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悪役令嬢の引退カフェ経営。静かに暮らしたいのに、元婚約者が「君の淹れる紅茶じゃないとダメだ」と泣きついてくる。知らんがな。  作者: 綾瀬蒼


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第19話 最強幼女の社交界デビューと、伝説の『キャラ弁』

 エリザが4歳になり、帝国の貴族たちから「そろそろ皇女殿下を社交界(お茶会)へ」という声が上がり始めた。

 まだ早い気もするが、同年代の友達がいないのも可哀想だ。


 私は渋るジーク様(「悪い虫がついたらどうする!」と半泣きだった)を説得し、エリザを王宮主催の『子供お茶会』に参加させることにした。


「ママ! これ、なに?」


 当日の朝。

 厨房で、エリザが目を輝かせて覗き込んでいるのは、私が持たせる特製のお弁当だ。

 子供のお茶会では、各家庭の料理人が作った軽食を持ち寄るのが通例らしい。


 そこで私は、前世の記憶をフル活用し、この世界にはない『最終兵器』を用意した。


「これは『キャラ弁』よ。ご飯で動物さんを作ったの」

「わぁっ! パンダさんだ! うさぎさんもいる!」


 小さなおにぎりを海苔で加工してパンダにし、ウインナーを飾り切りしてカニやタコにする。

 卵焼きはハート型。ブロッコリーとミニトマトで彩りも完璧だ。


「かわいくて、たべるのもったいない!」

「ふふ、お友達と一緒に美味しく食べてね」

「うん!」


 エリザは大事そうにお弁当箱(魔王様がくれた『空間保存機能付きランチボックス』)を抱え、会場へと向かった。


 ◇◇◇


 会場となる王宮の庭園には、きらびやかなドレスやスーツに身を包んだ、貴族の子供たちが集まっていた。

 しかし、雰囲気は少しギスギスしていた。


「ふん。僕の家のシェフが作ったテリーヌの方が高級だぞ」

「あら、わたくしの家のサンドイッチには、最高級のハムが使われていますのよ」


 子供とはいえ貴族。

 持ち寄った料理のマウント合戦(自慢大会)が始まっていたのだ。

 その中心にいたのは、宰相の息子である6歳の少年、ベルンだった。


「おや? 皇女殿下のお弁当は随分と小さいですね」


 ベルンは、エリザが持っている可愛らしい箱を見て鼻で笑った。


「皇族なら、もっと豪華な重箱を持ってくるべきでは? そんな小さな箱、庶民の『カフェ』みたいで貧相ですよ」


 周りの子供たちがクスクスと笑う。

 エリザはキョトンとしていたが、少しムッとした。ママの料理を馬鹿にされたからだ。


「……みてて」


 エリザは無言で、お弁当の蓋を開けた。

 

 パカッ。


 その瞬間、周囲の空気が凍りついた。

 いや、沸騰した。


「な、なんだあれはー!!?」

「お、お米が……動物の形をしている!?」

「あの赤いのは何!? タコ!? 可愛い!!」


 箱の中に広がる、ファンシーでカラフルな小宇宙。

 茶色一色のテリーヌや、地味なサンドイッチしか知らない貴族の子供たちにとって、それは見たこともない魔法のような料理だった。


「か、可愛い……! わたくし、あのおにぎりが食べたいわ!」

「僕も! 僕のフォアグラと交換してくれ!」

「ズルいぞ! 僕はキャビアを出す!」


 一瞬にして、マウント合戦は崩壊した。

 子供たちがエリザの周りに殺到する。


「えへへ、いいよ。みんなでたべよ?」


 エリザがパンダおにぎりを差し出すと、令嬢たちは「きゃー!」と黄色い悲鳴を上げた。

 一口食べた少年が目を見開く。


「う、美味い! なんだこの優しい味は……!」

「冷めているのに美味しいなんて!」

「野菜も甘い! これなら僕もニンジンが食べられる!」


 私の『安らぎの加護』入りキャラ弁は、偏食気味の貴族っ子たちの胃袋を完全に掌握した。

 

 呆然と立ち尽くすのは、いじめっ子のベルンだけだ。


「くっ……! お、おにぎりごときに……!」

「……おにいちゃんも、たべる?」


 エリザが、最後の一つ残っていた『タコさんウインナー』をフォークに刺して差し出した。

 ベルンは顔を真っ赤にして、それからパクリと食べた。


「……っ!!」


 パリッとした皮、ジューシーな肉汁。そして何より、見た目の楽しさ。

 ベルンの目から涙がこぼれた。


「う、美味い……! ごめんなさい皇女殿下! 僕の負けだ!」

「かちまけじゃないよ。おいしいね、って笑うのがごはんだよ」


 エリザが聖母のような微笑みを向けると、ベルンは「一生ついていきますアネゴ(皇女様)!」とひれ伏した。


 ◇◇◇


 夕方。

 お迎えに行ったジーク様が見たのは、大勢の子供たちを引き連れて、園庭のボスとして君臨している娘の姿だった。


「……レティシア」

「はい」

「あの子、将来は『食の女帝』にでもなるつもりか?」

「ふふ。誰に似たんでしょうね?」


 その日以来、帝国の貴族たちの間では「キャラ弁」が大流行し、わざわざ『カフェ・オアシス』まで作り方を習いに来る親御さんが後を絶たなくなったとか。


 エリザの初めての社交界デビューは、ドレスではなく、タコさんウインナーによって伝説となったのだった。

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