第26話 迷い込んだ『二代目』悪役令嬢と、先輩からの助言
それは、嵐の夜のことだった。
『カフェ・オアシス』の閉店後。
私と娘のエリザが片付けをしていると、激しくドアが叩かれた。
「た、頼む! 開けてくれ! 雨宿りをさせてくれ!」
切羽詰まった少女の声。
ジーク様が警戒しながらドアを開けると、そこにはずぶ濡れの少女が立っていた。
煌びやかだが泥だらけのドレス。泣き腫らした目。
その姿は、十数年前の――ここに来る前の「私」にそっくりだった。
「……あ、あの。お金はありません。でも、どうしても寒くて……」
少女は震えながらそう言うと、そのまま床に崩れ落ちてしまった。
◇◇◇
暖炉の前で温かいミルクティーを飲ませると、少女はようやく落ち着きを取り戻した。
彼女の名はソフィア。
遠い南の国から、馬車を乗り継いで逃げてきたのだという。
「……婚約破棄、されたんです」
ソフィアはカップを握りしめ、ポツリと語り出した。
「身に覚えのない罪を着せられて……『真実の愛』を見つけた王子に捨てられました。国外追放だって……。私、もう生きていけません……!」
彼女の目には、深い絶望と、王子への暗い復讐心が渦巻いていた。
「許さない……あの女も、王子も……! いつか絶対に見返して、不幸にしてやるんだから……!」
その言葉を聞いて、エリザが心配そうに私を見た。
私は優しく微笑み、ソフィアの前に座った。
「ソフィアさん。その気持ち、痛いほど分かります」
「え……?」
「私も昔、同じように捨てられ、この森に辿り着いたのですから」
私は昔話を語った。
書類仕事に追われていた日々。理不尽な断罪。そして、ざまぁをしてやろうと息巻いていた頃のこと。
「でもね、気づいたんです。彼らを不幸にすることよりも、自分が幸せになることの方が、ずっと最高の復讐なんだって」
「……自分が、幸せに?」
私は厨房から、焼き立ての『特製ハニートースト』を持ってきた。
分厚いトーストの上に、バニラアイスと蜂蜜をたっぷりと。
「まずは食べてみて。腹が減っては復讐もできませんよ?」
ソフィアは戸惑いながらも、ナイフを入れた。
熱々のパンと、冷たいアイスを一緒に口へ運ぶ。
「……っ!」
甘さが口いっぱいに広がり、冷え切った体が内側から溶かされていく。
「おいしい……。なにこれ……おいしい……!」
ソフィアの目から、大粒の涙が溢れ出した。
それは悔し涙ではなく、張り詰めていた心が解けた涙だった。
「……私、ずっと気を張ってた。王子に愛されるために、完璧な令嬢にならなきゃって……。甘いものなんて、我慢してた……」
「もう我慢しなくていいのよ。ここは『悪役令嬢』のためのカフェ。貴女はもう、自由なんだから」
私が頭を撫でると、ソフィアは声を上げて泣いた。
◇◇◇
翌朝。
すっかり元気になったソフィアは、キリッとした顔で私の前に立った。
「レティシア様! 私、決めました!」
「復讐に行きますか?」
「いいえ! ここで働かせてください!」
ソフィアはエプロン(エリザのお古)を握りしめて宣言した。
「王子を見返すために、私自身が最高に幸せになってやります! そのために、まずは美味しい紅茶の淹れ方を覚えたいんです!」
その瞳には、昨夜の暗い光はもうなかった。
「……ふふ。いいですよ。ただし、うちは厳しいですよ?」
「望むところです!」
こうして、『カフェ・オアシス』に新たな従業員(二代目・元悪役令嬢)が加わることになった。
奥の席では、ジーク様が新聞を読みながら呟く。
「……あの国の王子か。少し『教育』が必要かもしれないな」
「お父様、私も手伝いますわ(物理)」
「二人とも、手出し無用ですよ。ソフィアさんの人生ですから」
私は釘を刺しつつ、新人のソフィアにポットの持ち方を教え始めた。
捨てられた令嬢たちが集い、癒やされ、そしてたくましく羽ばたいていく場所。
私の始めたカフェは、いつの間にかそんな「再生の場所」になっていたようだ。
――いらっしゃいませ。
傷ついた貴女に、とびきりの一杯を。
ここは今日も、世界で一番優しい悪役令嬢たちの楽園だ。




