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水の渕(ふち)、澱みの町

作者: テクニカル北精

水の(ふち)、人の(よど)

1.






そいつの身体は血ではなく水が通ってるんだって。


そんな話を聞いたのはいつだったか。

夏の盛りで、ランドセルを背負っている時に聞いたのは覚えている。夏休み中の出校日の出来事だったはずだ。


路上の小石を蹴飛ばしながら、両側に田んぼとビニールハウスのある細い田舎道を歩いている時、友人が言ったのだった。


「中が水だからブヨブヨなんだ。それで追いかけてくる。」


だから何なのだ。大人になってから聞くとそう言いたくなる類の話だが、田舎に住む小学生の時分である。少しでも非日常的な話が舞い込むと、どうしても好奇心が湧いてきてしまう。


「何それ。どこで出るの?」


「鉄板の方で出るんだって。」


鉄板というのは河川にある頭首工のことである。

小型のダムのような鉄の仕切りが橋の下に並んでおり、そこで水位を調整したり、別の水路へと水を引き込んでいくものだ。

しかし頭首工などという名前を知らない子供達はそこを鉄板と呼び、鉄板といえばその場所を指すのが当たり前となっていた。


「いつでるの?」


「さあ。夜は変なおじさんが出るかもしれないから、夜明けとか朝かなあ。」


変なおじさんというのは、今でいう不審者の事であった。マイルドな表現というか、ある意味では差別的とも言うべきか。

田舎では怪しい人物は食いつめ者の中高年男性であるという認識が多かったため、変なおじさんという表現に落ち着いていたのだろう。


ひょっとすると、子供達が危ないところに行かないようにするための方便でもあったかもしれない。となると、もっと昔はあの辺りで幽霊や妖怪の類が現れるという噂があったりしたのだろうか。


「へー、じゃあ明日の朝に行ってみる?」


「行く?6時ぐらいに行くかぁ。」


家は近所なので、家から出て30秒も歩けばお互いの姿が見えてくる。

明日の6時ちょうどに落ち合う約束をして家に帰った。


「ただいまぁ。」


家は縦に長く、それなりに大きな声を出さないと居間には届かない。出したところで、居間にいる曽祖母には聞こえていないことが多い。

家の一番奥にある自室へと行き、ランドセルを放り出す。


「明日、鉄板に行ってくるわ。」


部屋にいた弟に話しかける。

自室といっても兄弟二人で使う部屋であり、名称も勉強部屋と呼ばれていたそこでは、弟がテレビゲームをしている。


「鉄板ってどこだっけ?」


「あっちの山の方。線路の向こうに川があるじゃん。その先に、橋の所にあるダムみたいな鉄板あるじゃん。」


「あ、分かった。ユキちゃんと行ったところかぁ。」


ユキちゃん。当時、弟を含めて三人でよく遊んでいた同級生で、一緒に駄菓子を買っては冒険と称し、鉄板の近くにある山の中に入り込んだり、線路のある鉄橋を渡ったりしていた。

他の同級生と比べて幾分か背が高かったため大人びて見え、冒険の時にはリーダーとして振る舞っていたのを覚えている。

彼は突然転校してしまったので、別れの挨拶も何もしなかった。いつも通りに遊んで別れ、それきり。理由はわからないままだ。


ある日の昼下がり、自転車を漕いでユキちゃんの家まで遊びに行った時、もうその家には誰もいなかった。

人の気配が無い家というのは不思議なもので、昨日まではただの家としか感じでいなかったはずなのに、まるでその家が死んでしまったかのように静まり返っていたのを覚えている。


ユキちゃんの家には呼び鈴はなく、いつも家のドアを開け、名前を呼ぶのが通例だった。

妙に静まり返った家のドアを開け、ユキちゃんの名前を呼ぶ。

明かりの一つもついていない薄暗い部屋からはもちろん返答はない。

この家は死んでいる。直感的にそう思った。


何やら少し恐ろしくなり、家から飛び出して自転車で帰ったのを覚えている。弟もいた気がするが、どうだったろうか。

その日以来、あの家には近づいていない。


ただ、ユキちゃんが引っ越したということだけは家族から聞いた。

学校でもそういった連絡があったような気もするが、それは随分経ってからだった気がする。


「そうそう、あの橋のところ。朝だけど行く?6時頃。」


「6時だと針山あいてないねぇ。」


針山(はりやま)というのは、自転車で出かける時には必ず立ち寄るような、近所の小学生達の憩いの駄菓子屋だ。


「じゃあ今から明日のおやつ買いに行く?お小遣いまだ残ってる?」


「うん、ある。」


早速、弟と一緒に針山へと向かう。

友人も誘えば良かったと思ったが、明日おやつを分け合えばいい。


針山に着くと、本気の買い物が始まった。二人で分け合うのだからバランスよく、そしてなるべく安価にしなくてはならない。


ゴミが厄介だからガムは買わない。

カレーせんべいと麩菓子(ふがし)は安くて大きいから買う。

カレーせんべいはひとつ買うごとにくじ引きができるので、運が良ければ2枚もらえる。だから1枚ずつ買う。

あれこれ計算しながら、少ない金額でなるべく袋を満たしていく。30分以上かけて吟味して、最小金額で最大の満足感が得られるだろうおやつセットが完成する。


おそらく、そのうちのいくらかは今日のうちに食べてしまうだろう。

それで明日の分が少なくなっても、朝の冒険が終わってから針山に行くか、家に帰ってお菓子を食べれば良い。


期待に胸を膨らませて帰宅して翌日に備える。おやつは三分の一ほど食べてしまったが、むしろそれで済んでたのが奇跡かもしれない。夕食を済ませ、風呂に入り、いつもよりほんの少しだけ早めに床につく。


翌朝。6時頃に家を出た。

自転車を漕ぎ始めて10秒も経つと、先の曲がり角から友人が顔を出した。ほぼ同時に家を出たようだ。


「おはよ。おー、お前も行くのか。」


そう言って弟に話しかける。


「うん、おやつも買ってきた。」


「めっちゃいいじゃん、オレも買っとけば良かった。」


悔しがる友人に、自転車に入った袋入りのお菓子を見せる。


「二人分買っといたよ。ちょい少ないけど。」


「ナイス!」


そんな話をしながら鉄板へと向かう。

夏の朝6時は当然のごとく明るい。水人間は出るのだろうか。


10分もかからずに鉄板へとたどり着く。

鉄板周りの河原には河川敷があり、コンクリートで舗装されている。水際のあたりに腰掛け、おやつを広げる。


「ちょっと遅かったかなぁ。めっちゃ人いるし。」


友人がぼやく。

田舎の朝なので、めっちゃと言ってもせいぜい五人か六人ほどしかいない。しかし、夜八時以降には駅前ですら人っ子一人も出歩かない田舎において、特別なイベントもない早朝に五〜六人というのは大層な数であるともあえるかもしれない。


その後、ライギョがいるとかいう辺りを見たり、何とか連合とかいうスプレー書きされた、なんだかわからない構造物の辺りを冒険したが、特に成果は得られなかった。

日は高くなってきており、暑い。

水人間というからには、この暑さで鉄板あたりをうろついたりでもしたら干からびたミミズのようになってしまうのではないだろうか。


「やっぱり遅すぎたかなあ。」


友人の呟きに、そうかもと同意する。そもそもこういった類のものは夜に出ると相場が決まっている。


「ウシミツドキとかじゃないと駄目かなぁ。」


丑三つ時。午前二時過ぎ。

草木も眠る時間と言われ、超常現象といえばこの時間だと、当時の相場は決まっていた。


「さすがに夜中は外出れんなぁ。」


そう答えつつ、弟にウシミツドキの説明をする。友人も、だよねと言って口を尖らせている。


「ウシミツドキは無理だけど、夜明けぐらいに来てみる?」


「夜明けかぁ。ギリ暗い時間ならいいね。そうしよ。」


友人が嬉々として答える。

しかし弟は不安そうに口を挟む。


「変なおじさんとか出るかなぁ。」


それを聞き、友人が声を張る。


「変なおじさんは夕方でしょ。暗くても朝なら大丈夫。」


根拠はまるで無かったが、子供達の世界のルールでは、変なおじさんが出るのは夕方だった。

早くても午後三時あたり、学校が終わる時間辺りから出没しないと変なおじさんという現象とは認識されない。


口裂け女や人面犬のような怪異と、誘拐犯のような犯罪者がミックスされた存在。

知らない人にはついて行ってはいけないという話が生み出した、実際には存在しない虚像。変なおじさん。


「じゃあ大丈夫だね。そしたら夜明けに行こう。」


弟は友人の展開する子供ルールに納得し、明け方の鉄板行きに乗り気となった。

とはいえ毎日だと親に怒られるので、1日空けてから行くことにする。


翌々日に遊ぶ約束をして、お昼頃に友人と分かれた。

その日の午後からは弟とテレビゲームをし、次の日も針山でおやつを買った以外には特に何をするでもなく怠惰に過ごしていたが、夕方に家族からとんでもない悲報を聞くこととなる。


「明け方に遊びに行くって、アンタ明日は大雨だよ。台風並み。」


味噌汁をすすりながら母が言う。

それを聞いた祖父も反応する。


「明日の朝はアカンぜぇ?ほれ、天気予報で台風並みっていうから雨戸も閉めてある。」


そう言って横のガラス戸の方を指す。

暗いと思ったら、窓の向こう側は夜の中庭ではなく、雨戸しか見えない。

祖母も賛同する。


「アンタら飛ばされちゃうよ。どこ行くだん?」


鉄板と答えると、家族は猛反対する。

母が麦茶をコップに注ぎながら、こちらへ向かって言う。


「アンタ今のうちに電話して、明日は中止って言っときな。大雨の後は川の水も急に増えたりするから来週ぐらいにしといた方が良いて。」


そう言われ、渋々電話する。

友人は残念そうにしていた。むしろ大雨なら水人間も出てきそうじゃん、とも言っていた。

しかし台風並みともなると、そうも言ってられないことは理解したようだ。テレビではすでに大雨、土砂災害注意報が出ている地域があるみたいで、じきにこの辺りも注意報の圏内に入る。夜遅くには、所によっては暴風警報も発令されるそうだ。


電話を切ると、少しガッカリした気分になった。明日の朝から出かけるために、昨日の昼から散々怠惰に過ごしたからだ。体力が有り余っている。

こんなことなら昨日は目いっぱい遊んでおけば良かった。筋肉痛になるぐらい遊べば、二日や三日はテレビゲームで満足なのに。


食卓に戻り、ぬるくなった冷やし中華を頬張る。

なんで冷やし中華に味噌汁なんだろうか。他所(よそ)の家でもこの組み合わせで食べるのだろうか。

苦手なキュウリは抜いてもらっているものの、キュウリの匂い自体は部屋に充満している。他のお皿にはキュウリが並々に入っているからだ。


この青臭い匂いが苦手なのに。

冷やし中華を一気にかき込んで、味噌汁を飲み干す。


「ごちそうさま〜」


「アンタ宿題しりんよ。いっつも31日になると泣きながら手伝ってって言っとるだで。」


母がそういうと、祖父と祖母が笑う。

弟はというと、自分へ矛先が向かわないようにするためか、空気のようにおとなしく冷やし中華をすすっている。


コイツもやってないよと弟を指差し、母の雷の避雷針がわりにした。


その夜は屋根に叩きつける激しい雨音により、なかなか眠れなかった。

恐怖心ではなく、いつもとは違う非日常的な感覚に胸が躍っていたんだろう。

子供の頃、台風といえば、学校が休みになるかどうかのワクワク感の方が勝っていた。それが夏休み中に起こるのは予想外の出来事で、休みと休みがぶつかるとどうなってしまうのかといったような、意味のわからない高揚感をもたらしていた。


翌朝、雨戸を開ける音で目が覚める。

金属製の雨戸を勢いよく開けた後の、パシンという音が響き渡っている。

時計を見ると7時前。夏休みなのにいつもの時間に起こされて、世の不条理のようなものを感じつつ、小便をしにトイレへと向かう。

トイレの前から見える中には、家に生えているはずのないネギみたいに長い草とか、発泡スチロールの蓋とかが転がっている。おそらく家の外もそんな感じだろう。


「えらい風だったなぁ。雨の音あったけど寝れたかん?」


祖父が順番に雨戸を開けながら話しかけてくる。寝れたよとだけ答えてトイレに入る。

ついでに大きい方もしようと便座に座ると、ひやっとした。

どうやら雨漏りによって便座が濡れていたらしく、尻がびしょ濡れになる。


天井を見ると、水で出来た染みが出来ている。見上げた瞬間に合わせたかのように目の当たりに水滴が落ちる。


「うわ、最悪」


トイレを出て、祖父に雨漏りを伝える。

そのまま勉強部屋に行くと、既に起きていた弟がマンガ雑誌を読んでいる。


「おまえ宿題やった?」


「まだ」


「鉄板いってみる?」


「行く!」


弟は、その一言を待っていたと言わんばかりに顔を上げた。

水に濡れ、増水した鉄板。この非日常感はめったに味わえるものではない。台風並みとか言いつつも、ちょっとした雨漏りがあったぐらいだし、そこまで大したものではないだろう。


そう思い込んでいたため、早速出かける準備をする。

鉄板へ行くことを家族に知られると止められるのは明白なので、友人宅へ行くと言って外へ出た。


空はどんよりとした雲に覆われているが、雨が降り出しそうな雰囲気はない。台風並みではなく台風そのものであったなら晴れていたのかもしれない。やはりその程度の風雨であったのだろう。そのように甘く見積もって自転車を走らせる。


先日よりも遅い時間ではあるものの、昨日の天気の影響か、外を出歩いている人はほとんどいない。

いるとしても、家の外に飛来したゴミを片付ける人だとか、雨戸を開ける人だとか、そんな人達ばかりであった。

湿気(しけ)った地面を走らせ、水溜りを避け、砂利道の坂を上って河川敷へとたどり着く。


「おー」


弟が川を見て、なんとか声を漏らした。

土色の濁流のような流れが、鉄板のプレートへ覆いかぶさるように押し寄せ、下流へと流れている。水位も音も迫力も、いつもとは段違い。同じ川だとも思えない光景だ。


当然ながら、散歩をしている人など誰もいない。


土手を降りて河川敷の辺りまで行く。

川を見ると、どこから流れてくるのか幹ほどもある大きな木の枝が、葉っぱを茂らせたままコンクリート製の川底に川に引っかかっている。


流れてくるの水草の塊に(まぎ)れて、お馴染みの発泡スチロールも水面を漂っている。

どこにでもあるな、あれ。そう思いながら見送っていると、発泡スチロールが土嚢のようなものに引っかかって方向転換する。

さっきの木の枝といい、あんなに重そうなものがどうやって流れてくると言うのか。


そう思いながら見ていると、どうやら土嚢ではないようだ。ビニール製ではなく布で出来ている。


「あのデカいの何。」


そう言って指を差し、弟に伝えながら近づいていく。


布に見えたのは服だった。

白いTシャツを着た人が、うつ伏せに浮いている。土嚢に見えたのは、濁流に飲まれて死んだ人の背中で、よく見ると濁流と同じ色を下腕が、水の勢いに合わせて見え隠れしている。


「死体だ。」


その一言。これだけを喋ることしかできない。

視線を外すという発想すら出て来なかった。

弟には見せないようにするといった気配りが出来ようはずもない。


茫然としていると、先ほど見た大振りの、幹ほどもある木の枝が引っかかっていた場所から外れ、死体の方へと流れていって衝突する。その勢いによって死体は(ひるがえ)り、上を向く。


中空を焦点の合わぬ目で見つめる土気色の顔は、昨日電話した友人のものであった。


そこからはあまり覚えていないが、必死に木の枝か何かで友人の遺体を引き寄せようとしたり、急いで家の近くまで戻った時、先に伝えるのは自分の家族か友人の家族が先かで迷い、動転していた記憶がある。

どちらへ先に伝えたかは忘れてしまったし、その後の事も(おぼろ)げにしか覚えていない。


ひょっとしたら友人の両親との間に(いさか)いもあったのかもしれないが、それもわからない。

かなり曖昧な気持ちになってしまい、茫然自失状態であった事は、後々(のちのち)親に聞いた。この時期の夏休みのことは、以降は記憶にない。


気がつくと夏休みは終わっていて、9月になっていた。宿題に困った覚えもないので、おそらく夏休み期間は宿題をやっていたんだと思う。

2学期になり、同じクラスだった友人の席は無くなっていた。よく花瓶が置いてある描写を見ることがあるが、そういうのは無かった気がする。

出校日に全校集会があり、そこで説明されたのだろうか。同級生達はその状態を自然に受け入れているようだった。


残酷ながらも、一週間もした頃には他の友達と話したりすることで、かなり今までの日常に近い生活を送るようになっていた。

ただ、通学路にある友人宅の前だけはどうしても通れず、家族が学校に相談してルートを変えさせてもらっていた。


9月の中旬。

この時期は台風が多いため、多分に漏れず台風が発生していた。二つだか三つだかの台風が太平洋上にあって、それらのうちいくらかが勢力を拡大して列島を直撃するのだという。

夕食時に見た天気予報であったが、この話題については家族の誰も反応しなかった。子供のフラッシュバックを恐れての事だろう。黙殺することで、誰もが平静を装っていた。


「鉄板」


弟がそう呟いた時、母が小さく「こら、やめな」と叱った。

弟は黙り込んだが、それは叱られたからではなく、天気予報に釘付けになっていたからのように見えた。

テレビ画面の光が、弟の顔を青白く染め、瞳に反射していたのを覚えている。


「おいしょっと」


そう言って祖父は立ち上がると「雨戸を閉めとかんと」と言っても窓を開ける。


「食べてからにすればいいのにねぇ」


祖母がうんざりといった表情で言う。

祖父は思い立ったらすぐに動いてしまう人で、夕食が出来た瞬間にどこかへ言ってしまうような事も多い。

いつも通りの日常。ではあるものの、友人が亡くなって以来、初めての大雨となる。

そうした実感は、食卓に暗い影を落としていた。


夜になると、徐々に雨音が激しくなってきた。屋根や雨戸がバラバラと鳴り、風が唸りを上げ、鈍器を振り回した時のような音をさせている。

古い家なので、強く風が吹くとわずかに(きし)んだ音がする。


おそらく真夜中。大きな声で目が覚めた。

ドタバタという足音が、家内に響き渡る。

祖父と母の声が聞こえてくる。

あまりに尋常ではない様子に、少し怖くなって声のする方へと行くことにした。


トイレ。

入り口あたりで祖父と母が騒いでいる。


「何やってるの!ねぇ!」


母が叫んでいる。

恐る恐る、中を覗き込んでみると、弟が便座に腰掛けている。

しかしその体はずぶ濡れで、ややうつむいた顔からは半開きの目が力無く目の前を眺めていた。焦点の合ってないような目だ。


「おーい!聞こえとるかん?おーい!……駄目だ意識がないぞ。」


祖父は大声を出しながら弟を揺すり起こそうとするが、これにも反応を見せない。その間にも弟の体はどんどん汚れていく。

汚れ?そう、天井からの雨漏りである。濡れた天井から、汚れた水滴がシャワーのように降り注ぎ、弟を泥水で染め上げていた。


「一旦出すぞ。病院行こう。」


そう言って祖父が弟を引っ張り出す。


「病院って、この台風で行けるの?」


「救急車でもいいけどこっちから行った方が早い。」


祖父と母が問答を始めたと思えば、トイレから出された弟が嘔吐した。


「いかん!とにかく連れてこう!無理そうだったら救急車呼べばいい!行こう!」


そう言って玄関へと向かう。

母がこちらを向き伝言を残す。


「悪いけどアンタ留守番しといて!朝になってもわたし達が帰って来なかったらおばあちゃん達に教えてあげて!行ってくるね!」


祖母と曽祖母は耳が悪く、補聴器がないと会話も難しい。物理的な起こしかたをしない限り、どのような騒ぎでも起きてくる事はない。

分かったと短く返事をし、玄関まで見送ることにした。


外では風が吹き荒れているものの、車がどうにかなるような感じではなさそうだった。看板などが飛んでこない限りは大丈夫だろう。

大騒ぎしているので近所の人が起きて来ないかと思ったが、この暴風雨ではそのような心配も必要ないようだった。

一人だけ、向こうの角から外を見ている人物がいただけだ。


「じゃあ行ってくるね。頼むよ。」


母は後部座席の窓を開け、弟の肩を抱きながらそう言った。何を頼まれたのかもわからないが、今は全員の気が動転している。

わかったから早くと伝え、手を振って見送った。車は勢いよく発進し、四つ角を右に曲がっていった。


車が去ると、周囲は雨と風の音だけとなった。弱々しい街灯が点々としている、田舎の街角の風景のみが残される。

急に静かになったため寂しい気持ちになり、家へと入ろうと入り口の引き戸に手をかける。

しかし妙に先ほどの人影が気になったので、家族の車が曲がっていった角の方を見て目を凝らした。


するとそこには、相変わらず人影が立っていた。街灯に照らされた人影は、こちらを向いているように見える。


いや、実際に見ている。

何故なら、今、手を振ったから。


何か不安定な動きで手を振るそれは、間違いなくこちらを見ている。

だって、後ろを向いても、ほら、いま外へ出ているのは自分だけしかいないのだから。


ゆっくりと手を振っている。その腕はまるで棒のようで、肘を曲げずに揺れている。


それが友人であることに気がつくのには、しばらく時間がかかった。

身体は大きく膨れ上がり、姿形ははっきりとしない。だが、幼馴染としてはっきりとわかるぐらい、その雰囲気は友人のものだったのである。


家の中で電話が鳴り始めた。

その瞬間、全身から鳥肌が立つ。友人がいるはずはないのだ。

家の中へと移した視線を戻し、怖々と外を見る。そこには友人らしき人影の姿はない。

恐ろしくなり、すぐに家に入って戸締りをした。そしてそのまま電話の置いてある居間へと向かい、今の電気を点けて受話器を取る。


「もしもし」


電話に出る。サーッというノイズのような音しか聞こえない。


「もしもし、もしもし?」


声を掛けるものの、やはりノイズが聞こえる。

たまにガチャガチャというかゴロゴロというか、妙な音が甲高く聞こえる。


「ごめんなさい。電話がおかしいから一回切ります。もし聞こえてたらかけ直して下さい。」


そう言って受話器を置く。

家族だろうか。でもそれにしては早い気もする。となると、途中で何かあって公衆電話から掛けているのだろうか。


そんな事を考えていると再び電話が鳴る。

急いで受話器を上げ、返事をする。


「もしもし」


「ごめんなさい。電話がおかしいから一回切ります。もし聞こえてたらかけ直して下さい。」


「え?」


「ごめんなさい。電話がおかしいから一回切ります。もし聞こえてたらかけ直して下さい。」


心臓の鼓動が胸を強く打つ。

これは、さっき電話に出た時に言った言葉だ。


「……いたずらですか?」


「ごめんなさい。電話がおかしいから一回切ります。もしもしもしもしもし聞こえてたらかけ直して下さい。もしもしもしもしもしもしいたずらですか」


悲鳴を上げそうになった瞬間、轟音と共に部屋が真っ暗になる。停電。落雷なのか電柱でも倒れたのか。

このタイミングで、よりにもよって停電というのは最悪だ。祖母か曽祖母を起こせば良かったと心底後悔をする。


停電について、ブレーカーの操作という発想すらなかったため絶望していると、部屋の外から足音が聞こえてきた。


ギシ……ギシ……


暴風雨の中で、いやにはっきりと足音が聞こえる。居間の入り口は引き戸で、中央あたりはすりガラスのようなものがあるので、そこを人影が歩いてくるのが見える。


と、そこで再び電話が鳴り始める。

繋がっていないはずの電話は、よく考えたら受話器すら外れたままであった。停電の時に手から滑り落ちたまま、宙にぶらさがっている。


「もしもしごめんなさいでんわがおかしいからいっかいきりますもしきこえてたらかけなおしてくださいいたずらですかもしもし」


受話器からは声が聞こえてくる。

すりガラス部分を抜けて人影が居間へと姿を現す。

もはや息を潜めてかがみ込むことしかできない。下を向き、恐怖を直視しないように地面を見つめる。


ピンッ

ピピンッ


そんな音がして、目の前が明るくなる。

蛍光灯に光が灯った。


顔を上げると、そこには曽祖母がいる。


「びっ……くりしたぁ」


肩の力が抜け、その場に尻餅をつく。

安堵からか、腰も抜けてしまった。助かった。本当に助かった。


「ほいだで行っちゃかんって言っただら」


柔和そうな顔をした曽祖母は、それだけ言うと口から大量の泥水を吹き出して倒れ込んだ。


「ぼいだれびっちゃいらんっれりっららら」


ゴボゴボと泥水を吐きながら、なおも曽祖母が喋っている。

テレビの電源が勝手に入る。そこには暴風警報のニュースが映し出されている。


「ただいまニュース入いました。きんきうニースでう。はいっただいま。もしもし。ごめんなさいただいま。」


ニュースキャスターが支離滅裂な事を話している。よく見れば画面も歪んでいる。

何が起きているのかわからない。なんとか立ち上がりたいが腰が抜けたままで力が入らない。


再び電話が鳴る。

受話器は相変わらず外れたままだが、勝手に鳴り、勝手に繋がって喋りだす。


「中が水だからブヨブヨなんだ。それで追いかけてくる。」


これは友人と話した、水人間の話だ。声も友人のものだった。


「なかがみずだからぶよぶよなんだそれでおいかけてくる」


テレビも同調して喋り出す。

天井からはいつのまにか水が染み出してきている。鉄板の濁流と同じ色の、泥水だ。

下からは曽祖母の吐いた泥水が、上からは天井から(したた)る泥水が、どんどんと水位を増して部屋を埋めていく。

なんとか逃げ出したいが、手も足も、まるで金縛りになったかのように動かせない。


水は勢いを増し、腹から胸へ、胸から喉へ、そしていよいよ鼻の上にまで上がって来る。

息が出来ない。恐怖のせいか、一分も我慢出来ずに息を吐き出して水を飲み込んでしまう。

肺に水が入ったせいで()せて咳き込むが、咳き込んで排出した以上に、肺の収縮によって水を吸い込んでしまう。

肺は大きく脈動するものの、完全に水没してしまい、もはや何も出せてなくなる。水の中に沈み、心臓と同じようなリズムで動いているだけになっている。


もう、この状態では水から上げられても呼吸は出来ないだろう。

はっきりとそれがわかるほど、肺は水で満たされてしまった。


もはや意識は泥水の底へと沈み込んでいき、(まぶた)もまた、下へと……。
































2.



夏の盛りの田舎風景の中、友人と二人でぼんやりと歩いている。


背中にはランドセル。

中には定規やリコーダーなんかが入っていて、歩くたびにガチャガチャと揺れている。


「水人間って知ってる?」


そいつの身体は血ではなく水が通ってるんだって。


路上の小石を蹴飛ばしながら、両側に田んぼとビニールハウスのある細い田舎道を歩いている時、友人が言ったのだった。


「中が水だからブヨブヨなんだ。それで追いかけてくる。」


妙な違和感がある。


「何それ。」


「鉄板の方で出るんだって。」


鉄板。そういえば学校で、もうすぐ大雨が降るから夏休み中はあまり近づくなとか言われたっけ。


「あそこそんなの出るの?」


「らしいよ。夜は変なおじさんが出るかもしれないから、夜明けとか朝なら出るのかなぁ。」


「もうすぐ台風来るし、お盆に水のあるところに行くとお化けに足引っ張られるらしいよ。水人間とかやばそう。」


「水人間ってそんな強いかや?」


「どうかなあ。」


たわいない噂話といった感じで会話を続ける。行きたくないので、なるべく会話の流れを変えていきたい。そう考えていたところ、友人が悪戯っぽく提案した。


「鉄板に見に行ってみん?」


「虫多いし、行くのはいいかなぁ。前行った時、アシナガバチとか結構いたもん。」


「ハチかあ、ハチはあぶないなぁ。」


先生も行くなって言ってたしね、と付け加える。

少しずつ、鉄板の話から遠ざかるように会話を誘導していく。何かがおかしい。


無難な会話を続けて歩いていると、別れ際に友人が呟く。


「オレちょっと水人間を探しに行って見ようかや?」


「アカンって。もし誰かに見つかったら、でれ怒られる。やめときんって。」


友人は納得していないようで、うーんとかどうしようとか言っている。

どうも良くない。好奇心が悪い方向へと飛び出しかけている。


「どうしてもっていうなら、もっと皆を連れていくとかした方がいいよ。」


一応提案したものの、お互いに皆と呼べるほどの沢山の友達はいない。

しかしめげずに提案を付け加える。


針山(はりやま)で誰かと会ったら、そいうらも誘えば来るかもよ。それで十人ぐらいになったら行ってもいいかも。」


「んー、そうかぁ。」


あまり手ごたえの無い返事だった。

嫌な予感がする。


「おまえ行く気だろ?」


「台風来る前ならいいかや?」


「今日か明日じゃん。駄目だって。」


「せっかくの夏休みなのになぁ。まぁまた行きたくなったら電話して。」


そう言って友人は帰っていく。

行く気だ。百人に聞いたら百人がそう答えるだろう。


家に帰って部屋にランドセルを置く。

何か嫌な予感がする。かといって親にまで相談するような内容だろうか。

変な騒ぎになると後で気まずくもなるし、一旦家族には黙っておこう。


「夏休み、何して過ごすの?」


夕食時にそんな事を聞かれたが「まずは宿題かな」と返す。

それを聞いた父母からは、感嘆の声が漏れる。


「凄いやん。毎年、夏休み最後の日になるとメソメソしてたのにねぇ。」


母が褒め、父が笑う。

祖父は身を乗り出してご機嫌そうに話しかけて来る。


「ほんならお盆までに宿題終わったら、じいちゃんからのお盆玉をいつもより多くしたげるわ」


お盆玉。お年玉のお盆版。

小遣いのほとんどが八百屋のアイスか針山に消えていく小学生にとって、お年玉とお盆玉は貴重な収入源だ。その使い道は主にゲームソフトである。


「絶対終わらせる」


そう宣言すると、夕食を済ませて自室へと戻った。

早速宿題に手をつけようと思い、宿題を机の上に広げる。分かるものからどんどんやっていって終わらせよう。そう意気込んでみたものの、日中の疲れと食後の眠気と大量の宿題により、2、3ページもしないうちに眠ってしまう。


気がつくと夜の1時半になっていた。

お風呂に起こされもしなかったのは、宿題を広げて寝ている子どもに対する配慮だったのだろうか。

あまり起きることのない時間に起きてしまい、少し焦る。こう言う時はお風呂に入るべきだろうか。


宿題用のノートのシワを伸ばしながら考える。もう眠くないけど夜中だ。風呂にも入りたくない。宿題を朝までやってたら、疲れて夕方まで寝てしまいそうだ。

明け方ぐらいまで起きて、それから3時間ぐらい寝るのが一番良い気がするが、そんな時間まで宿題ばかりするのも集中が続くか心配だ。


いや、心配はもう一つ。友人である。

あれは必ず鉄板に行くだろう。

全く言うことを聞く気がない目をしていた。絶対に行く。

そう思うと、なんだかムカムカしてきた。とんでもなく怖い目にでも遭ったらいい。


「あ」


思いついた。今から鉄板に行って、アイツを観察してみるか。ビビっていたりしたら、大声を出すか何かして脅かしてやろう。

そう思うと俄然(がぜん)楽しくなってきてしまい、鉄板へ行くなと言ったこともすっかり忘れてしまった。これでは友人と変わらない。


急いで身支度をし、家族に見つからないように外へ出た。自転車は家から出すときにうるさいので徒歩で行くことにする。そもそもそんなに遠く無い。歩いても十分とかからないだろう。

普段は広めの田んぼ道を通り抜けて鉄板付近から河原に上がるが、友人と出会さないように、かなり手前から河原へと上がる。

鉄橋のガード下をくぐり、最初の交差点のような道を西へと曲がり、そのまま川の方へと目指す。


そこはかなり昔、火葬場があったと聞いた事がある。柳の木が一本だけ立っている辺りがそうだ。

しかし本当に昔の話すぎて、さすがの小学生でもあまり怖くは無い。なんとなく息を止めて突っ切るが、本当にあまり怖くはない。耐え切れる程度の怖さだ。


火葬場跡を抜け、鉄板へと向かう。

あと5分もあれば着く。近づくにつれ、鉄板から流れる水の音が響く。夜の闇で見えないのに、音だけが響くのは不気味だった。

さっきの元火葬場よりも鉄板の方がよっぽど怖い。こんなところで友人を待つとは、自分でもどうかと思い始めた。


しかしその時、田んぼ道の方でキラキラと光るものがある。自転車のヘッドランプが、ハンドルを握る腕の揺れにより、明滅を繰り返しているように見えているんだろう。

友人が現れたなれば、恐怖心も吹き飛んでしまう。できれば先に行き、どこかに隠れて待機していたい。そう思い、少し速度を上げて歩く。


河川敷の砂利の上は思ったよりも足音が響く。いくらなんでも田んぼ道の自転車にまでは聞こえないとは思うが、慎重に進んでようやく鉄板へとたどり着いた。

あたりを見渡すと、意外と隠れる場所はない。仕方なく、鉄板から水辺を登り降りするためのハシゴに捕まり、水面ギリギリまで下がる。顔を覗かせていると見つかるかもしれない。


すぐ後ろでは、頭首工から流れ込む水が大きな音を立てている。

危なく無いだろうか。自分でも何をやっているのかわからないが、悪戯というものは、得てしてそういったものである。

この音量のな中で聴こえるかどうかほ定かでは無いが、友人の足音が聴こえるまで待つことにする。


幸いにも、足音ではなく自転車のステップを立てる音によって友人の到来が分かった。

かなり近くなので、わりと早いタイミングでここまで来るだろう。早く来い。

友人の足音が少しずつ近づいてくるのが聴こえる。


「わ!!」


大声で叫んだ。

まだ友人が最接近するまでは距離があったようだ。しかし思わず叫んでしまった。


というのも、急に川の水位が増したせいで下にあった左足が、膝の辺りまで水に濡れてしまったからだ。

友人も気がついたみたいで、登り降り用のハシゴの所まできて、こちらを覗き込む。


「ビビった?」


そう言って顔を上げると、そこには無表情な友人の顔があった。

やけに月明かりを反射した、ゼリーのような顔。水で出来た友人のような……。


「やっば!」


水人間じゃん。そう思い、焦って川へと降りようとする。水位が高くとも、この際しょうがない。バケモンよりは水のがいいし、水泳でも平泳ぎなら百メートルは泳げた。

急いで手を離し、足から着水しようとする。

しかし、狙ったようにはいかなかった。


足を掴んでいる水がある。


さっき水位が上昇したと思ったのは、水位ではなかった。下で水人間が待ち構え、足を掴んでいたのだ。

手を離し、足を掴んでいる水の腕を必死に殴りつける。水飛沫が飛び散るだけで、全く足が動かせない。水のくせに圧迫感があり、地面に着地すらできない。強力なジェットバスのような感覚だろうか。

そうこうしているうちに、奇妙に身体を捻り、友人の顔が眼前にまで伸びてきた。


「来てくれたのぉ?ユキちゃん」













3.




夏休みに鉄板で遊んではならない。

この辺りの小学生であれば、夏になれば教師からも親からも言われるだろう。行くとしたら保護者同伴か、日中で水には近寄らない事が最低条件となる。


その理由は非常にシンプルで、このような場所では水難事故のリスクが非常に高いからである。頭首工というのは、何故か子供たちにとってはアスレチック的な魅力を感じるらしい。故にである。


ただしこの場所、鉄板におけるイメージは、危険の回避というよりは忌避によるものである。今や親世代、ひょっとすると祖父母世代ですら記憶にあるかは定かではないが、ここは昔からあるいわくつきの場所であった。


少し前までは渕入水(ふちのいりみず)と呼ばれていた地名だが、古くは(いり)ではなく(ひと)の字で表記されていたと、地元の郷土資料に記載されている。また、その読みは本来は反転しており、文字を逆方向へと読むべきであった可能性も示唆している。

つまりは水人渕。読みはみずひと、もしくはすいじんであろうか。


ここは一種の祭祀場としても扱われていたようで、頭首工のすぐ横、東側にある山には若宮古墳がある。この若宮古墳は第三古墳まであるようだが、現在では特に発掘調査などは行われておらず、石碑が寂しく立っているだけである。私有地にも入り込んでいるので、足を踏み入れるのにも許可が要る。


さてこの若宮古墳だが、そもそも若宮とは何か?という点について説明しておきたい。


若宮。それは特定の個人を指す名前ではなく、皇子や皇女を表す時に使われる。

またその他に本宮、すなわち親から分社された宮という意味での若き宮、新宮であるといった解釈が一般的なものである。

しかしそこからもう一段外れると、非業の死を遂げた者の御霊を鎮めるための信仰にも関わっている。


つまり若宮古墳とは、非業の死を遂げた者たちに対する慰霊のための古墳であり、それが三基もあるということは、ここで何らかの出来事があったという証左になる。

水人渕、ここでは「すいじんふち」と表記することにするが、すぐ側にこれがある事からも、若宮古墳群と水人渕(すいじんふち)が無関係であるはずもなく、そこには必ず因果が存在する。


少しずつ時間を(さかのぼ)って説明していく。


まず前述の二つの怪談の類は、筆者が集めた情報を元に、若干のフェイクを含めて再構築したものである。

本来はもう少し多種多様なパターンがあったが、それを二つにまとめさせてもらった。大まかな流れは網羅しているし、可能な限り余計な装飾は外してある。


今回集めた話から推測される成立年代は、1970年代から1990年代あたりではないだろうか。

また、あえて話を二つに分けたのにも理由がある。この話には唯一の固有名詞として、ユキちゃんという人物の名前が入っている。二つの話の違いは、ユキちゃん視点で物語が進む点と、ユキちゃんとは別の視点で話が進む点である。

とはいえこれだけならば全てを一緒にしてしまっても良かったのだが、もうひとつの理由により、話を二つに分けざるを得なくなった。


現在、この文章を書いている現時点の話ではあるが、ユキちゃんの家は現存している。

誰も住んでいない家だが、表札には確かに幸※という名前があった。またそこから徒歩にて鉄板まで移動してみたところ、件の火葬場跡地や河川敷、そこから見える田んぼ道も見つかった。

残念ながら柳の木は見つからなかったが、この話の成立した当時、既に跡地とすら呼べないほど何も残っていなかったようであるし、柳の木も朽ちてしまったか抜かれてしまったかしたのだろう。


まだ、ユキちゃんではない方の話。そちらでも自転車や徒歩での距離について言及されているので、モデルとなった人物の家もある程度まで範囲を絞る事が出来た。

他の話とも照合したところ、駄菓子屋の針山(はりやま)を起点としてユキちゃんの家までを半径とした円の中。とだけ伝えておこう。

こちらについてはただの被害者である点と、現時点で既に家が存在していない事から今回の話では資料的な意味を持たないとして明記は避ける。

また、明記を避けたもう一つの理由として、このユキちゃんではない方の被害者の家は、別件にも絡んだ事象がある。こちらについては許可も必要であると思うので、プライベートでは残せないかもしれない。


自死率の件か、井戸の件。もしくは沼になるのだろうか。まだ完全に始末がついていない件であるから明確にはわからないが、今後その辺りに言及している話があれば、この家に関係する出来事だと思ってくれれば良い。


結局のところ、話を二つにした理由はユキちゃんという人物が実在したことと、もう一つのモデルがこの家だったという事である。

この家は、筆者にとっての縁が深い。今後も何か深掘りできる可能性もあるので、ここではしっかりと分けさせてもらったというのが正直なところである。

これにより話しが冗長になってしまった自覚もあるので申し訳ない。


さて、この辺りで話を戻そう。

次は水人渕(すいじんふち)と古墳の成立についてだ。


まずこの古墳自体の成立年代は4世紀の末から5世紀の初頭あたりらしく、大正2年ごろに行われた発掘調査において第一古墳から獣形鏡・甕・鉄剣・埴輪等が発掘されたらしい。らしいというのは、現在は散逸してしまい、写真すら残っていないからである。

また同資料では、第二古墳は何も埋葬しておらず、第三古墳からは多数の人骨が見つかったとも記載されている。

埋蔵物についての情報は一般的なものに過ぎないといえばそうかもしれないが、この事実のおかげで古墳自体の成立が1600年程前から存在するという事が明確となった。


それではこの頃に行われていた祭祀とはどのようなものであったのか。

4世紀頃といえば空白の4世紀として不明な点も多く、邪馬台国からヤマト王権への移り変わりがどのように行われたのかが目下研究されているが、5世紀となればヤマト王権の時代となる。

この時代をフォーカスしての古墳や歴史の詳細となれば大問題だが、今回は祭祀についての言及であるため問題ない。この頃にはまだ仏教も伝来していないため、祭祀といえばシャーマニズムであったのは間違いないのである。


では次に、この時代のシャーマニズムについて。どのような祭祀を執り行っていたのか。

幸いにも古墳から出土した品々は獣形鏡をはじめ、ごくごく一般的な埋蔵物であった。そのため行われた祭祀も当然ながら当時としては一般的なものであったのは想像に難くない。

とはいえあまりに広範囲の祭祀を網羅していては、時間と資料がいくらあっても足りないため、いくらか決め打ちさせていただく。ここでは水や川に関する祭祀と限定しよう。


古代では水にまつわる祭祀、とりわけ導水についての祭祀を行うのは権力者の仕事であった。その事は第一古墳から出土した埋葬品からも明らかである。

つまりこの水人渕(すいじんふち)における治水は、当時の首長とも呼べる権力者によって行われてきた公共事業ともいえる仕事、祭祀であった。


また、水にまつわる祭祀といえば人身御供(ひとみごくう)のような生贄(いけにえ)を使うものに焦点が行きがちだが、旱魃(かんばつ)の影響を受けづらい、古代から存在する河川においては必ずしもそうした行為が必要ではないのである。

今回の古墳についても、この淵の辺りを治めていた権力者が埋蔵されたのは出土した品からも明らかであるし、それは現代の視点からすると随分とクリーンな祭祀や治世をおこなっていたことに他ならないのではないだろうか。


ただしそれは、墓が三つも並んでいなければの話だが。


実はこの古墳、第一古墳以外からは埋葬品が出土していない。つまり、権力者の家族や子孫が別の古墳を作ったのではなく、ほぼ同じ時期に作られている。

いや、厳密に言えば第二、第三の古墳が先にあり、最後に第一古墳が作られているのだ。

その証拠として、大正二年の発掘調査において、第一古墳のやや下に、第二古墳があったことが挙げられる。つまり何者かの墓を作った後、最後に権力者の墓が建てられたのである。


ではこの権力者は、何の古墳を作ったのか?


重要なのは、古墳が三つある事だ。

ひとつは権力者で、残りの二つは埋葬品すらない古墳。

例えばこれが、治水工事や人身御供(にとみごくう)により命を失った者に対する慰霊碑的な役割の墓であったとしよう。しかしそれは二基も必要だろうか?

何らかの理由で分ける必要があった場合、何と何に分けるのか。


あまり勿体(もったい)ぶっても仕方がないので先に結論を言ってしまうと、人と神である。


水人渕(すいじんふち)で、権力者は人と神を殺した。人は生贄もいれば、治水における事故死などもあっただろう。それを神道風にいう御霊として祀っているのがひとつ。

もうひとつは、その祀るべき相手である神を討ち倒し、その祟り、神道風にいうところの荒御魂を封じるために祀っているのである。

権力者の墓である第一古墳が第二古墳を踏みつけているのは、そういう事だ。第二の古墳が神の墓だったのだ。

第一古墳から埋葬品、第三古墳からは人骨が出土したにも関わらず、第二古墳からは何も出土しないのは、こうした背景が存在したからであると筆者は考える。


神殺しについては、日本書紀に月夜見尊(ツクヨミノミコト)保食神(ウケモチノカミ)を殺すシーンがある。豊穣を司る神を殺す描写は世界中に存在するため、このようなパターンの神話をハイヌウェレ型神話とも言う。それほどありふれている。

ただしありふれているのは神が神を殺すシーンであり、死後はそこから植物や穀物などの、生命を繋ぐための物質が生まれ出でるところまでが定型である。


となれば、水人渕(すいじんふち)の神はなぜ殺されなくてはならなかったのか?


これもまたシンプルに考えれば、生命を繋ぐためではないだろうか。

仮に水人渕(すいじんふち)の神が生贄を欲する神だとして、それが住民を食い滅ぼすレベルのものであったらどうだろうか?

そうまで逼迫(ひっぱく)してきたら、権力者はどう動く?


現代に至るまで人が暮らしている場所と考えると、想像に難くないだろう。討ち倒され、彼の地から神は去ったのである。


その御霊は第二古墳へ封じられたものの、雨が強く降った時などには、古墳へと水が染み込むことがあっただろう。染み込んだ水は、神の御霊の残滓とともに山から染み出し、川から町へと流れていく。

おそらくその時に起きた様々な現象が、時には尾鰭(おひれ)をつけられ、時には事実そのままに伝えられてきたのだろうと思う。


最後になったが、この件に関しては話の内容の時系列から察するように、ユキちゃんの事件が起きてから、ユキちゃんではない例の家での事件が起きている。そしてこの件は、この一件以降はプツリと途切れている。


あの家に呑まれたのか、逆に呑み込んだのかはわからないが、神の残滓は残っていて、それは既に古墳の外へと出てしまったのである。











4.


その渕では昔から時々、奇妙な事が起きた。

迷い込んだ人が水になったとか。人の形をした水が現れたとか、水と人に関わる噂には事欠かなかった。


時代が降ると、そこは開発が行われた。

なんでもない川と、なんでもない小さな山だけを残すようになった。渕の名前も何度か変わり、今では似ても似つかぬ名前となった。


たまに不気味な出来事が起きたりはするものの、それは血気盛んな者の悪戯ともとられた。

数年に一度ぐらいの頻度で死体が出る事もあったが、水場に自殺はつきものでもあるとされ、近所の者はそこまで気にもとめない。


一度、何とか言う研究者だか学者だかのような者が来て、渕について調べていたという噂がある。


その時の成果というのも、地元の郷土誌に載せるとかそういう事はなかったので、公的な資料としては一切存在していない。

どうもその研究者だか学者だかいう者は、かなり突拍子も無い話を展開したようで、とてもじゃないが郷土資料に使用できるようなものではなかったとも聞く。

一説では、その時の内容は若干の虚偽を混ぜ、場所をわからなくした上でインターネットにて掲載されていたともいわれる。


ここまで聞くと、どうにも胡散臭い話ではあるが、これが全くの嘘八百かといわれると、そうとも言い切れないのが事実である。

何故ならその研究者だか学者が借りていた家は、私の親族が管理していた物件で、今も存在しているからだ。


彼は研究者や学者というには、あまりに若者らしい若者であった。最終的には失踪してしまい行方知らずだそうだが、家賃はきちんと振り込み済みであったし、部屋も綺麗なものだった。いくらか残置物はあったものの、それは大した量でなかったため、勝手ながら今も私が保存している。


そう、彼の残した資料の中に紛れていたのが今回の話である。

当時、彼の残した話からは年月も経過しており、今ではもう一本、新しい道路が出来ている。そのため、鉄板と呼ばれた頭首工付近では、当時では考えられないほど交通量が増えていたりもする。


また、彼が作家等の文筆業に関わる者であれば著作権といったものが発生するわけだが、そういった事もないらしい。

この残置物については彼の雇用主といえる方にも許可をとり、好きにして良いと伝えられている。また、親族が借家として物件を貸し出した際も、そうした話はしていたようだ。


彼については他にもいくらか知っている部分もあるが、職業としては準公務員といったところのようであった。国土交通省や、宮内庁とも関わりがあったと聞く。海外ともやり取りをしていたのか、そういった手紙の封筒も残っている。

私はその中から、この地域の近辺で起きた出来事、もしくはそれらをベースにしたと思われる創作物をまとめている。それらはある程度まとまったら、こうしてインターネット上へ上げていきたいと思う。

私はまだ、彼の残した文章をインターネット上で発見出来てはいないが、もし私が語る話と同じ内容のものが別の切り口で語られていた場合、それは彼の痕跡である可能性が高いと思っている。


もしどこかで見かけたら際は、ぜひ教えて欲しい。

ただおそらく、年代的にも、既にそれらのページは失われているか、運営会社が撤退しているのではないかと思うので、過度に期待はもっていない。


もうひとつ。

なぜ私が彼の痕跡を見つけたがっているかという事を説明しておく。


先に述べたように、彼の残した資料や創作物ひは、とある地域について言及されている者が多い。その中で、おそらく彼が最後に関わった出来事というのが、私とも無関係では無い事柄であった。

それが今もあの場所に家が残されている理由であり、私が資料を保管している理由でもある。


ここまででピンと来た方であるなら、もはや説明するまでもないかと思う。もしもこれを読んでいるのであれば、貴方がどなたでも良い。私が聞きたいことはひとつだけだ。


牛蒡の種をどうなさったか。それだけが知りたい。


手紙でも、電話でも構いません。どうなっていようと、覚悟は出来ております。

どうかご連絡いただけないでしょうか。


どうか、よろしくお願い致します。



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