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悪役令嬢の引退カフェ経営。静かに暮らしたいのに、元婚約者が「君の淹れる紅茶じゃないとダメだ」と泣きついてくる。知らんがな。  作者: 綾瀬蒼


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第10話 魔王様、激辛カレーに涙する

 その日、カフェ『オアシス』の上空だけ、空の色がおかしかった。

 爽やかな青空だったはずが、突如として紫色の重い雲が垂れ込め、ビリビリと肌を刺すようなプレッシャーが森全体を包み込んだのだ。


「グルルルルッ……!!」

「キャンッ!」


 ルゥ(フェンリル)が毛を逆立てて唸り、熊さんは恐怖のあまり店の奥で震えている。

 ただ事ではない。


「……ッ、この禍々しい魔力は」


 ジーク様が険しい表情で厨房から飛び出し、腰の剣に手をかけた。

 セリーヌ様も顔面蒼白で私の後ろに隠れる。


「あ、ありえませんわ……! これは『魔界』の……それも最上位の……!」

「魔界?」


 私が首を傾げた瞬間、店のドアが音もなく開いた。

 カランコロン、という軽やかなベルの音が、場違いに響く。


「……ここか。人間界で妙に美味い匂いをさせている場所は」


 入ってきたのは、漆黒のローブを纏った青年だった。

 透き通るような銀髪に、血のように赤い瞳。

 美しくも恐ろしいその姿からは、圧倒的な「強者」のオーラが漂っている。


 ジーク様が私の前に立ちふさがり、剣を抜いた。


「貴様、何者だ。……いや、その魔力、まさか『魔王』か?」

「ほう。人間にしては目ざといな」


 青年――魔王ヴェルニヤは、退屈そうにジーク様を一瞥しただけで、興味なさげに鼻を鳴らした。


「安心しろ、雑魚に用はない。我輩が用があるのは、この店から漂ってくる『匂い』だけだ」


 魔王様はスタスタとカウンターへ歩み寄り、ジーク様を素通りして、私と目を合わせた。


「女。ここの主だな」

「はい、店主のレティシアです」

「我輩は魔王ヴェルニヤだ。……腹が減った。我輩を満足させるものを出せ。もし不味かったら、この国ごと消し飛ばしてやる」


 サラッと人類滅亡レベルの脅し文句を吐かれた。

 ジーク様とセリーヌ様が「き、貴様ふざけるな!」と臨戦態勢に入るが、私は彼らを手で制した。


「分かりました。お席へどうぞ」

「……レティシア!?」

「お客様がお腹を空かせているんです。料理を出すのが私の仕事ですよ」


 私は魔王様にも動じず、お冷とおしぼりを出した。

 相手が王太子だろうが、皇子だろうが、魔王だろうが関係ない。

 「お腹が空いた」と言われれば作る。それが『カフェ・オアシス』の流儀だ。


「……ふん、肝の据わった女だ」


 魔王様は面白そうに口角を上げ、カウンター席に座った。


 さて、魔王様に出すメニューだ。

 彼のような高位の存在は、きっと繊細な料理よりも、本能に訴えかけるようなガツンとした味を求めているに違いない(偏見)。

 そして何より、今の厨房には、数種類のスパイスを調合してじっくり煮込んだ「あれ」がある。


「お待たせいたしました。『ごろごろ牛肉の特製スパイスカレー』です」


 私が深皿を置くと、スパイシーで食欲をそそる香りが爆発的に広がった。

 ターメリックライスの上には、飴色玉ねぎと赤ワインで煮込んだ漆黒のルー。そしてスプーンで切れるほど柔らかい、キングボアの角切り肉。


「……ほう。黒いな」

「見た目は黒いですが、味は保証します」

「毒が入っていたら殺すぞ」

「スパイス(薬味)はたっぷり入っていますよ」


 魔王様はスプーンを手に取り、ルーとライスをすくって口へと運んだ。


 パクッ。

 咀嚼。


「……ッ!!?」


 魔王様の赤い瞳がカッと見開かれた。

 次の瞬間、ガツガツガツッ! と猛烈な勢いでスプーンが動き始めた。


「な、なんだこれは……! 辛い! 舌が焼けるように熱い! だが……止まらん!!」

「お水もどうぞ」

「不要だ! この刺激……魔界の鈍った味覚が一気に覚醒するようだ! それにこの肉、口の中で溶けおったぞ!?」


 魔王様は額に汗を浮かべながら、一心不乱にカレーを貪っている。

 「美味い! 辛い! 美味い!」と呟くその姿は、世界の敵とは思えないほど無邪気だ。


 あっという間に完食すると、彼は肩で息をしながら、恍惚の表情で天井を仰いだ。


「……見事だ。人間界に、これほどの快楽が存在するとは」

「お口に合って何よりです。食後のラッシー(ヨーグルトドリンク)です。辛さが和らぎますよ」

「気が利くな……うむ、これも絶品だ」


 魔王様はすっかり牙を抜かれていた。

 彼は懐から、握り拳ほどの大きさがある紫色の宝石を取り出し、カウンターにゴロリと置いた。


「代金だ。釣りはいらん」

「えっ、これ『最上級魔石』ですよね? 国が買えるくらい高いやつですよね? お釣り出せませんよ?」

「構わん。その代わり、貴様に『魔王の加護』を授ける」


 彼が指を鳴らすと、私の額に一瞬だけ魔法陣が浮かび上がった。


「この店は我輩の『お気に入り』に認定した。今後、魔族や魔物がこの店に手出しすることは禁ずる。……もし手出しする馬鹿がいれば、我輩が直々に消し炭にしてやるから安心しろ」

「あ、ありがとうございます……(最強のセキュリティシステムが入っちゃった)」


 魔王様は立ち上がり、黒いマントを翻した。


「また来る。次はもっと辛いものを所望する」

「お待ちしております」


 嵐のように現れ、カレーを食べて去っていった魔王様。

 紫色の雲が晴れ、再び青空が戻ってくる。


 店内に残されたのは、呆然とするジーク様とセリーヌ様、そして国宝級の魔石だけ。


「……レティシア」

「はい」

「君はもう、世界の覇者になれるんじゃないか?」


 ジーク様が乾いた笑い声で言った。

 

 こうして『カフェ・オアシス』は、

 ・聖獣フェンリルの縄張りであり、

 ・帝国皇子が従業員として働き、

 ・国王陛下が常連客であり、

 ・魔王様が後ろ盾についた、

 

 世界で最も安全かつ、手出し無用な聖域サンクチュアリとなってしまったのだった。


 ――え? スローライフ?

 うん、まあ……誰も襲ってこないという意味では、これ以上ないほど平和なのかもしれない。たぶん。

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