第19章 恋愛ゲーム? いいや、死にゲーだ!
"「……あの者を今すぐ始末するには、方法は一つしかないわ」
「まず、2階のトイレにいる実験体を追い出して、その体内の魂を抜き取る。そして、悪霊の魂をそこへ押し込める」
「最後は、あなたの腕ボウガンで、とどめよ」
真剣な話になると、エローラの雰囲気は一変し、引き締まったものになる。
さすがは、デモンハンターの家系の後継者だ。
「でもよ、その実験体ってのは、2階の一番奥の部屋にいるんだろ?」
「手前にはあの悪霊が陣取ってる。どうやって、そいつを捕まえに行くんだよ……」
リ・パイは疑問を口にした。
「あの実験体は、私を恐れております」
「私が外壁から配管を伝って登り、直接2階のトイレに飛び込めば……」
「私を見れば、おそらく必死で外へ逃げ出すでしょう」
女執事が、腕まくりをしながら言った。
リ・パイは頷く。
(なるほどな。それなら、少しは勝機があるかもしれねぇ)
「あんた、体調はどうだ? 少し休んで回復した方がいいんじゃないか?」
リ・パイはエローラを見た。
この計画全体において、エローラの役割が最も重要だ。
実験体の体内の魂を抜き取ることができなければ、悪霊を閉じ込めることも、そして討伐することもできない。
エローラは今、少し息が上がっているように見え、顔もまだ赤い。体調が万全なのかどうか、気になるところだ。
「……時間がないわ!」
「悪霊が本来の力を取り戻す前に、決着をつけないと」
「行きましょう、作戦開始よ!」
エローラの眼差しが、鋭く光る。
(……別に、疲れてるわけじゃないんだから! これは、その……!)
とにかく、気力は十分だ。
女執事は計画通り、玄関の扉を開け、外壁へと向かった。
リ・パイは、エローラの後ろについて、階段へと歩を進める。
一段、また一段と上がるたびに、リ・パイの胸元のコンパスの震えは激しさを増していく。
陰鬱で冷たい気が、真正面から吹き付け、リ・パイは全身の鳥肌が立つのを感じた。
階段の曲がり角で、リ・パイは再び、あの恐ろしい黒髪を目にした。
「心配しないで。私に任せて!」
エローラは、さっと手を振り、一片の白い粉末を撒いた。
すると、エローラの足元からみるみるうちに蔦が伸び、成長しながら上階へと這い上がっていく。
蔦は悪霊の黒髪と絡み合い、激しく争っているようだ。
蔦が開いた道を頼りに、エローラはリ・パイを連れて、無事に2階へとたどり着いた。
漆黒の廊下の中央には、白い人影がふわりと浮かんでいる。
廊下全体の壁、天井、床は、びっしりと黒髪で覆い尽くされていた。
リ・パイが手にしていたオイルランプは、吹き込んできた陰気な風によって、フッと吹き消された。
廊下は、完全な闇に包まれる。
その時、エローラが再び何か粉末を撒いた。
周囲の蔦から緑の葉が生い茂り、次々と果実が実を結ぶ。
その果実はどんどん大きくなり、まるで電球のように輝き、周囲を明るく照らし出した。
リ・パイは、内心、感嘆の声を漏らした。
(魔女の技ってのは、すげぇな。便利すぎるだろ)
(これじゃあ、エローラがデモンハンターの家業を継がずに、魔女の道を選んだのも頷けるぜ)
「……クフフ……」
「これは驚いたわねぇ!」
「まさか、ベート家数百年の呪いが解かれるなんて!」
「……まあ、そんなことは、どうでもいいのだけれど……」
「あなたの身体は、いずれ必ず、私がいただくのだから!」
悪霊は、冷たく笑う。その声は乾ききっており、聞く者の心を不気味にざわつかせる。
彼女の注意は、完全にエローラに向けられていた。
リ・パイのことなど……。
彼女にとっては、取るに足らない存在なのだろう。
言葉が終わるや否や、無数の髪の毛が、まるで降り注ぐ弾丸のように、エローラとリ・パイに向かって撃ち出された。
「……私のこの実が、ただ光るだけだと思ったら大間違いよ」
「これはね……!」
エローラの金髪が、ふわりと舞う。彼女は空中で、すっと指を鳴らした!
「――日光果!」
全体の五分の一ほどの果実が、パァン!と音を立てて炸裂した!
廊下は、まるで閃光弾が爆発したかのように、一瞬にして強烈な光に包まれた。
「――ッ!?」
黒い髪の毛は、まるで火がついたかのように、じゅうじゅうと音を立てて青白い煙を上げた。
鋼の針のように鋭かった髪は、次々と縮れてはらはらと落ちていく。
悪霊の皮膚も、燃える紙のように、じりじりと焼け焦げ、その範囲が広がっていく。
「……太陽光……! あああああっ!!!」
悪霊は、苦痛に満ちた叫び声を上げた。
まさか、夜の闇の中で、太陽光によるダメージを受けるとは、思いもしなかったのだろう。
悪霊は手を伸ばし、顔の焼け焦げた部分をビリビリと剥ぎ取ると、再び蒼白な顔を晒した。
「……魔女の小細工!」
「……なるほど、やるじゃない!」
「……でも!」
「魔女の術は、外的な触媒に頼るもの」
「いつまでも、そんなものが続くとは思わないことね!」
悪霊の両目が、ぐわっと眼窩から飛び出し、漆黒だった瞳が不気味な赤色に染まる。
彼女の髪が、嵐のように蔦に実った果実へと襲いかかった。
エローラの顔色が変わる。
(……悪霊の言う通りだわ)
彼女が持つ自然粉塵の量は限られており、持久戦は不利だ。
エローラの細長い指が、まるで蛇のように素早く動き始める。
周囲の蔦が、エローラの指揮に応え、葉や枝を使って日光果を守ろうとする。
だが、悪霊の髪の攻撃はあまりにも激しく、多くの日光果が叩き落とされ、光を失っていく。
エローラは、ジレンマに陥った。
日光果を炸裂させ続ければ、確かに相手を抑え込むことができる。
しかし、今のペースで消費していては、2分も経たずに全ての果実を使い果たしてしまうだろう。
そうなれば廊下は再び闇に包まれ、圧倒的に不利になる。
かといって、日光果を温存すれば、それらは悪霊の髪によって次々と叩き落とされ、無駄になってしまう。
「おい! ぼさっとするな!」
「11時の方向、2つ爆破!」
「2時の方向、3つだ!」
「……」
リ・パイが、的確な指示を飛ばし始めた。
エローラは、考える間もなく、リ・パイの指示に従って蔦の上の日光果を炸裂させていく。
(……こ、これって……)
エローラは驚きを隠せない。リ・パイが指示した爆破の位置と数は、常に完璧だったのだ。
おかげで、日光果を大量に消費することなく、相手の猛攻を防ぐことができている。
(この判断力……この戦闘経験……!)
(……すごい!)
エローラの、リ・パイを見る目に、小さな尊敬の色が宿る。
一方のリ・パイは、至って冷静だった。
(経験豊富なゲーマーとして、これくらいの状況判断は、まあ当然だよな)
だが、リ・パイが予想外だったのは――まさか、のんびりした謎解きラブコメゲームのはずが、こんなガチの死にゲーに変貌するなんてことだ……。
悪霊とリ・パイたちの一進一退の攻防で、戦況は一時的に膠着状態となった。
その時、廊下の突き当たりから、突如として物音が聞こえてきた。
「……レイクが成功したのね!」
エローラの顔が、ぱっと明るくなる。
どうやら、女執事は無事に2階のトイレにたどり着いたようだ!
次の瞬間、部屋のドアが内側から突き破られた。
黒い影が、猛スピードで廊下へと飛び出してくる。
日光果の光に照らされ、リ・パイはその物体の正体をはっきりと見た。
――巨大な、肉塊!
肉塊には、3つか4つの頭が縫い付けられ、7、8本の脚と、10本以上の腕が、不規則に生えている……。
ちらりと見ただけでも、強烈な不快感をもよおす。
(……女執事の奴、よくもまあ、こんなモンを作り出したもんだ……)
その肉塊は、手足をめちゃくちゃに動かしながら、よろよろとリ・パイたちの方へ向かってくる。
「……これが、例のブツか……」
「……なあ、あんた、本当にこいつ……こいつ『ら』の魂を、抜き取れるのか?」
リ・パイは、隣のエローラに尋ねた。
肉塊の複数の頭は、それぞれ「アバアバ」と意味不明な声を発しており、その体内には、明らかに一つ以上の魂が宿っているようだった……。
「……正直、保証はないわ。でも、やるしかない」
エローラの表情が、厳しく引き締まる。彼女は自身の唇を強く噛み切り、顎から鮮血を滴らせた。
そして、奇妙な響きを持つ呪文が、次々と紡がれ始めた――。"




