第8章 俺みたいなチビがあんなデカい女を…
"「あっ! それならいいんだ!」
「先に他のパーツを集めて、それが終わったら屋根裏部屋で使えそうな武器がないか探してみるよ」
「あのイカれた女執事め、俺を斬ろうとしやがって! 絶対ぶっ殺してやるからな!」
リ・パイは、もっともらしくデタラメを並べ立てる。
屋根裏部屋へ行け?
冗談じゃねぇ!
さっきの話で大体わかった。リ・パイは、屋根裏部屋がとんでもなくヤバい場所だってことをはっきりと理解していた。
この女幽霊、やっぱりロクな魂胆じゃねぇな。俺を屋根裏部屋に行かせようとそそのかすなんてよ。
行くわけねーだろ、バーカ!
どのみち、砕かれた美人の体のありかは分かったんだ。探すのはすぐだろう。
50%なら、たぶん1階に行かなくても達成できるはずだ。
「よかったわぁ~」
「あなたが私を復活させてくれたら、きっと、たーっぷりお礼してあげるから!」
女幽霊は氷のような声で、とんでもない誘い文句を口にする。
リ・パイは内心でせせら笑う。
(お前を復活させる?)
(探索度が溜まったら、ソッコーでとんずらだっつーの!)
(誰をハメようが好きにしやがれ。お前なんかに付き合ってる暇はねぇんだよ!)
その時、女幽霊がゆっくりとリ・パイの後ろから回り込み、正面に立った。
リ・パイはついに、間近で女幽霊の顔をはっきりと見てしまう。
四つの目が合った瞬間、リ・パイの心臓は無数の氷の錐で貫かれたような衝撃を受けた。
ヤバい!
ヤバすぎる!
蒼白く、暗赤色の血の筋が無数に走る顔。白目の部分が全く見えず、黒一色が眼窩全体を占めている両目。
青みがかった唇がわずかに開かれ、その口内はまるで深淵のようで、周囲の生気を少しずつ吸い取っていくかのようだ。
(うわっ……マジでチビりそう……)
リ・パイは本気でそう思った。
バイオハザードの7だか8だか、呪怨だか死霊館だか知らねぇが、そんなもん、目の前のこいつの万分の一の怖さにも及ばねぇ!
「くそっ! これはただのゲームだ!」
「落ち着け!」
リ・パイは心の中で必死に自分に言い聞かせる。
だが、強烈な視覚的ショックと恐怖感に、足はガクガクと震えが止まらない。
「クフフ~」
「怖がらせちゃったかしら?」
「それじゃあ、お邪魔はしないわ」
「頑張ってね~」
女幽霊は冷たい風と共に、廊下の奥へとふわりと消えていく。
リ・パイの手の中のオイルランプまで、その風でフッと吹き消されてしまった。
「……行った、のか?」
オイルランプの光が消え、廊下は真っ暗闇に包まれた。遠くに白い影が漂っていくのが、かろうじて見える程度だ。
リ・パイの胸元のコンパスも静かになり、微かな振動だけが残っている。
……たぶん、行ったんだろう。
あの女幽霊が放つプレッシャーは半端じゃなかった。一刻だって一緒にいたくない。
わずかな月明かりを頼りに、リ・パイはすぐ隣の部屋のドアに手探りで触れる。
さっきと同じデザインのドアノブ、同じ冷たさ。
リ・パイはドアを開け、ゆっくりと中へ足を踏み入れる。
ドアを閉めると、背中をドアに預けて、ふぅーっと長い息を吐き出した。
数回呼吸すると、リ・パイの足の震えはようやく収まった。
リ・パイは火打石で再びオイルランプに火を灯す。揺らめく炎がわずかな温もりを感じさせ、彼は部屋の中を見回し始めた。
この部屋は、大きな本棚が一つ増えている以外は、隣の客間とほとんど同じレイアウトだ。
ここも客間らしい。
部屋の中は静まり返っている。リ・パイの胸のコンパスも特に反応はない。危険はなさそうだ。
用心のため、リ・パイはランプを手に、人が隠れられそうな場所を一通り確認する。
クローゼットの中は、空っぽ。
ベッドの下は、埃だけ。
「……とりあえず、安全……だよな」
リ・パイは少し安心して、部屋の中を本格的に捜索し始める。
「あの女幽霊は、この部屋に脚が一本あるって言ってたな」
「どこに隠してやがるんだ……」
リ・パイはオイルランプをテーブルに置き、あちこち手探りで探し回る。
部屋はそう広くないし、隠し扉みたいなものも見当たらない。脚一本くらい、すぐに見つかるだろう。
「……あった!」
リ・パイがふと見上げた時、本棚の一番上に、わずかに覗いている足の指を発見した。
近くにあった椅子を踏み台にして登り、手を伸ばして探ってみる。
……滑らかな肌、繊細な感触。
間違いなく、脚だ。
`「『砕かれた美人の左脚』を入手」`
`「探索度:25%」`
探索度が5%上昇した。
目標にまた一歩近づいたな。
リ・パイは、よいしょ、とその脚を本棚の上から下ろす。
「この脚……なっが!」
脚を抱え下ろした後、リ・パイは思わず感嘆の声を漏らした。
この白く美しい左脚は、太ももの真ん中あたりで切断されているにもかかわらず、縦に置くとリ・パイの腰の高さまで届く。
とんでもない美脚だ!
長いだけでなく、形も完璧。太ももは丸みを帯び、ふくらはぎは引き締まり、足の指の一本一本までまるで芸術品のようだ。
脚一本だけ、というのは確かにちょっと不気味だが、リ・パイは、これなら一年くらいは余裕で遊べるな、と思った。
黒ストとか白ストとかあれば、なお良かったんだが。
「……って、俺は何考えてんだ」
リ・パイは頭を振って、我に返る。
脚で遊んでる場合か!
まあ、数回揉んだからいいか!
「あの女幽霊の話だと、この階にはさっきの頭部とこの脚しかないみたいだな」
「でも、あいつが言ったのは砕かれた美人の体のことだけだ」
「デモンハンターの日記みたいに、探索度が上がるアイテムは、自分で探さねぇと」
リ・パイは、何か見落としがないかと部屋の中をさらに探し回る。
残念ながら、この部屋には他に探索度が上がるような物は見つからなかった。
本棚を押しのけてみると、その後ろの壁に見覚えのある文字が刻まれているのを発見した。
「屋根裏部屋ニ行クナ……」
「アノ扉ニ近ヅクナ……」
また屋根裏部屋か!
壁の文字を見て、リ・パイはますます、屋根裏部屋が絶対にヤバい場所だと確信する。
……それが逆に、リ・パイの好奇心をほんの少しだけ刺激してしまう。
「……って、好奇心は猫を殺す、だっけか」
「やめとけやめとけ、屋根裏部屋なんて考えるもんじゃねぇ」
さっきの女幽霊との至近距離での遭遇は、体に傷はなくても、リ・パイの精神にデカいダメージを与えていた。
屋根裏部屋には、きっとあの女幽霊よりもっと怖い何かがいるに違いない。
絶対に行ってたまるか!
部屋の探索を終え、リ・パイはアイテムボックス的な空間から砕かれた美人の体のパーツをすべて取り出した。
頭部一つ、右腕一本、左脚一本。
あとは胴体、左腕、右脚を見つければ、砕かれた美人の体は元通りになる。
「……なんか、バラバラ死体集めかよ……。昔見たトラウマ物のドラマを思い出すぜ……」
リ・パイは子供の頃のトラウマを思い出す。
もっとも、エローラの体のパーツは、あの時の干からびた死体なんかよりずっと目の保養になるが。
顔だけ見ても、魂を奪われそうな美しさだ。
指は細く長く白く、握ったらさぞかし気持ちいいだろう。
美脚については言うまでもない。この脚の長さはちょっと尋常じゃない。
想像するに、砕かれた美人エローラの身長は、リ・パイよりずっと高いだろう。
もし本当に彼女と深い仲になったら……。
なんか、俺みたいなチビがあんなデカい女を相手にするのか……。なんか、不釣り合いだよな、という感じだ。
「落ち着け!」
「色香に惑わされるな!」
「このイカれた場所から脱出するのが最優先だ!」
リ・パイはどうにか正気を取り戻す。
不釣り合いな恋の誘惑よりも、リ・パイは自分の精神衛生を保つ方を優先したい。
こんなホラーな場所に長居したら、人間がおかしくなってしまう。
「冷静に、今の状況をちゃんと分析しよう」
リ・パイは自分の頬をパンパンと叩き、頭の中のくだらない考えを追い出した。"