回想の扉
荒い息を整えながら、俺は走り続けていた。
夜の街に響くサイレンは、獲物を追い詰める獣の遠吠えのように耳を刺す。赤色灯の光が壁や車に反射し、世界が赤黒く染まっていく。逃げ道などないと分かっていても、足は止まらない。
——なぜ、俺はこんなことになったのか。
答えを探すように意識は過去へと沈んでいく。
すぐに浮かんだのは、くだらない酒の席。いつものように集まって、笑って、愚痴をこぼして、時間を浪費していただけの夜。俺と悪友たちにとって、それは何年経っても変わらない習慣だった。
社会に出て、それぞれが違う道を歩んだはずなのに、なぜか俺たちは定期的に顔を合わせていた。どこにでもある居酒屋の暖簾をくぐれば、そこにはあの頃の延長線上の自分たちがいた。冗談を言い合い、馬鹿笑いしながらも、どこか鬱屈を抱えた中年男たちの集まり。
「乾杯!」
焼き鳥の煙にむせながら、ぶつかり合うグラスの音。
楽しいはずのその時間に、俺たちは気づかぬうちに取り返しのつかない火種を持ち込んでいた。
——すべては、あの夜から始まった。
ただの飲み会のはずだった。
けれど、そこで交わされた言葉が俺たちの人生を狂わせていく。
今、こうして追われる俺の姿は、その夜に芽生えた“悪ふざけ”の結末だったのだ。
逃げながら、俺はあの居酒屋のざわめきと煙の匂いを、なぜか鮮明に思い出していた。