表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢の引退カフェ経営。静かに暮らしたいのに、元婚約者が「君の淹れる紅茶じゃないとダメだ」と泣きついてくる。知らんがな。  作者: 綾瀬蒼


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

29/50

第29話 目玉焼き戦争勃発! 皇帝の不機嫌で世界が凍る

 その日の朝、『カフェ・オアシス』の朝食タイムは、かつてないほど重苦しい空気に包まれていた。


 カチャリ、と食器の音がやけに響く。

 原因は、テーブルに置かれた「半熟目玉焼き」だ。


「……レティシア」

「はい、ジーク様」


 私とジーク様は、互いに笑顔を浮かべながらも、目は笑っていなかった。


「俺は言ったはずだ。目玉焼きには、帝国特産の『濃厚デミソース』をかけるのが至高だと」

「ええ、聞きました。でも私は申し上げましたわ。新鮮な卵の味を楽しむなら、『岩塩と黒胡椒』一択だと」


 そう。

 私たちは今、結婚して初めての「夫婦喧嘩」をしていた。

 原因は、「目玉焼きに何をかけるか」という、全人類の永遠のテーマについてだ。


「ソースなどかけたら、全ての味がソースになってしまうではありませんか」

「いや、塩だけでは味気ない。愛する君には、もっと滋養のあるものを食べてほしいという俺の愛が分からないのか?」

「愛と味覚は別問題です!」

「なんだと!?」


 ガタンッ!

 ジーク様が席を立った。


「……いいだろう。頭を冷やしてくる。今日の公務は長引きそうだ」

「行ってらっしゃいませ。夕飯のメニューは『塩味』にしておきますから!」


 フンッ! と互いに顔を背け、ジーク様は転移魔法で王宮へ、私は厨房へと消えた。

 残されたのは、プルプルと震える半熟目玉焼きと、呆然とする娘のエリザだけだった。


 ◇◇◇


 その日、ガルディア帝国の中枢はパニックに陥っていた。


「へ、陛下のご機嫌が最悪だぞー!!」

「さっき、書類にハンコを押す音が爆発音みたいだった!」

「宰相が『今日のランチは目玉焼きです』と言った瞬間、氷漬けにされたらしい!」


 皇帝ジークフリードが発する「負のオーラ」により、王宮の気温は氷点下まで下がり、文官たちはガタガタと震えながら仕事をしていた。

 夫婦喧嘩の余波が、物理的に国政を停滞させている。


 一方、カフェでも。


「……ぬう。今日のレティシアは怖いな」


 常連の魔王ヴェルニヤ様が、カウンターの隅で縮こまっていた。

 私が包丁で野菜を刻むたびに、*ダンダンダンッ!!* という凄まじい音が響き、衝撃波で客の髪が逆立っているからだ。


「おい、ソフィア。注文してもいいか?」

「無理です魔王様。店長、今『岩塩』を親の仇のように挽いてますから……」


 店内の空気はピリピリと張り詰め、誰も声をかけられない。

 そんな中、学校から帰ってきたエリザ(6歳)が、私のエプロンを引っ張った。


「ママ……」

「あら、おかえりエリザ。おやつにする?」

「ううん。あのね、パパね……」


 エリザは悲しそうな顔で言った。


「パパ、あさごはん、たべてなかったよ」


 ハッとした。

 そういえばジーク様は、怒ってそのまま出ていってしまった。

 空腹のまま、あの激務をこなしているのだろうか。


「……私ったら、なに意地を張っていたのかしら」


 たかが調味料。

 そんなことで、大切な旦那様にお腹を空かせるなんて、料理人失格だし、妻失格だ。


「……エリザ。パパを迎えに行きましょうか」

「うん!」


 ◇◇◇


 夕暮れの王宮。執務室。

 ジーク様は、山積みの書類を前に、深くため息をついていた。


「……はぁ。腹が減った」

「陛下、休憩なさいませ」


 側近が心配そうに声をかけるが、ジーク様は首を振った。


「いや、俺には食べる資格がない。愛する妻に、あんな傲慢な態度を取ってしまった……。レティシアの料理が恋しい……」


 世界最強の皇帝が、机に突っ伏してメソメソしている。

 その時。


 コンコン。

 窓ガラスが叩かれた。

 そこには、ホウキ(魔法で飛行中)に乗った私と、エリザの姿があった。


「レ、レティシア!? エリザ!?」


 ジーク様が慌てて窓を開ける。


「ど、どうしたんだ? 危ないじゃないか!」

「出前をお届けに参りました」


 私はバスケットから、まだ温かいお弁当箱を取り出した。

 中身は、ご飯の上に載った『二つの目玉焼き』だ。


 一つは、塩コショウのみ。

 もう一つは、特製デミソースがたっぷりかかったもの。


「……これは」

「ごめんなさい、ジーク様。私の好みばかり押し付けてしまいました。……両方作りましたから、一緒に食べませんか?」

「レティシア……!」


 ジーク様は私を力強く抱きしめた。


「すまなかった! 俺こそ、君のこだわりを尊重すべきだった! ソースなんてどうでもいい、君が作ったものなら、泥団子だって喜んで食べるのに!」

「ふふ、泥団子は作りませんよ」


 私たちは執務室のソファに座り、仲良く目玉焼きを半分こした。


「……うん。塩も美味いな。素材の味が生きている」

「ソースも美味しいですわ。ご飯が進みますね」


 結局、愛する人と食べるなら、何だって世界一美味しいのだ。

 エリザも横でニコニコとサンドイッチを食べている。


「パパ、ママ、なかなおり?」

「ああ、仲直りだ。エリザにも心配かけたな」


 ジーク様がエリザの頭を撫でる。

 すると、エリザが無邪気に言った。


「エリザはねー、ケチャップとマヨネーズがいい!」


 私とジーク様は顔を見合わせ、それから吹き出した。

 新たな勢力の登場だ。


 こうして、「第一次目玉焼き戦争」は平和条約(両方食べる)の締結により終結した。

 王宮の氷も溶け、翌日からはまた、砂糖を吐くほど甘い夫婦の姿が目撃されたという。


 めでたし、めでたし。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ