第3話 カフェの賑わいと、王宮の阿鼻叫喚
開店から三日が過ぎた。
私の店『カフェ・オアシス』は、予想外の賑わいを見せていた。
「キューン!」
「グルルッ……」
ただし、客層が少しおかしい。
カウンター席に座っているのは、常連になった銀色の仔狼(ルゥと名付けた)と、彼が連れてきた体長三メートルの森熊だ。
最初は腰を抜かすほど驚いたが、熊さんはとても礼儀正しく、入り口でちゃんと泥を落として入店してくれた。
彼らは私が淹れた紅茶を大きな器でペロペロと舐め、特製のスコーンを美味しそうに頬張っている。
「はい、おかわりね」
私がポットを傾けると、熊さんは嬉しそうに耳をピコピコ動かした。
どうやら私の【安らぎの加護】入り紅茶は、野生動物たちの間で「飲むと毛艶が良くなる」「狩りの疲れが取れる」と評判になっているらしい。
お代として、森で採れた珍しい木の実や薬草を置いていってくれるので、経営(?)は黒字だ。
(まあ、人間のお客様が来なくても、これはこれで平和よね……)
そう思っていた時だ。
カランカラン、とドアベルが鳴った。
「すまない、休憩させてもらってもいいだろうか……」
入ってきたのは、長身の男性だった。
黒髪に鋭い眼光。身につけているのは上質な騎士服だが、泥と埃で汚れており、その顔色は死人のように悪い。
腰には立派な剣を帯びている。
(うわ、すごいイケメン。でも過労死寸前みたいな顔してるわね)
まるで数日前の私を見ているようだ。親近感が湧いた私は、ニッコリと微笑んだ。
「いらっしゃいませ。どうぞ、お好きな席へ」
「ああ……助かる。森で魔獣討伐をしていて、三日寝ていないんだ……何か、温かいものを……」
騎士様はふらふらとテーブル席に倒れ込むように座った。
これは緊急事態だ。私はすぐに厨房へ向かった。
彼に必要なのは、カフェイン少なめ、栄養価高め、そして【安らぎの加護】特盛りのハーブティーだ。
私は手際よく茶葉をブレンドし、魔力を練り込みながらお湯を注ぐ。
「お待たせいたしました。特製ハーブティーと、焼き立てのサンドイッチです」
テーブルに置くと、騎士様は震える手でカップを手に取った。
そして一口、口に含む。
「……っ!?」
瞬間、彼のエメラルド色の瞳が見開かれた。
「なんだ、これは……!? 泥のように重かった体が、嘘のように軽くなっていく……!」
「お疲れのようでしたので、回復効果のあるハーブを使いました」
「それだけじゃない。魔力の乱れが整い、精神が研ぎ澄まされるようだ。これは、王都の最高級ポーション以上の……」
騎士様は私を凝視し、それからガツガツとサンドイッチを平らげた。
食べ終わる頃には、彼の顔色は健康的なピンク色に戻っていた。
「生き返った……。君は、何者なんだ?」
「ただのカフェ店主ですよ」
「……そうか。詮索は無粋だな」
彼は深く追求せず、代わりに金貨を一枚テーブルに置いた。
お釣りが出るどころの騒ぎではない額だ。
「釣りはいらない。必ずまた来る。……俺はジークだ」
「レティシアです。ありがとうございます、ジーク様」
彼は満足げに店を出て行った。
去り際、店の外にいた熊と仔狼を見て一瞬剣に手をかけようとしたが、彼らがくつろいでいるのを見て「……不思議な店だ」と苦笑して去っていった。
人間のお客様第一号も、どうやらリピーターになってくれそうだ。
私のスローライフは順調そのものだった。
◇◇◇
一方その頃。王都の王太子宮は、地獄の様相を呈していた。
「違う! これじゃない!!」
ガシャーン!!
高価なティーカップが壁に叩きつけられ、砕け散る。
カイル王太子は、血走った目で頭を抱えていた。
「なんなんだこの紅茶は! 渋い! 泥水か!」
「も、申し訳ありません殿下! 最高級の茶葉なのですが……」
侍女が震え上がりながら破片を片付ける。
カイルはここ数日、まともに眠れていなかった。
ベッドに入っても動悸が止まらず、頭痛が彼を苛む。以前は、レティシアの淹れた紅茶を飲めば、すぐに深い眠りにつけたというのに。
「ミナ! ミナはどこだ! 癒やしが必要なんだ!」
カイルが叫ぶと、執務机の奥からミナが顔を出した。
しかし、その顔は涙とインクでぐちゃぐちゃだった。
「うぅ……殿下ぁ……。この書類、漢字ばかりで読めませんぇん……」
「まだ終わっていないのか!? 明日の会議資料だぞ!」
「だってぇ、私、こういうのはレティシアお姉様がやるものだって……」
「ええい、役立たずめ!」
カイルは書類をひったくった。
しかし、そこに書かれているのは隣国との複雑な貿易協定の修正案。今まではレティシアが「要点だけまとめておきました」と付箋をつけてくれていたので、カイルはただ承認印を押すだけでよかった。
ゼロから自分で読むなど、彼には不可能だった。
そこに、宰相が青ざめた顔で入室してくる。
「殿下、緊急報告です! 財務省より、今月の予算案に致命的な計算ミスが見つかったと……」
「知らん! 後にしてくれ!」
「しかし、このままでは国家予算が破綻します! 以前はレティシア嬢が二重チェックをしてくださっていたので……」
「レティシア、レティシア、どいつもこいつもレティシア!!」
カイルは机をバンと叩いた。
苛立ちと焦り。そして何より、体の不調が彼を追い詰めていく。
(なぜだ。なぜあいつがいなくなってから、何もかも上手くいかない……!)
(あいつはただの地味な女だったはずだ。俺の輝きに寄生するだけの……)
ズキリ、と頭痛が走る。
その時、カイルの脳裏に、別れ際のレティシアの言葉が蘇った。
『あの紅茶、私が『安らぎの加護』と魔力を込めてブレンドしないと、殿下は不眠症で倒れるのに』
「……まさか」
カイルは愕然とした。
自分の健康も、仕事の成果も、全て彼女の手のひらの上にあったというのか?
「連れ戻せ……」
「へ?」
「レティシアを連れ戻せ!! 今すぐにだ!!」
王太子の絶叫が、王宮に虚しく響き渡った。
しかし、時すでに遅し。
有能な彼女は今頃、遠い辺境でイケメン騎士とお茶をしているのだから。




