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悪役令嬢の引退カフェ経営。静かに暮らしたいのに、元婚約者が「君の淹れる紅茶じゃないとダメだ」と泣きついてくる。知らんがな。  作者: 綾瀬蒼


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第25話 十年後のカフェ・オアシス、そして物語は続く

 あれから、十年の月日が流れた。


 帝国の森にある『カフェ・オアシス』は、今や世界中の美食家や旅人が憧れる「伝説の名店」となっていた。

 

「いらっしゃいませ! 焼き立てのアップルパイはいかがですか?」


 店先で元気な声を上げているのは、銀髪の美少女。

 16歳になった娘のエリザだ。

 魔法学園の制服にエプロンを重ね着した彼女は、学園のアイドルでありながら、放課後はこうして看板娘として働いている。


「エリザ様、僕が運びますよ!」

「いえ、私がやります!」


 彼女の周りには、いつも数人の男子生徒(親衛隊)がいる。

 かつてのマクシミリアン少年も、今では立派な生徒会長になり、彼女の右腕として働いているようだ。青春だなぁ。


「……ふふ。賑やかね」


 私は厨房の窓からその光景を眺め、紅茶を淹れていた。

 十年経っても、私の仕事は変わらない。

 美味しいものを作り、お客様の笑顔を見ること。


 カランカラン。

 夕暮れの鐘と共に、ドアベルが鳴る。


「ただいま、レティシア」


 入ってきたのは、少し目尻に皺が増えたけれど、相変わらず素敵な私の旦那様、ジークフリードだ。

 皇帝としての激務を終え、転移魔法で帰ってきたのだ。


「おかえりなさい、あなた。お疲れでしょう?」

「ああ。だが、君の顔を見れば疲れなど吹き飛ぶよ」


 彼はカウンター越しに私に口づけを落とす。

 十年経っても、この人の溺愛ぶりは変わらない。むしろ年々増している気がする。


「パパ、おかえりー!」

「おお、エリザ! 今日も世界一可愛いな!」


 ジーク様はエリザを抱きしめ、それから店の奥の指定席へ座った。

 そこにはすでに、常連客たちがくつろいでいる。


 すっかり人間の姿に慣れた聖獣ルゥ(イケメンモード)と、彼に甲斐甲斐しく世話を焼くセリーヌ様。

 隠居して悠々自適な魔王ヴェルニヤ様。

 

 みんな、私の大切な家族だ。


 ◇◇◇


 夜。

 閉店後の静かな店内で、私とジーク様は二人きりで紅茶を飲んでいた。


「……早いものだな」


 湯気の立つカップを見つめながら、ジーク様が呟く。


「君がこの店を開いたあの日。俺が転がり込んだあの日。……昨日のことのように思い出せる」

「ええ。最初はボロボロの倉庫でしたものね」

「君は言っていたな。『スローライフを送りたい』と」


 ジーク様は悪戯っぽく私を見た。


「どうだ? 結局、スローライフとは程遠い、忙しい毎日になってしまったが……後悔はしていないか?」


 私は店内を見渡した。

 使い込まれたテーブル。壁に飾られたエリザの成長記録。みんなで撮った写真。

 想像していた「静かな隠居生活」とは全然違う。

 毎日ドタバタで、トラブル続きで、騒がしくて。


 でも。


「後悔なんて、あるわけないじゃないですか」


 私は心からの笑顔で答えた。


「だって、こんなに幸せなんですもの。……一人で飲む紅茶より、貴方と飲む紅茶の方が、ずっと美味しいですから」


 ジーク様は優しく目を細め、私の手を取った。


「ありがとう、レティシア。……俺を見つけてくれて」

「こちらこそ。私を、捕まえてくれてありがとう」


 窓の外では、森の木々が優しくざわめいている。

 かつて「悪役令嬢」と呼ばれ、国を追われた少女は、今ここに最高のハッピーエンドを築き上げた。


 物語はここで終わりだけれど、私たちの人生はまだまだ続く。

 明日はどんなお客様が来るだろう?

 エリザがどんな騒動を起こすだろう?

 今日の夕食は何にしよう?


 そんなありふれた幸せを噛み締めながら。


「さあ、明日の仕込みをしなくちゃ」

「俺も手伝おう。皿洗いの腕は落ちていないぞ」


 灯りの消えた森の中に、二人の笑い声が溶けていく。


 ここは『カフェ・オアシス』。

 美味しい料理と、安らぎと、愛がいっぱいのお店。

 

 ――本日は閉店です。

 またのご来店を、心よりお待ちしております。

最後までお読みいただきありがとうございます。


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