第5章 今は頭で遊んでる場合じゃない
"リ・パイは、うわっ、と無意識に一歩後ずさる。
リ・パイの手が引いた拍子に、クローゼットの取っ手がカチャリと音を立て、扉が完全に開いた。光が遮るものなく中に差し込み、リ・パイはようやく、その中身をはっきりと目にすることになる。
ややウェーブのかかった金色の長い髪。
血の気がまったく感じられない、蒼白い肌。
懐中電灯の光を受けて、まるで宝石のように輝く……いや、大きすぎて不気味な目。
すっと通った鼻筋に、鮮やかな赤い唇……。
これって……まさか。リビングの写真で見た、この洋館の女主人……エローラさん、じゃないか!
「落ち着け! ただの頭だろ!」
リ・パイは数回深呼吸して、どうにか平静を取り戻そうとする。
そうだ、さっきの腕と同じじゃないか。ただの体の一部だ。何を怖がることがある!
一歩踏み出し、クローゼットに近づく。
その頭部は、棚の上に静かに鎮座していた。
リ・パイはまじまじと観察する。
この頭……確かに、美人だ!
血色はなく、大きな瞳も光を失ってはいるが、それでも彼女の美貌は隠せない。
そこらの欧米の女優なんて目じゃないレベルだ。
「惜しいなぁ……ただの生首じゃ、な。」
リ・パイはため息をつく。
美人の生首との密な接触……なんてシチュエーションにはそそられるものがあるが、さすがに首だけってのは……な。グロすぎる。
たぶん、そそり立つものも立たねぇだろう。
「ま、とりあえず持っていくか。探索度くらいは上がるだろ。」
リ・パイは金髪を掴んで、頭部を手に提げる。
`「『砕かれた美人の頭部』を入手」`
`「探索度:20%」`
システムメッセージがリ・パイの脳内に響く。
「一気に10%も上がったのか……」
これはリ・パイにとって、ちょっとしたサプライズだ。
このペースなら、目標の50%達成もそう難しくなさそうだ。
……惜しむらくは、廊下には“良くないもの”がうろついていて、1階にはあの女執事がいることか。
でなけりゃ、この2フロアを探索するだけで、50%は余裕で集まっただろうに。
「しかし、これ……手に持ってると動きにくいな。」
懐中電灯を片手に、もう片方の手で頭部を掴み、腕は脇に挟んでいる。
これに太ももだの腎臓だのが加わったら、マジで身動き取れなくなるぞ。
「ゲームなんだから、アイテムとかって収納できるもんだろ、普通……」
リ・パイが念じると、次の瞬間、腕と頭部がふっと消えた。
意識を探ると、確かにアイテムボックス的な空間にその二つが追加されているのを感じる。
「やっぱりな!」
リ・パイの目が輝く。
続けて、頭部と腕を取り出してみる。
……うん、めちゃくちゃスムーズだ。
アイテムを収納できるなら、今後の探索はずっと楽になる。
生首で遊んでる場合じゃない。リ・パイは腕と頭部、それに例の日記帳をしまい、部屋の中を再び物色し始める。
ベッドサイドテーブルの引き出しから、新たな発見があった。
`「『デモンハンターの腕ボウガン』を入手」`
`「『火打石』を入手」`
どうやら、例のハントとかいうデモンハンターの遺品らしい。
この腕ボウは、腕当てのような見た目で、銀製の矢が三本セットされている。装着後、拳を握りながら引き金を引けば発射できる仕組みだ。
……まあ、かろうじて役に立ちそうな攻撃アイテム、ってところか。
「残念、三発だけかよ……」
「恐怖は弾切れからってか。このゲーム、妙にそこは徹底してるよな」
「まあ、砕かれた美人の腕でぶん殴るよりはマシか」
リ・パイはぶつぶつ言いながら、ボウガンを右腕に装着する。
武器を手に入れたことで、リ・パイの心はいくらか落ち着きを取り戻す。
火打石の方は……まあ、ただの通常アイテムだろう。
「あとは……ベッドの下、か」
リ・パイは、暗く不気味なベッドの下に視線を向ける。
ホラー映画を散々見てきたリ・パイは、ベッドの下が一番ジャンプスケアを仕込みやすい場所だと知っている。
だが今は、少なくともこの部屋は外より相対的に安全なはずだ。
ベッドの下を覗く勇気すらないなら、屋根裏部屋なんぞ行けるわけがない!
ゴクリと唾を飲み込み、ゆっくりと身をかがめる。
視線が下がるにつれて、リ・パイの心臓もドキドキと速くなっていく。
頭を下げ、覗き込むと――
ベッドの下には、特に恐ろしい光景はなかった。
代わりに、懐中時計のようなものがぽつんと落ちている。
「ふぅ……」
「よかった……」
リ・パイはほっと息をつく。
もしベッドの下からもう一つ生首が出てきたら、さすがに俺の小心臓は持たなかっただろう。
この場所のお約束からして、この懐中時計もどきもきっと役立つアイテムのはずだ。
取らない手はない。
リ・パイは床に這いつくばり、懐中時計に手を伸ばす。
その時、懐中電灯がチカチカと数回点滅した。
光はみるみる弱くなり、数秒も持たずにぷつりと完全に消えてしまった。
リ・パイは一瞬にして暗闇に飲み込まれる。
「ちっ、もう電池切れかよ」
リ・パイは舌打ちする。
かろうじて感じていた微かな光による安心感は、一瞬にして恐怖にその陣地を明け渡した。
どうやら、火打石で机の上のオイルランプに火を灯すしかないらしい。
だが、まずはベッドの下のブツを回収してからだ。
リ・パイは暗闇の中を手探りで進む。
一手に埃を掴んだ後、ようやく例の懐中時計のような物体に触れた。
`「『デモンハンターのコンパス』を入手」`
`「デモンハンターのコンパス:付近の魔物を感知できる」`
システムメッセージがリ・パイの脳内に響く。
「このデモンハンターのコンパスって、日記に書いてあったやつだよな」
リ・パイは古びた懐中時計のようなコンパスを撫でる。
コンパスは微かに震えている。
どうやら、この洋館の異常を感知しているらしい。
「これがあれば、魔物をうまく避けられるかもな……」
リ・パイはベッドの下での収穫に満足する。
その時、リ・パイの手の中のコンパスが、突然ブルブルと激しく震えだした!
「なっ……なんだ!?」
リ・パイはぎょっとする。
このコンパスは魔物を感知する……なら、激しく震えるってことは……
魔物が近づいてるってことか!?
まさか、外を漂ってた女の幽霊が入ってこようとしてるのか!?
ボウガン……あんな実体のないやつに効くのか……?
リ・パイは片手でコンパスを握りしめ、もう片方の手はいつでもボウガンを発射できるよう構える。
タッ……タッ……タッ……
低く響く足音が廊下から聞こえ、だんだん近づいてくる。そして、ついに部屋のドアの前で止まった。
明らかに、外の“何か”はこの部屋を目指してきたのだ。
「カチャ……」
ドアノブが回る音。
何者かがドアを開けようとしているらしい!
コンパスの振動はますます激しくなる。
リ・パイは緊張で手のひらにびっしょりと汗をかいていた。コンパスを胸に押し付け、微かな振動音すら漏れないようにする。
呼吸さえも、必死に抑え込む。
この小さな客間に閉じ込められ、逃げ場はない。
今はただ、ドアの外の“何か”に気づかれないことを祈るしかない。
カチャリ! ギィィ――
軋む蝶番の鋭い音が静寂を破る。
ドアが、開けられた……"




