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悪役令嬢の引退カフェ経営。静かに暮らしたいのに、元婚約者が「君の淹れる紅茶じゃないとダメだ」と泣きついてくる。知らんがな。  作者: 綾瀬蒼


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第27話 南国のバカ王子襲来と、魔王様の激辛教育

 新人店員ソフィアが『カフェ・オアシス』で働き始めてから、数週間が経った。

 彼女は持ち前の根性で、魔界の食材の下処理や、聖獣ルゥのブラッシングといった「特殊業務」もこなし、すっかり店に馴染んでいた。


「いらっしゃいませ! 魔王様、いつもの『地獄の激辛麻婆豆腐』ですね!」

「うむ。ソフィアよ、今日は唐辛子を三倍にしてくれ」


 平和なランチタイム。

 しかし、その静寂は唐突に破られた。


 バーン!!

 カフェの扉が乱暴に蹴り開けられたのだ。


「見つけたぞ、ソフィア!!」


 入ってきたのは、派手な南国風の衣装を着た、褐色肌の男だった。

 後ろには武装した兵士を数名引き連れている。

 彼こそが、ソフィアを追放した南の国の第二王子、ロベルトだ。


「ロ、ロベルト殿下……!?」


 お盆を持ったまま、ソフィアが震え上がる。

 ロベルト王子は、エプロン姿の彼女を見て、鼻でせせら笑った。


「ハッ! 見ろ、あの無様な姿を! 一国の公爵令嬢だった女が、こんな辺境の薄汚い店で給仕とはな!」


 彼はズカズカと店内に踏み込み、汚れた靴のまま床を汚した。

 

「おい、ソフィア! 貴様には『国外追放』を命じたはずだ。だが、私の気が変わった。国へ連れ戻し、地下牢で一生罪を償わせてやる!」

「そ、そんな……私は無実です! それに、私はもうこの店で……」

「黙れ! 罪人の分際で口答えするな!」


 ロベルト王子が手を振り上げ、ソフィアを打とうとした――その時。


 ピタッ。


 王子の腕が、空中で止まった。

 いや、見えない何かに「掴まれた」ように動かなくなったのだ。


「……おい。騒々しいぞ、雑種」


 店の奥から、底冷えするような声が響いた。

 麻婆豆腐を食べていた魔王ヴェルニヤ様が、スプーンを持ったまま不機嫌そうに振り返る。


「せっかくの食事が台無しだ。……その汚い足をどけろ」

「あ? なんだ貴様は! 私は王子だぞ! 平民風情が気安く……」


 ロベルト王子が言い返そうとした瞬間、彼の背後に控えていた兵士たちが一斉に悲鳴を上げた。


「ひ、ひぃぃぃ!? で、殿下! あの方の紋章を見てください!」

「あ、あれは伝説の……『魔王』の紋章……!?」

「は?」


 さらに、厨房からエプロン姿の男性が出てくる。

 ジーク様(現皇帝)だ。


「やれやれ。私の店で暴れるとは、いい度胸だ。……南国の王家は、ガルディア帝国に喧嘩を売りたいと見える」

「ガ、ガルディア……!? てことは、まさか『ジークフリード皇帝』!?」


 ロベルト王子の顔色が、みるみるうちに青ざめていく。

 田舎のボロ店だと思って入ったら、そこは「魔王」と「皇帝」がランチを楽しんでいる魔境だったのだ。


「ひ、ひっ……! ご、誤解だ! 私はただ、逃亡した罪人を……!」

「罪人?」


 私がカウンターから身を乗り出した。


「ソフィアさんは、当店の正規雇用スタッフです。彼女に手出しをするなら、店主として(あとバックにいるこの人たちが)黙っていませんよ?」

「うぐっ……!」


 完全なる四面楚歌。

 ロベルト王子は脂汗を流し、それでもプライドだけで叫んだ。


「だ、だが、そいつは私の元婚約者だ! 私には彼女を連れ帰る権利がある!」


 まだ言うか。

 魔王様がため息をつき、手元の激辛麻婆豆腐を指差した。


「……権利、か。ならば『試練』を受けろ」

「し、試練?」

「この『特製・溶岩麻婆』を一口でも食べられたら、話を聞いてやらんこともない」


 皿の中では、真っ赤な液体がグツグツと煮えたぎり、致死量のカプサイシンが紫色の湯気を放っている。


「な、なんだその料理は……! 毒物じゃないか!」

「我がカフェの看板メニューだ。……食えんのか? ソフィアはこれを毎日運んでいるぞ?」


 魔王様がスプーンですくって、無理やり王子の口元へ突き出した。


「ひ、ひぃぃぃ!! 目が、目が痛いぃぃ!」


 湯気だけで涙目になったロベルト王子は、恐怖のあまり腰を抜かした。

 

「わ、わかった! 帰る! 帰るから許してくれぇぇ!」


 彼は這うようにして逃げ出した。兵士たちも慌てて後を追う。

 嵐のような騒動は、わずか数分で鎮圧された。


「……ふん、口ほどにもない」


 魔王様は何事もなかったように食事を再開した。

 呆然としていたソフィアが、ハッと我に返る。


「あ、ありがとうございます……! 魔王様、店長……!」

「礼には及ばん。……それよりソフィア、水だ。辛すぎて舌が焼ける」

「はい! ただいま!」


 ソフィアは涙を拭い、満面の笑みでピッチャーを取りに走った。

 その背中は、来た時よりもずっと頼もしく見えた。


 こうして、南国のバカ王子は「魔王の激辛料理」の前に敗北した。

 後日、南国から正式な謝罪文と、大量のフルーツ(お詫びの品)が届くことになるのだが……それはまた別のお話。


 『カフェ・オアシス』の鉄壁の守りは、今日も従業員の平和を守り続けている。

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