一枚岩の陰
週末、再び居酒屋の個室に集まった。
テーブルには既に空いたジョッキが並び、煙草の煙が薄く漂っている。
Cは深く息を吸い、仲間たちを見渡した。
「……整理しよう」
その声に、全員の手が止まった。
「俺たちの目的は銀行強盗じゃない。最初からそうだろう。目的はあのパワハラ上司に報いを与えることだ」
主人公は頷いた。確かにその通りだった。ふざけ半分に話が膨らんでいったが、原点はただの“仕返し”だ。
「でも、どうやって?」Aが笑みを浮かべつつ問いかける。
Cは迷いなく答えた。
「防犯訓練を利用する。俺と後輩が仕掛けを作る」
「仕掛け?」Bが怪訝な顔をする。
「訓練中に、犯人役と人質役が想定以上に暴れる。俺が止めに入るが、手に負えない。そこで上司にも声をかけ、巻き込む。もみくちゃになる中で、俺や後輩が偶然を装って一発ずつ入れる」
場が静まり返った。
氷が溶けて水になったグラスを、誰も手に取らなかった。
「……バレたら一発アウトだぞ」Bの声は硬い。
Cは静かに首を振る。
「伏線は作ってある。“リアリティが必要だ”と支店長に打診済みだ。だから訓練が多少荒っぽくても“熱が入りすぎただけ”で片付く」
Dが低く笑った。
「なるほどな。支店長は本部に恥を報告したがらねえ。なら、黙殺するしかねえだろう」
「そうだ。だから上司も泣き寝入りするしかない」Cは言い切った。
Aがジョッキを掲げ、楽しげに言った。
「おもしれえ! どうせなら俺らも混ざりたいくらいだ」
「やめろ」Bがすぐ制した。
「余計な人数が増えればリスクも増える」
Cは仲間を見渡し、結論を口にした。
「実行は俺と後輩で十分だ。お前らは外で待っててくれればいい」
主人公は胸の奥でざわめきを感じていた。冗談の延長が、いよいよ現実になろうとしている。
——これはもう、後戻りできない。
「いいか」Cが最後に告げる。
「俺たちの目的は一つ。上司に報いを与えることだ。遊びじゃない」
個室の空気は張り詰めていた。
その緊張を破ったのは、乾いたグラスの音だった。乾杯ではなく、決意の合図。
——だが、その沈黙の裏で。
主人公は視線を落とし、グラスの底を見つめていた。
“この計画は、もっと別のことに使えるんじゃないか”
胸の奥に芽生えたその考えを、誰にも悟られぬように飲み込んだ。
Dは煙草を指で転がしながら、口元に笑みを浮かべていた。
脳裏には妹の姿がよぎる。DVに苦しむ彼女の現実。
“この計画を使えば……あの男にも報いを与えられる”
誰も口には出さなかったが、それぞれの胸には別の炎が灯っていた。
表向きは一枚岩に見えるその場に、静かにひび割れが走っていた。




