第16話 カフェの新たな家族と、過保護すぎる旦那様
結婚式から数ヶ月。
『カフェ・オアシス』は、今日も今日とて大繁盛していた。
「いらっしゃいませー! 本日のランチは完売ですわよ!」
「並んでいる客に茶を配れ! 熱中症にさせるな!」
看板娘のセリーヌ様と、警備主任(?)のヒルデガルド将軍の連携もすっかり板についている。
私は厨房で、デザートの仕上げをしていた。
「……ふぅ」
スポンジケーキにクリームを塗っていると、急に強い眠気が襲ってきた。
手元がふらつき、パレットナイフを落としそうになる。
「っと、危ない……」
最近、なんだか体がだるい。
食欲はあるのだけれど、特定の匂い(特に脂っこいもの)を嗅ぐと、少し胸がムカムカするのだ。
夏の疲れが出たのだろうか?
「レティシア?」
背後から、心配そうな声がかかった。
ジーク様だ。彼は私の顔を覗き込むと、瞬時に眉を寄せた。
「顔色が悪いぞ。……まさか、また働きすぎか?」
「いえ、少し眠いだけで……きゃっ!?」
言い訳する間もなく、体が宙に浮いた。
ジーク様の得意技、強制お姫様抱っこだ。
「今日はもう休め。店はセリーヌたちに任せればいい」
「で、でも予約のケーキが……」
「ダメだ。君が倒れたら、俺が生きていけない」
有無を言わせぬ迫力で、私は二階の寝室へと連行されてしまった。
◇◇◇
数時間後。
心配性のジーク様が呼んだ、王宮付きの医師(わざわざ帝都から転移魔法で連れてこられた)が、私の脈を診ていた。
部屋にはジーク様だけでなく、なぜかセリーヌ様、ヒルデガルド将軍、そして熊さん(グリズリー)までが心配そうに詰めかけている。
「……ふむ」
老医師は私の手首を離すと、髭をさすりながらニッコリと微笑んだ。
「ジークフリード殿下。おめでとうございます」
「……は?」
「レティシア妃殿下の御身には、新しい命が宿っておりますよ」
シン……と、部屋が静まり返った。
「…………い、今、なんと?」
「ですから、ご懐妊です。妊娠三ヶ月といったところでしょうか」
その瞬間。
「ッッッ!!?!?」
ジーク様が、言葉にならない音を発して硬直した。
あまりの衝撃に、戦場でも眉一つ動かさなかった英雄が、石像のように固まっている。
「ま、まさか……俺と、レティシアの……子供……?」
「はい。順調に育てば、来年の春には元気な産声が聞けるでしょう」
「……っ!」
ジーク様は震える手で口元を覆い、それから私のベッドの縁に崩れ落ちた。
その目には、うっすらと涙が光っている。
「ありがとう……レティシア……!」
「ジーク様……」
「嬉しい。本当に、嬉しい……!」
彼が私の手を握りしめ、何度も口づけを落とす。
その姿を見て、私もじわじわと実感が湧いてきた。
私のお腹の中に、愛する人との赤ちゃんがいる。
「やりましたわー!! わたくし、おば様になりますのねー!!」
「でかしたぞレティシア! 帝国の次期後継者だ!」
「グオオオォォ!!(宴だー!!)」
セリーヌ様たちが歓声を上げ、部屋はお祭り騒ぎになった。
――しかし、本当の「試練」はここからだった。
◇◇◇
翌日から、ジーク様の「過保護」がリミッター解除されてしまったのだ。
「レティシア、動くな! その皿一枚たりとも持つんじゃない!」
「いえ、これくらいは……」
「ダメだ! 指先一つ動かすな! 水が飲みたいなら俺が口移しで飲ませる!」
「それは結構です!!」
厨房に立つことすら禁止され、私はカフェの椅子に座らされ、ひたすら「鑑賞」することしか許されなくなってしまった。
さらに。
「我輩からの祝いだ」
ドサササッ!!
空間の裂け目から現れた魔王ヴェルニヤ様が、大量のアイテムを積み上げた。
「魔界特産『ハイハイ用膝当て(オリハルコン製)』と、『英才教育用絵本(禁呪編)』、あと『ガラガラ(振ると衝撃波が出る)』だ」
「全部危険物ですよね!?」
「何、魔王の加護がある子供なら使いこなせるだろう。将来は我輩の右腕に……」
「させませんからね!?」
さらにさらに。
王国の父(ライオネル陛下)からは「ベビーベッド(純金製)」が届き、帝国の父(オズワルド陛下)からは「離乳食セット(プロテイン入り)」が届いた。
「……はぁ」
私は山積みの贈り物と、私の周りをウロウロして「寒くないか?」「クッションを変えるか?」と聞いてくる旦那様を見て、深いため息をついた。
幸せだけど……これ、産まれる前から前途多難すぎない?
「ジーク様。落ち着いてください」
「すまない。だが、君と子供に万が一のことがあったらと思うと……」
「大丈夫です。私は『悪役令嬢』カフェの店主ですよ?」
私は自分のお腹を優しく撫でた。
「この子はきっと、貴方に似て強くて、私に似て図太い子になります。だから、どーんと構えていてください」
「……そうだな。君の子だものな」
ジーク様は苦笑し、そっと私のお腹に手を重ねた。
そして、まだ見ぬ我が子に向かって話しかける。
「早く出てこい。父様が、世界一美味しいママのご飯を用意して待ってるぞ」
――こうして、カフェ『オアシス』は産休・育休モードへと突入していく。
スローライフ?
いいえ、これから始まるのは、世界一賑やかな「子育てライフ」になりそうです。




