偽りの結束
週末の居酒屋。いつもの個室に五人が腰を下ろしていた。
Cは真剣な眼差しでグラスを置き、口を開いた。
「……整理しよう。俺たちの目的は銀行強盗じゃない。そもそもは、あのパワハラ上司に一泡吹かせることだ」
主人公は頷いた。確かにそうだ。調子に乗って強盗計画めいた話に膨らんでいたが、原点はただの復讐だった。
「でも、どうやって?」Aが軽口を叩く。
Cは迷いなく答えた。
「防犯訓練を利用する。俺と後輩で仕掛けを作る」
「仕掛け?」Bが眉をひそめる。
「訓練中、犯人役と人質役が想定以上に暴れる。俺が抑えに入るが手に負えない。そこで上司にも助けを求めて巻き込む。もみくちゃになった混乱の中で、俺や後輩が偶然を装って一発ずつ入れる」
場が静まった。
「お、おいおい……それ、バレたら一発アウトだぞ」Bの声は硬い。
Cは淡々と続けた。
「いや、これは伏線がある。俺はすでに“リアリティを持たせた方がいい”と支店長に打診している。だから訓練が荒っぽくなっても“リアルすぎただけ”で済む」
Dが腕を組み、にやりと笑った。
「なるほどな。支店長も本部に報告なんかしたくねえはずだ。支店内での暴行事件だなんて、自分の首を絞めるだけだからな」
Cは頷いた。
「そうだ。支店長は絶対に隠す。だから上司も泣き寝入りするしかない」
Aが笑い声を上げる。
「おもしれえ! どうせなら俺らも混ざりたいくらいだ」
「バカを言うな」Bが制した。「余計な人間が関わればリスクが増えるだけだ」
Cは冷静に言った。
「実行するのは俺と後輩。十分だ。お前らは外で待っていてくれればいい」
主人公はグラスを持ち直した。冗談半分の悪ふざけが、ここまで具体的な話になるとは思っていなかった。
「いいか」Cが最後に言った。
「俺たちの目的は一つ。上司に報いを与えることだ。遊びじゃない」
静まり返った個室に、乾いたグラスの音が響いた。
それは乾杯ではなく、決意の合図だった。
——だが、その沈黙の裏で。
主人公は視線を落とし、グラスの底をじっと見つめていた。
胸の奥で別の考えが芽生えていた。この計画は上司への仕返しだけで終わる必要はないのではないか、と。
そしてDもまた、煙草を指先で弄びながら口元に笑みを浮かべた。
脳裏には妹の姿が脳裏にちらつく。DVに苦しむ彼女の現実。
“この計画を使えば……あの男にも報いを与えられる”
誰も口には出さなかったが、それぞれの胸には別の炎が灯っていた。
表向きは一枚岩に見えるその場に、静かにひび割れが走っていた。




