第30話 十年目の結婚記念日と、変わらない愛の誓い
その日は、朝からカフェ『オアシス』が臨時休業となっていた。
理由は、従業員たちによる「ストライキ」――ではなく、「強制休暇命令」が出されたからだ。
「パパ、ママ! きょうはおみせのことなんてわすれて、デートしてきて!」
「そうですよ兄様。たまには夫婦水入らずで過ごしていただかないと、こちらの身が持ちませんわ(砂糖を吐きすぎて)」
「店長、ここは私たちに任せてください!」
娘のエリザ、妹のセリーヌ、そして弟子のソフィアに背中を押され、私とジーク様は店を追い出されてしまった。
今日は、私たちの十回目の結婚記念日なのだ。
「……追い出されてしまったな」
「ふふ、そうですね。では、お言葉に甘えましょうか」
ジーク様は皇帝の正装ではなく、出会った頃のようなラフなシャツ姿。私もエプロンを外し、お気に入りの白いワンピースに着替えていた。
私たちは手を繋ぎ、懐かしい森の小道を歩き出した。
◇◇◇
向かった先は、店の裏手にある小高い丘。
かつて、過労で倒れそうだった私を、ジーク様が連れ出してくれた「逃避行」の場所だ。
「懐かしいな。あの頃の君は、今にも消えてしまいそうだった」
「ジーク様もですよ。目の下にクマを作って、殺気立っていました」
私たちは草の上に座り、私が作ったサンドイッチを広げた。
王宮の豪華なフルコースもいいけれど、こうして二人で空を見上げながら食べる食事が、一番贅沢だ。
「レティシア」
食べ終えると、ジーク様が真剣な瞳で私を見つめた。
「十年だ。……長いようで、あっという間だった」
「ええ。毎日が騒がしすぎて、退屈する暇もありませんでしたね」
「俺は……君を幸せにできているだろうか?」
世界最強の皇帝陛下が、不安そうな顔をしている。
彼はいつだって、私のことになると臆病だ。
「君は本来なら、王宮でかしずかれて暮らすべき女性だ。なのに、こんな辺境で働かせて、苦労をかけて……」
「ジーク様」
私は彼の手を両手で包み込んだ。
「私、今『悪役令嬢』として、とっても幸せなんですよ?」
「悪役令嬢?」
「はい。だって、大国の皇帝を独り占めして、可愛い娘を我が物顔で育てて、魔王様まで顎で使っているんですもの。世界一贅沢で、強欲な女でしょう?」
私が悪戯っぽく笑うと、ジーク様はぽかんとして、それから吹き出した。
「ははっ! 違いない。君には勝てないな」
彼は懐から、小さな小箱を取り出した。
「記念日のプレゼントだ。……受け取ってくれるか?」
開かれた箱の中には、七色に輝く宝石のネックレスが入っていた。
『虹色水晶』。
見る角度によって色を変える、世界に一つだけの宝石だ。
「綺麗……」
「君との毎日は、この宝石のように色鮮やかだ。……これからも、俺の人生を彩ってほしい」
「はい。喜んで」
ジーク様が私の首にネックレスをかけ、そのまま肩を抱き寄せた。
触れ合う体温。重なる吐息。
十年経っても、胸の高鳴りは初めてキスをしたあの日と変わらない。
「愛しているよ、レティシア。昨日よりも、今日よりも。……明日はもっと」
「私も愛しています、ジーク様」
木漏れ日の中で交わした口づけは、蜂蜜のように甘く、長く続いた。
◇◇◇
夕方。
手を繋いで店に戻ると、クラッカーの音が鳴り響いた。
「「「おかえりなさーい!!」」」
店内は飾り付けられ、テーブルには豪華な料理が並んでいた。
エリザ、セリーヌ、ソフィア、魔王様、ルゥ、ヒルデガルド将軍……。
私たちの大切な家族全員が、笑顔で迎えてくれた。
「パパ、ママ! おめでとう!」
「お二人とも、顔が緩みっぱなしですわよ〜!」
「我輩からの祝いだ、最高級の酒を持ってきたぞ!」
ジーク様は照れくさそうに、でも誇らしげに胸を張った。
「ああ、ただいま。……最高の記念日だったよ」
賑やかな宴が始まる。
笑い声が絶えない、温かな食卓。
婚約破棄され、すべてを失ったと思っていたあの日。
でも、失ったからこそ、私はこの場所に辿り着けた。
『悪役令嬢カフェ』。
そこは、行き場をなくした者たちが集い、世界で一番幸せな「家族」になれる場所。
私の物語は、ここで一旦幕を閉じる。
けれど、この温かい湯気と甘い香りの向こうで、私たちの毎日はこれからも続いていくのだ。
――本日はご来店、ありがとうございました!
皆様の明日に、素敵な「美味しい幸せ」がありますように。
最後までお読みいただきありがとうございます。
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