第21話 真夜中の珍客と、異世界出汁(だし)うどん
ある日の深夜。
『カフェ・オアシス』の閉店作業をしていると、魔王ヴェルニヤ様が置いていった『時空転移ゲート(失敗作)』が、またしても怪しく光り始めた。
「……む? なんだ、この湿っぽい空気は」
ジーク様(エプロン姿)が怪訝な顔をする。
ゲートの向こうから漂ってくるのは、雨の匂いと、排気ガスの匂い。そして、肌にまとわりつくような重たい疲労感。
私はハッとした。
この空気、知っている。
これは――私が前世で生きていた場所、『現代日本』の空気だ。
カラン、カラン。
ゲートの扉がゆっくりと開き、一人の女性が入ってきた。
「……いらっしゃいませ?」
私が声をかけると、その女性はビクッと肩を震わせた。
濡れた安っぽいスーツ。ボサボサの髪。目の下には濃いクマ。手にはコンビニの袋。
まるで、転生する前の「私」を見ているようだった。
「あ、あの……ここ、どこですか? 終電逃して、路地裏に入ったら急に……」
「ここは『カフェ・オアシス』です。温かいものでもいかがですか?」
彼女は狐につままれたような顔をしていたが、店内のいい匂いに釣られ、フラフラとカウンター席に座り込んだ。
「……じゃあ、何か温かいものを。お財布、千円しかないんですけど……」
「お代は結構ですよ。少し、実験に付き合っていただけるなら」
私は厨房に入り、腕まくりをした。
彼女に必要なのは、凝ったフレンチでも甘いケーキでもない。
五臓六腑に染み渡る、優しい「出汁」の味だ。
私は帝国の東方地域で見つけた「コンブもどき」と「カツオもどき」で取った黄金色の出汁を鍋に入れる。
そこに、手打ちのうどん(最近、ジーク様がこねるのにハマっている)を投入。
上には、揚げたての海老天と、半熟卵、ネギをたっぷり乗せる。
「お待たせしました。『特製・天ぷら月見うどん』です」
ドン、と丼を置くと、湯気とともに懐かしい出汁の香りが立ち上った。
女性客の目が丸くなる。
「う、うどん……? こんな洋風なお店で……?」
「さあ、冷めないうちに」
彼女は割り箸(竹を削った自作)を手に取り、スープを一口すすった。
「……っ」
瞬間、彼女の張り詰めていた肩の力が、ふっと抜けた。
「……あぁ……美味しい……」
うどんをすする音が店内に響く。
彼女はハフハフと言いながら、夢中で麺を頬張った。
サクサクの海老天をかじり、トロトロの卵を絡め、最後は丼を持ち上げてスープを飲み干す。
「ふぅ……生き返ったぁ……」
完食した彼女の顔には、少しだけ赤みが戻っていた。
「……私、もうダメかと思ってました」
「お仕事、大変なんですか?」
「はい。毎日終電で、上司には怒鳴られて、何のために生きてるのか分からなくて……」
彼女がポツリポツリと語る愚痴を、私は黙って聞いた。
ジーク様も、言葉の意味は分からずとも、彼女の悲痛な雰囲気を感じ取り、黙って温かいお茶を出してくれた。
「でも、なんか元気が出ました。こんな不思議な場所で、こんなに美味しいうどんが食べられるなんて」
彼女は立ち上がり、深々と頭を下げた。
「明日、思い切って有給取ってみます。……ちゃんと寝て、ちゃんとご飯食べて、それから人生考え直してみようかなって」
「ええ、それがいいと思います。体とご飯が資本ですから」
私は微笑んで送り出した。
彼女が扉を出ると、ゲートの光は徐々に薄れ、最後には完全に消滅した。
外はいつもの、帝国の静かな森だ。
「……レティシア」
ジーク様が私の肩を抱いた。
「今の客は、君の『故郷』の人間か?」
「……ふふ、どうでしょう。でも、昔の私によく似ていました」
私はジーク様の胸に頭を預けた。
あの頃の私は、一人でコンビニ弁当を食べて泣いていた。
でも今は、隣に愛する人がいて、自分の料理で誰かを笑顔にできる。
「ジーク様。私、今とっても幸せです」
「ああ。俺もだ」
私たちは誰もいない店内で、静かに口づけを交わした。
不思議なゲートが繋いだ、一夜限りの奇跡。
あのOLさんが、日本のどこかで元気にやっていることを祈りつつ。
さあ、明日はエリザのために、うどん作りをもっと極めないと!




