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悪役令嬢の引退カフェ経営。静かに暮らしたいのに、元婚約者が「君の淹れる紅茶じゃないとダメだ」と泣きついてくる。知らんがな。  作者: 綾瀬蒼


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第12話 帝国への旅路と、マズすぎる歓迎晩餐会

『カフェ・オアシス』に「夏季休業」の看板を掲げ、私たちは旅に出た。

 行き先は、大陸北方の軍事大国、ガルディア帝国。

 ジーク様の故郷であり、私が「二号店」を出す予定の場所だ。


「……それにしても、すごい馬車ですね」


 私が乗っているのは、帝国皇室専用の特別仕様車。

 馬車というより、もはや走る要塞だ。内装はフカフカ、揺れはゼロ、護衛の騎士団付きというVIP待遇である。


「すまない。これでも地味なものを選んだつもりなんだが」

「兄様の感覚は麻痺してますわ。わたくしとしては、もっと金箔を貼るべきでしたけれど」


 向かいの席には、ジーク様とセリーヌ様。

 足元には、小さくなったルゥ(フェンリル)が丸まっている。


「そういえばレティシア。国を出る前、修道院から手紙が届いていたぞ」


 ジーク様が思い出したように言った。


「カイル元王太子からだ。『反省文(という名の復縁嘆願書)』が羊皮紙十枚にわたって書かれていた」

「うげっ」

「内容は読むに堪えないものだった。『修道院のパンが硬い』『スープに味がない』『君のスコーンが食べたい』……最後は涙でインクが滲んで読めなかったな」

「……そうですか」


 私は窓の外へ視線を投げた。

 かつて私をこき使い、追放した男の末路。

 自業自得とはいえ、少しだけ哀れに思う。


「燃やしておいてください」

「ああ、すでに焚き火の燃料にした。よく燃えたよ」


 ジーク様が爽やかに笑う。

 私の過去(ブラック労働時代)は、これで完全に灰になったようだ。


 ◇◇◇


 数日後、私たちは帝都に到着した。

 石造りの重厚な城壁、整然と並ぶ兵士たち。

 さすがは軍事大国、街全体にピリッとした緊張感と活気がある。


 そして通されたのは、皇帝陛下が待つ『白亜の宮殿』だ。


「よく来た、我が息子ジークフリードよ! そして噂の聖女殿(カフェ店主)!」


 玉座に座っていたのは、ジーク様をさらに厳つく、筋肉質にしたような巨漢の男性だった。

 皇帝、オズワルド陛下だ。


「遠路はるばる大儀であった! さあ、まずは腹ごしらえだ! 帝国が誇る『最高効率』の晩餐を用意させたぞ!」


 皇帝陛下の合図で、次々と料理が運ばれてくる。

 私は期待に胸を膨らませた。

 軍事大国の宮廷料理。きっと豪快なお肉料理や、珍しい食材が……。


 コトッ。

 私の目の前に置かれたのは、

 

 1. 茶色いたぶんパン

 2. 灰色のペースト(たぶんスープ)。

 3. ゆでただけの鳥のササミ(味付けなし)。


 以上だった。


「…………」


 私は固まった。

 ジーク様を見ると、気まずそうに目を逸らしている。

 セリーヌ様は「あちゃー」という顔をしている。


「さあ食え! これぞ我が国の科学班が開発した『完全栄養食』だ! 味は二の次だが、これを食えば三日三晩戦えるぞ!」


 皇帝陛下がガハハと笑いながら、灰色のスープを一気に飲み干した。

 ……嘘でしょう?

 これが、歓迎の宴?


 私は恐る恐る、茶色いパンを齧ってみた。


 ガリッ!!


「硬っ!!? 石!? これ石ですよね!?」

「顎を鍛えるために硬くしてあるのだ!」

「スープは……泥の味がします……」

「栄養価を高めるために、薬草とプロテインを混ぜてあるからな!」


 皇帝陛下は自慢げだ。

 そう、ガルディア帝国は「強さ」を追求するあまり、「食の楽しみ」を捨て去った『メシマズ筋肉国家』だったのだ。


「……ジーク様」

「すまない。俺がカフェの飯に感動した理由が、分かっただろう?」

「感動とかそういうレベルじゃありません。これは拷問です」


 私は立ち上がった。

 料理人としての魂が、怒りで燃え上がっている。

 こんな食事を続けていたら、心まで筋肉になってしまう!


「陛下。申し訳ありませんが、この料理は下げてください」

「なに? 口に合わんか?」

「合いません。……私が、作り直します」


 私はドレスの袖をまくり(中にはいつものエプロンを着込んである)、王宮の厨房へと向かった。


「おい待て! 宮廷の厨房を勝手に……!」

「黙って待っていてください! 『本当の食事』というものを教えて差し上げますわ!」


 ◇◇◇


 三十分後。

 大広間に、ジュウジュウと焼ける音と、芳醇な香りが漂ってきた。


「な、なんだこの匂いは……!?」

「脳が……痺れるようないい匂いだ……!」


 ざわめく皇帝と大臣たちの前に、私はドン! と大皿を置いた。


「お待たせいたしました。『帝国風・肉汁たっぷりハンバーグステーキ〜特製デミグラスソースがけ〜』です!」


 鉄板の上で踊るのは、挽肉を丁寧に捏ねて焼き上げた、分厚いハンバーグ。

 ナイフを入れると、中から溢れ出す肉汁ジュースの滝。

 そこに、赤ワインとバターを煮詰めた濃厚なソースが絡み合う。


「……こ、これが肉料理だと? ササミではないのか?」

「いいから食べてみてください」


 皇帝陛下は疑り深い目でフォークを刺し、口へと運んだ。


 ハフッ。

 モグモグ……。


 カッ!!


 皇帝陛下の目から、光が放たれた(気がした)。


「うまぁぁぁぁぁぁぁいッ!!!」


 ドォォォン!!

 皇帝陛下が叫ぶと同時に、衝撃波で窓ガラスがビリビリと震えた。


「なんだこれは! 柔らかい! 噛まなくても溶ける! そしてこの溢れ出る旨味の奔流! 余は今まで、ゴムを食っていたのか!?」

「パンも焼きましたよ。フワフワの白パンです」

「柔らかい! 雲を食っているようだ!」


 強面の皇帝陛下が、ハンバーグを前に子供のように涙を流している。

 周りの大臣や兵士たちも、「一口くれ!」「俺にも!」と暴動寸前だ。


 ジーク様がやれやれと肩をすくめる。


「……言っただろう、父上。レティシアは、俺の胃袋どころか、世界の胃袋を掴む女だと」

「認める! 即刻認める! ジークよ、今すぐこの女と結婚しろ! そして帝国の食文化を救ってくれぇぇ!」


 皇帝陛下が私の手を取り、ガシガシと握手をしてくる。


「レティシア殿! 頼む! 我が国の料理長になってくれ!」

「あ、いえ。私はカフェの店主なので……二号店を出すくらいなら」

「許可する! 王宮の敷地内に店を出せ! 家賃はタダだ! 食材も使い放題だ!」


 こうして。

 私の帝国訪問初日は、「メシマズ国家の完全制圧」という形で幕を閉じた。


 どうやら私のスローライフ(二号店経営)は、ここでは「食育改革」という名の新たな戦いになりそうだ。

 ……まあ、ジーク様が嬉しそうだから、いいか。


「おかわり、まだあるか?」

「はいはい、たくさん焼いてありますよ」


 帝国編、波乱のスタートです。

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