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星降る夜の終わりに、あなたからの手紙を  作者: 九葉


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第6話

「――その手紙を書いたのは、俺じゃない」


カイ様の放った言葉は、鋭い氷の刃となって、私の希望を根こそぎ切り裂いた。

時間が、止まる。

暖炉の火が爆ぜる音も、窓の外で吹き荒れる風の音も、全てが遠のいていく。

目の前に立つ、氷の瞳をした青年が、ゆっくりと歪んで見えた。


「……うそ、です」


か細く、掠れた声が、やっとの思いで喉から漏れ出た。


「嘘でしょう……? だって、あの手紙には、カイ・フォン・グライフェン、と……あなたの、名前が……」


「それは、俺の名であると同時に、父の名でもあったからだ」


彼は淡々と、まるで天気の話でもするかのように続けた。


「手紙を書いたのは、先代辺境伯――俺の父、カイ・フォン・グライフェンだ。父が亡くなる前に、未来のあんたに向けて書き溜めていたものを、俺が遺言に従って月に一度、王都へ送っていた。……ただ、それだけのことだ」


父。先代辺境伯。

亡くなる、前に。


バラバラになった言葉の破片が、私の頭の中で意味を結ばない。

イーダさんが言っていた。

『カイ様のお父上は、それはもう太陽みたいに明るくて、慈悲深いお方だった』


あの温かい手紙は、もうこの世にいない人が書いたもの?

私の心を支え続けてくれたあの言葉は、全て、過去からの幻だったというの?


「な……ぜ……」


「さあな。父の考えていたことなど、俺には分からん」


カイ様はそう吐き捨てると、私から興味を失ったように、窓の外へ視線を向けた。その横顔は、まるで精巧に作られた石像のように、何の感情も映し出していなかった。


「ただ……父は、あんたの母親と旧知の仲だったらしい。いや、それ以上だったのかもしれん」


母親。

その言葉に、私の心臓が嫌な音を立てて跳ねた。

お父様が、カイ様の名を聞いた時に見せた、あの複雑な表情。

私の魔力が暴走したあの日から、急に私を避けるようになった、お母様の悲しい瞳。

全てのピースが、最悪の形で嵌っていく。


「父の遺品を整理している時に、あんたの母親に宛てた、出されることのなかった手紙を何通も見つけた。そこには、身分違いの恋に苦しむ想いと……生まれてくる子供の幸せを遠くから願う言葉が綴られていた」


つまり、あの手紙は。

私が頼りにしてきたあの言葉たちは。

私が生まれる前から用意されていた、壮大な……独りよがりな、感傷の産物だというのか。


「父の遺言はこうだ。『もし、セラフィーナ嬢が助けを求めてこの地を訪れたなら、必ずその力になれ。これは、俺が果たせなかった約束であり、辺境伯としてのお前の最初の務めだ』と」


カイ様は、忌々しげに舌打ちをした。


「俺は、父の遺言に従ったまでだ。手紙を送り、あんたをこの城に招き入れた。これで、務めは果たしたことになる」


ああ。

そうか。

そういうことだったのか。


この人が私を城に入れてくれたのは、優しさからではなかった。

私の手首の腕輪を見て門兵の態度が変わったのも、それが先代辺境伯の遺品だったからだ。

全ては、死んだ父親との約束を守るため。

私のことなど、どうでもよかったのだ。


ガラガラと、足元から世界が崩れ落ちていく。

私が信じていた光は、はじめから存在しなかった。

私が目指してきた場所は、ただの空っぽの墓標だった。


何のために、私は王都を出たのだろう。

何のために、吹雪の中を歩き続けたのだろう。

何のために、生き延びてしまったのだろう。


「……っ、う……ああ……っ」


嗚咽が、喉の奥から込み上げてくるのを止められない。

膝から力が抜け、私はその場にへたり込んだ。

涙が、次から次へと溢れ出し、床の石畳に吸い込まれていく。

公爵令嬢としての矜持も、何もかも、もうどうでもよかった。


私の支えだったものは、全て、幻だった。


カイ様は、泣き崩れる私を一瞥すると、何の言葉もかけることなく、部屋を出て行こうとした。

その冷たい背中が、私の絶望をさらに深く抉る。


「待って……ください……」


私は最後の力を振り絞り、彼を呼び止めた。


「これから……私は、どうすれば、いいのですか……?」


帰る場所も、行く当てもない。

生きる意味すら、見失ってしまった。


カイ様は、扉に手をかけたまま、振り返りもせずに答えた。


「好きにしろ。どこへ行こうと、あんたの自由だ。……部屋は、そのまま使っていい」


その声には、やはり何の感情もこもっていなかった。

ただ、去り際に彼が呟いた一言だけが、針のように私の耳に残った。


「……あんたも、親の亡霊に縛られた、哀れな人間だというだけのことだ」


バタン、と。

重い扉が閉まる音が、私の砕け散った心に、無慈悲に響き渡った。

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