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悪役令嬢の引退カフェ経営。静かに暮らしたいのに、元婚約者が「君の淹れる紅茶じゃないとダメだ」と泣きついてくる。知らんがな。  作者: 綾瀬蒼


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第13話 鉄血の女将軍と、陥落のシュークリーム

 皇帝陛下からの勅命を受け、私は王宮の訓練場の一角に『カフェ・オアシス・帝国支店』をオープンした。


 無骨な石造りの要塞の中に、突如として現れたメルヘンチックなログハウス。

 テラス席には白いパラソル、花壇には色とりどりの花。

 周囲の殺伐とした雰囲気から、そこだけ完全に浮いていた。


「……おい、入れるか? これ」

「無理だろ。俺たちみたいな筋肉だるまが入ったら、店が壊れるぞ」

「でも、陛下が『激ウマだ』って……」


 遠巻きに店を見ているのは、鎧に身を包んだ屈強な兵士たちだ。

 彼らは戦場では恐れを知らぬ猛者だが、どうやら「ファンシーなカフェ」という未知の敵には怯えているらしい。


「いらっしゃいませー! 怖くないですわよー!」


 看板娘(自称)のセリーヌ様が手を振るが、兵士たちは「皇女様が給仕してる!?」と余計に恐縮して後ずさってしまう。


 そんな膠着状態を破ったのは、鋭い怒号だった。


「貴様ら! 訓練中に何を油を売っているか!!」


 カツーン、カツーン! と軍靴の音を響かせて現れたのは、長身の女性騎士だった。

 燃えるような赤髪をポニーテールにし、鋭い眼光は鷹のよう。腰には大剣を佩いている。


「ヒッ、ヒルデガルド将軍!?」

「『鉄血の女将軍』のお出ましだ……!」


 兵士たちがサァーッと道を空ける。

 ヒルデガルドと呼ばれた女性は、私の店の前で仁王立ちし、私を睨みつけた。


「貴様か。我が国の皇子をたぶらかし、陛下を骨抜きにした『他国の魔女』というのは」

「店主のレティシアです。魔女ではありません」

「ふん! 聞けば、貴様は兵士たちに『軟弱な菓子』を振る舞おうとしているそうだな!」


 彼女はバン! とカウンターを叩いた。


「帝国軍人に必要なのは、筋肉と効率のみ! 砂糖などという軟弱な白い粉は、精神をたるませる毒だ! 即刻立ち去れ!」


 なるほど、この国特有の「効率厨」のようだ。

 しかも彼女、チラチラと奥にいるジーク様を見ている。

 どうやら「ジーク様の婚約者候補」として名を馳せていたが、ポッと出の私にその座(?)を奪われて面白くないらしい。


「毒ではありません。糖分は脳のエネルギー源ですし、疲労回復には甘いものが一番ですよ」

「黙れ! 私は認めん! 貴様の料理など、この『鋼の胃袋』を持つ私が断罪してやる!」


 ヒルデガルド様は腕組みをして宣言した。


「私が一口食べて、『不要』と判断したら、即刻店を畳んでもらう! いいな!」

「……分かりました。その代わり、美味しかったら素直に認めてくださいね?」


 私はため息をつきつつ、ショーケースから「とあるスイーツ」を取り出した。


 それは、私の拳ほどの大きさがある『特製ジャンボ・クッキーシュー』だ。

 表面にはアーモンドダイスと砂糖をまぶしてカリカリに焼き上げ、中にはバニラビーンズたっぷりの濃厚カスタードクリームを、これでもかというほど詰め込んである。


「……なんだ、その岩のような塊は」

「シュークリームです。外はカリカリ、中はトロトロですよ」

「ふん、岩なら噛み砕くのみ!」


 ヒルデガルド様は、シュークリームをひったくるように手に取ると、大きく口を開けてかぶりついた。


 ガリッ、サクッ。


 小気味よい音が響いた直後。


 トロォォォォ……。


 溢れ出した黄金色のカスタードが、彼女の口の中を満たした。


「……んぐっ!?」


 ヒルデガルド様の目が、カッ! と見開かれる。


(な、なんだこれは……!!)

(硬い皮を噛み砕いた瞬間、濃厚な甘露が雪崩れ込んできた!? 卵のコク、ミルクの優しさ、そしてバニラの香り……!)

(戦場で疲れ切った体に、甘さが……甘さが染み渡るぅぅぅ!!)


 彼女の膝がガクガクと震え始めた。

 口の端についたクリームを拭うのも忘れ、彼女は二口目、三口目と貪り食う。


「う、嘘だ……私は……私は甘いものなど……!」

「美味しいですか?」

「くっ、くっ殺せ……!!」


 ヒルデガルド様はその場に崩れ落ちた。

 典型的な「女騎士の敗北シーン」である。


「こ、こんなに美味しいものを知ってしまったら……もう、あの味気ない携帯食料には戻れないではないかぁぁぁ!!」

「大丈夫ですよ。毎日食べに来ればいいんです」

「……毎日?」


 彼女が顔を上げる。その目には涙が浮かんでいた。


「毎日、これを食ってもいいのか……?」

「ええ、お店ですから。あ、兵士の方もどうぞ。訓練後の糖分補給は、筋肉の分解を防ぎますよ(適当な知識)」


 その言葉を聞いた瞬間、遠巻きにしていた兵士たちが「うおおおお!!」と歓声を上げて突撃してきた。


「俺にもくれー!」

「将軍が泣くほどウマい菓子だぞ!」

「筋肉のために食うんだ! これは訓練だ!」


 あっという間に行列ができ、ヒルデガルド様もいつの間にか列の最後尾に並び直していた。

 

「……勘違いするなよ! これは視察だ! 敵情視察のために、もう一個……いや、三個買っていくだけだ!」

「はいはい、ありがとうございます」


 ツンデレな女将軍の陥落により、帝国支店も大盛況間違いなしだ。


 奥で見ていたジーク様が、苦笑しながら近づいてくる。


「また一人、ライバルを餌付けしてしまったな」

「平和的解決で何よりです。……あ、ジーク様。ヒルデガルド様、口元にクリームつけてて可愛かったですよ?」

「……俺にとっては、クリームをつけている君の方が数倍可愛いが?」


 ジーク様が私の唇を親指で拭い、それをペロリと舐める。

 

「きゃぁぁぁーー!!」

「兄様! 店先でイチャつかないでくださいまし!!」


 セリーヌ様の悲鳴と、兵士たちのヒューヒューという冷やかしが飛ぶ。

 帝国での生活は、思っていた以上に騒がしく、そして甘いものになりそうだ。

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