防犯訓練という隙
居酒屋の卓上に、空いた皿とグラスが積み重なっていた。
くだらない冗談の合間に、Cがふと真顔になった。
「……そういえば、うちの支店、防犯訓練が来月ある」
何気ない一言に、全員の視線が集まった。
「防犯訓練?」主人公が問い返す。
「そう。毎年恒例だ。銀行強盗が押し入った想定で、職員がどう動くかを確認するやつ」
Cは淡々と説明した。
「内容は決まってる。犯人役と人質役を職員で分担して、形式的にやるだけ。時間も短い。支店長も面倒がって、毎回“いつも通りでいい”って感じだ」
そこにDが身を乗り出した。
「……それ、使えるんじゃねえか?」
低い声だったが、確かな熱を帯びていた。
「使えるって、どういう意味だよ」Bが警戒する。
Dは煙草を弄びながら言った。
「だってよ、防犯訓練なら“犯人役”が存在するんだろ? 本物みたいに暴れても“リアリティがある”で済むじゃねえか。そこで上司を巻き込んでやればいい」
主人公の胸にざわめきが走った。
たしかに、それならただの冗談じゃなく、現実的な“仕返し”に変わるかもしれない。
「待てよ」Bが手を上げた。
「そんなことしてバレたら、どうするんだ。内部犯行だって疑われるに決まってる」
「そこは工夫だ」Dは薄く笑った。
「訓練なんだから、多少の暴れ方は“演技”で押し通せる。支店長だって本部に余計な報告なんかしたくねえだろう。支店内の恥をさらすだけだしな」
Aが面白がるように声を上げる。
「いいじゃん、それ! C、お前が中から情報出せば、タイミングも仕掛けもバッチリだろ」
Cは苦い顔をした。
「簡単なことじゃない。訓練の詳細を知ってるのは担当と支店長くらいだ。俺にできるのは日程を把握するくらい」
「十分だろ」Dが即答する。
「日にちさえ分かれば、あとはどう仕掛けるか俺たちで考えりゃいい。内部にいるお前がいれば、外の連中じゃできねえことも可能になる」
主人公は心臓が高鳴るのを感じた。
——ただの悪ふざけが、急速に現実の企みへと変わりつつある。
Bは最後まで渋い顔をしていたが、その口調は弱かった。
「……お前ら、本気でやる気か」
Cは深く息を吐き、視線を落とした。
「本気かどうかは……分からない。けど、俺はこのまま黙ってやられ続けるのはもう嫌だ」
誰もそれ以上は言わなかった。
それぞれが黙ってグラスを持ち直し、酒をあおる。
焼き鳥の煙にかき消されながら、部屋の空気は重く熱を帯びていた。
——防犯訓練。
ただの恒例行事に過ぎなかったはずのそれが、俺たちにとって“仕返しの舞台”という新たな意味を持ち始めていた。




