閑話1:賢者、温泉に行く。
本編、あまりにシリアスでまともにギャグ閑話なんて書けないんですよ。
三柱――勇者・魔女・賢者。
彼らは、それぞれの権能を用いて三つの神具を生み出した。
勇者は「衡断の儀衡」。
魔女は「裁価の瞳」。
そして賢者は、生命体に極めて近い機構を持つ人形を定期的に創り、魂を移動することで実質の代替わりをしている。
その身体には「バグ」も「バッテリー」も存在しない。
あるのは、繊細で美しい器と、魂の重みだけ。
陶器のように白く、滑らかな肌。
銀の絹糸のような長髪に、整った顔立ち。
高身長に、気品すら漂う美貌。
――ただし、社畜である。
仕事に追われる日々の中で、銀髪は輝きを失い、
目の下には綺麗なクマ。
それすらも、肌が白すぎるがゆえに目立ってしまうという仕様。
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ある日、魔女ミーティアが様子を見に来たとき、
賢者セファルは机に突っ伏して書類と一体化していた。
「……セフ、あなたは温泉に行くべき。
一度リセットされてきなさい。あとドーナツあげる」
ティーセット片手にそう言い放ったミーティアに、
賢者は抵抗する力もなく、そっと頷いた。
「2日だけでいい。仕事は私がやっておくから」
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そして、セファルは温泉へ旅立った。
辿り着いたのは静かな山間の宿。
柔らかなお湯に包まれ、心身はゆるゆると解けていく。
山菜尽くしの膳、地元の銘菓、ふかふかの布団――
「……これが……生きるということ……」
そう呟いたその顔には、久々の血色とツヤが戻りつつあった。
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一方その頃、禁域では――
ミーティアが、紅茶とドーナツで優雅にお茶をしながら、背後から宇宙色の魔法の腕(触手ではない)を十数本召喚し、とんでもない速度で書類を片付けていた。
「この内容なら、無効ね。はい次。これは即通す。で、これは……炎上の予感がするわね、却下」
紙が空中を舞い、スタンプが魔法で押されていく音と、ペンを走らせる音、勇者カインのダンベルを持ち上げる声だけが響く。うるさい。
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2日後、帰還した賢者は、ほぼ空っぽになった書類棚を見てフリーズする。
その視線の先では、ミーティアが今日もドーナツを食べていた。
その背後にはまだうごめく宇宙色の腕たち――。
「………あの、やっぱり私……向いてないかも……」
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ちなみにカインはというと、
「いやぁ、ミーティアと仕事してる方が効率いいよな!最高!」
と言いながら横で筋トレしていた。
賢者はその光景を見ながら、温泉のパンフレットをぎゅっと握りしめた。