ている。
「ふん……まあいい。この熊の背中を見ていると、なぜかあの男を思い出して落ち着くのだ」
そう言って、彼女は熊さんの背中に寄りかかって休憩し始めた。
熊さんも、まんざらでもなさそうに「グフッ」と鼻を鳴らしている。
ルゥとセリーヌ様に続き、ここにもまた新たな異種族カップル(?)が誕生しそうだ。
『悪役令嬢カフェ』は、今日も種族の壁を超えた愛とカオスに満ちている。




