第6章 屋根裏部屋には絶対行くな
"タッ……
タッ……
タッ……
足音が部屋の中に入ってきた。
リ・パイは、見えないプレッシャーを感じて、とっさに息を止める。
同時に、頭の中では必死に状況を分析していた。
いま入ってきた“こいつ”……。
廊下にいた白装束の女幽霊じゃないな。
この重々しい足音は、階下の女執事とも違う。
……どっちかというと、ガタイのいい男って感じだ。
「この屋敷、魔物多すぎだろ!」
「思ったよりずっとヤバいじゃねぇか!」
(チッ)とリ・パイは心の中で毒づいた。
こっちには銀の矢がたった三本しかないんだぞ、果たして足りるのか……?
タッ! タッ! タッ!
足音はベッドの足元を通り過ぎ、書斎机の前へ。
窓から差し込むわずかな月明かりが、そいつの姿を照らし出す。
ベッドの下にいるリ・パイにも、革のブーツがぼんやりと見えた。
サイズがでかい。……やっぱ男か。
ブーツはまっすぐクローゼットの前へ向かう。
ギィ――
クローゼットが開けられた。
「ア゛ア゛ァァァ!!!」
低い咆哮!
リ・パイはその声に、はっきりとした怒りを感じ取った。
「こいつ、めちゃくちゃキレてんな……」
「もしかして、あの頭部はこいつがここに隠してたのか?」
「俺が持ち去ったから、ブチ切れたってわけか?」
なんか、ヤバそうな雰囲気だぞ……。
逆上した魔物相手に、俺が太刀打ちできる保証はどこにもない。
バンッ!
クローゼットの扉が、力任せに閉められた。
直後、ガシャンガシャンと辺りの物をひっくり返すような物音が響き渡る。
あの書斎机まで、あっさりひっくり返されてしまった。
「まずい、さっさと離れねぇと」
リ・パイは分かっていた。この調子じゃ、すぐにベッドもひっくり返される。そうなれば、俺が見つかるのは時間の問題だ。
部屋の中がめちゃくちゃになっている隙をついて、リ・パイはそっとドアの方へ移動を開始する。
リ・パイがベッドの下からまさに這い出ようとした、その瞬間。
突然、ベッドの床板が派手にひっくり返され、壁に叩きつけられた! 運悪く、ちょうど部屋のドアを塞ぐような形で。
「くそっ……!」
リ・パイは素早く立ち上がり、壁に立てかけられた床板を背にする形で、腕ボウガンを前方に構える。
退路がないなら、やるしかねぇ。正面からぶつかるしかない!
部屋の中は薄暗く、リ・パイには敵のシルエットしか見えない。
だが、そいつの両目が微かな赤い光を放っており、それが幸いにも狙いをつける的になった。
「グォォォ!!!」
そいつは暗闇でもリ・パイの姿が見えるらしい。咆哮を上げながら、一直線に飛びかかってきた。
リ・パイは一瞬もためらわない。右腕を突き出し、指で引き金を引く。
シュッ――
一本の銀の矢が、二つの赤い光点のちょうど真ん中へと吸い込まれていく。
ブシュッ!
至近距離だ。リ・パイの狙いは外れなかった。銀の矢は、的確にターゲットを捉える。
「ア゛ア゛ァァァ!!!」
断末魔の叫びと共に、そいつの体は眉間から急速に砕け始めた!
それでも前進の勢いは止まらない。
奴の腕がリ・パイに触れようとした瞬間――ガシャッ!と音を立てて腕が崩れ落ち、次の瞬間には体全体が砕け散って床に散らばった。
「ふぅ……」
リ・パイは大きく息を吐く。
思ったよりずっと効果あるじゃんか!
この腕ボウガンを見つけておいてマジで良かった。これ無しじゃ、今頃俺は……終わってたかもな。
残念なのは、残り二発ってことか。大事に使わねぇと。
リ・パイは床に散らばった破片を踏みしめながら、微かな月明かりを頼りに、部屋の隅に転がっていたオイルランプを見つけ出した。
ガラスのホヤは割れてしまっている。
だが、本体フレームはなんとか無事だ。
風には弱そうだが、まだ普通に使えるだろう。
リ・パイはさっき手に入れた火打石で、オイルランプに火を灯す。
オイルランプは懐中電灯と違って光の向きを制御できないが、全体の明るさは電池切れ寸前の懐中電灯よりずっとマシだ。
リ・パイはオイルランプを手に、地面を見下ろす。
床には、砕けた破片の他に、革のジャケット、コットンのズボン、ブーツといった衣服が散らばっていた。
リ・パイはしゃがみ込み、革のジャケットを手に取って調べてみる。……なにか気づいたようだ。
「この素材……俺のアームカバーと同じだ」
「こいつ……まさか、あのハントとかいうデモンハンターなのか!?」
リ・パイは一瞬、固まる。
腕ボウガンと革ジャケに残された印を比べてみる。……寸分違わない。
マジかよ!
こいつ、デモンハンターだったんじゃねぇのか? なのに、なんで魔物になってんだ?
デモンハンターですら、抗えないってことか……。
リ・パイは、この場所が自分が考えていたよりも、ずっと恐ろしい場所なんじゃないかと感じ始めていた。
「さっきの奴を倒しても、探索度は上がらなかったな」
「どうやら、探索度はアイテムを見つけないと上がらない仕組みらしい」
「幸い、俺には魔物を感知できるコンパスがある」
「できるだけ、避けて進むしかないか」
リ・パイはため息をつく。
今のリ・パイは、とにかく安全第一で探索度を50%まで上げることしか考えていない。
戦闘なんて、避けられるなら避けたい。
金髪グラマーとの恋愛?
……危険すぎる!
今はそんなこと考えてる場合じゃない。
リ・パイはランプを手に、部屋のドアの前に立つ。
塞いでいた床板に目をやる。
「ん? なんだこれ!」
ランプを持ったリ・パイは、ドアの前に立てかけられていた床板に、なにか文字が刻まれていることに気づいた!
こんな場所、普通気づかねぇだろ!
さっき懐中電灯がまだ点いていたとしても、わざわざベッドの裏側なんて見なかっただろう。
「絶 対 ……」
「行 ク ナ ……」
「屋根裏部屋 ニ ……!」
リ・パイは注意深く文字を読み取り、その意味を理解した。
客間のベッドの裏に刻むなんて……。
以前ここに泊まった客か?
それとも、この哀れなデモンハンターが刻んだのか?
なんでわざわざ、屋根裏部屋に行くなって警告を残したんだ?
屋根裏部屋には、いったい何があるってんだ?
リ・パイは考え込む。
そういえば、デモンハンターの日記にも屋根裏部屋のことが書かれていた。
どうやら、屋根裏にはマジで何かヤバいものがいるらしい。
「屋根裏部屋に行かずに済むといいんだが……」
リ・パイは心の中で静かに祈る。
探索度はもう20%。50%になれば、こんな気味の悪い場所とはおさらばできる。
この先、もう少し運が向いてくれることを願うばかりだ。
リ・パイは床板を脇にどかし、ドアノブに手をかける。
ひんやりとした感触が、リ・パイの意識を少しだけはっきりさせた。
ドアの外には、まだあの白装束の女幽霊がいるかもしれない。
腕ボウガンが、あの幽霊に効くのかどうか……。
リ・パイはゆっくりとドアノブを回し、ドアを細く開けて、ランプを頼りに外の様子をうかがう。
廊下は静まり返っており、白装束の女幽霊の姿は見当たらない。
リ・パイはようやく、ほっと胸をなでおろして部屋を出た。
「2階には、あと二部屋あるな」
「先にそっちを探索してみるか」
リ・パイはすぐに決断する。
廊下には例の女幽霊がいるかもしれないが、あいつは俺を襲ってこなかった。
もしかしたら、ただの友好的なNPCかもしれないじゃないか。
そう考えると、リ・パイの心は少し軽くなった。
その、瞬間だった!
リ・パイの首から下げていたコンパスが、ブルブルと激しく震えだした!
冷たい悪寒が、リ・パイの背筋を駆け上がり、全身の毛がぶわっと逆立つ。
「マジかよ!」
「また魔物か!?」
リ・パイはちらりとコンパスに目をやる。
コンパスの針は狂ったようにグルグルと回転し、次の瞬間、ピタリとリ・パイの真後ろを指した。
「俺の後ろ……」
恐怖が一瞬で心を鷲掴みにし、リ・パイの体を硬直させる。
背後……。
いったい、何がいるんだ!"