第24話 聖獣の人間化と、皇女様の初恋パニック
ある晴れた休日。
『カフェ・オアシス』の裏庭で、エリザ(6歳)が怪しげな紫色の液体を混ぜていた。
「なにをしているの、エリザ?」
「あ、ママ! おじちゃん(魔王)がくれた『おとなになるくすり』だよ!」
嫌な予感しかしない。
私が止めようとした瞬間、足元で昼寝をしていた聖獣ルゥ(フェンリル・小型犬モード)が、甘い匂いに釣られて起き上がった。
「わふ?(美味そうな匂いだ)」
「あ、ルゥちゃん! だめだよ!」
制止も虚しく、ルゥはペロリと液体を舐めてしまった。
ボロンッ!!
大量の白煙が巻き起こる。
「けほっ……ルゥ? 大丈夫?」
煙が晴れたそこには、いつもの白い毛玉はいなかった。
代わりに座り込んでいたのは――。
「……ん? なんだか視線が高いな」
輝くような銀髪に、野性味あふれる金色の瞳。
引き締まった肢体を持つ、彫刻のように美しい青年だった。
頭には白い狼の耳、お尻にはフサフサの尻尾が生えている。
「えええええっ!? ルゥ……なの!?」
「ん、レティシアか? ああ、どうやら人の姿になってしまったらしい」
青年は自分の手を見て、事もなげに言った。
声まで、腹に響くような低音ボイスのイケメンである。
そこへ。
「ルゥちゃ〜ん! 最高級の骨付き肉を持ってきましたわよ〜!」
上機嫌なセリーヌ皇女が現れた。
彼女はルゥ(犬姿)を溺愛しており、休日はこうして餌付けに通っているのだ。
「え……?」
セリーヌ様は、庭に座る「半裸の銀髪美青年」を見て、持っていた肉を取り落とした。
「きゃぁぁぁぁぁ!! ち、痴漢ですわぁぁぁ!!」
「うるさいぞセリーヌ。俺だ、ルゥだ」
「へ……?」
青年が、ポリポリと耳の後ろを足で(人間には不可能な角度で)掻こうとして、バランスを崩してコケた。
その仕草と、見覚えのある金色の瞳。
「う、嘘……ルゥちゃん、ですの……?」
「ああ。体がでかくなって動きにくいな」
ルゥは面倒くさそうに立ち上がると、セリーヌ様に近づいた。
セリーヌ様は顔を真っ赤にして後ずさる。
「ち、近づかないでくださいまし! 服! 服を着てください!」
「服? そんなものいらん。それよりセリーヌ、その肉をよこせ」
「ひぃっ!?」
ルゥはセリーヌ様を壁際に追い詰めると、ドン! と手をついた。
いわゆる『壁ドン』だ。
ただし、彼が見ているのはセリーヌ様の顔ではなく、彼女が持っている骨付き肉だ。
「いい匂いだ。早く食わせろ」
「あ、あの……顔が、近いですわ……!」
「ん? いつものように『あーん』をしてくれないのか?」
ルゥは不思議そうに小首を傾げた。犬の時は可愛かったその仕草も、この美貌でやられると破壊力が凄まじい。
セリーヌ様の心臓が、早鐘のように打ち鳴らされる。
(な、なんなのですかこのイケメンは……! 中身はあの可愛いワンちゃんなのに……どうしてこんなにドキドキしますの!?)
「は、早く食べなさいよ! この駄犬!」
セリーヌ様は震える手で、肉を彼の口に押し込んだ。
ルゥはそれをガツガツとワイルドに平らげると、満足そうに目を細めた。
「うむ、美味い。やはりセリーヌの肉は最高だ」
「っ……///」
「満腹になったら眠くなったな。……おい、膝を貸せ」
「はぁ!?」
ルゥは当然のように、その場に座り込んだセリーヌ様の膝に頭を乗せた。膝枕だ。
そして、無防備な寝顔を晒して、スースーと寝息を立て始める。
「ちょ、ちょっと! 重いですわよ! ……それに、男の人にこんな……」
セリーヌ様は文句を言いつつも、彼を退かそうとはしなかった。
恐る恐る、そのサラサラの銀髪に触れる。
「……悔しいけど、兄様の次に綺麗な顔をしてますわね」
「ん……セリーヌ、もっと撫でろ……そこだ……」
「……もう。仕方ないですわね」
真っ赤な顔で、青年の頭を撫で続ける皇女様。
――数分後。
ボンッ!
再び煙が上がり、ルゥは元の可愛い子犬の姿に戻った。
「わふ?(あれ、戻ったか?)」
「あ、ルゥちゃん! 戻りましたのね!」
セリーヌ様はホッとしたような、少し残念なような顔をして、ルゥを抱き上げた。
「もう! 心配させないでちょうだい!」
「キャン!(苦しいぞ!)」
いつもの光景に戻った……はずだったが。
セリーヌ様はルゥの顔を見るたびに、さっきの整った寝顔を思い出してしまい、急に挙動不審になってしまった。
「れ、レティシアお義姉様! わ、わたくし今日は帰りますわ!」
「あら、もう帰るんですか?」
「こ、心臓が持ちませんの! ……ルゥちゃんのバカ!」
セリーヌ様は真っ赤な顔で走り去っていった。
残されたルゥは「解せぬ」といった顔で首を傾げている。
私は微笑ましくその様子を見ていた。
どうやら帝国にも、遅い『春』が訪れそうだ。
もっとも、相手が食い気優先の聖獣様では、皇女様の前途は多難かもしれないけれど。




