第16章 頼むから人間でいてくれよ!
"(一級デモンハンターの実力と、基本デモンハンターセット、か……)
(ちょっとはゲームっぽくなってきたじゃねぇか)
(……だが)
(悪霊を……討伐……?)
リ・パイは、2階のあの女幽霊が黒髪を舞い踊らせていた様を思い出す。
……怖すぎだろ!
デモンハンターの腕ボウガンじゃ、あいつにはまったくダメージを与えられなかった。
どうやって殺せってんだよ!
(……よし、忘れよう。こんなクエスト、聞かなかったことにする)
「ゲーム終了」
リ・パイは心の中でログアウトコマンドを唱える。
`「期間限定クエスト中は、ゲームを終了できません」`
システムからの非情なメッセージが、リ・パイの頭をガツンと殴った。
「クソッ! ハメられた!」
リ・パイの口元がひくつく。
これが陰鬱なホラーゲームだってことを、うっかり忘れていた。
なんてこった、俺としたことが!
普通にこのクソったれな場所から脱出できたはずなのに、それが今じゃ……。
30分だと!?
30分もありゃ、いろんなことが起こっちまうだろうが!
2階の悪霊を討伐……だと? ヘッ!
腕ボウガンで撃っても空気同然なんだぞ? どうやって殺すんだよ!
それに、リ・パイには、もしクエストに失敗したらどうなるのか、分からない。
万が一、何かペナルティでもあったら……。
女執事のレイクは、呆然としているリ・パイを見て、怪訝な顔をしている。
(このお客様……ひょっとして、頭が少々おかしいのでは……?)
だが、レイクも余計な口出しはできない。なにしろ、自分のお嬢様がまだリ・パイの手に握られているのだから。
「……なあ」
「あんた、さっきの話の続き、聞かせてくれ。あの悪霊のことだ」
リ・パイは再びソファに腰を下ろし、女執事に尋ねた。
どうせ脱出できないのなら、できる限りここの状況について情報を集めるしかない。
それで探索度が少しでも上がれば儲けものだ。
探索度が上がれば、何か生存に役立つアイテムがアンロックされるかもしれない。
それに、万が一、本当に2階のあの女幽霊と対峙せざるを得なくなった時のために……。
少しでも情報が多ければ、それだけ心の準備もできる。
「あの悪霊は非常に強力ですが、一つだけ弱点がございます。それは、太陽の光の下では活動できないということです」
「……ですが、他者の肉体を奪うことで、その弱点を回避することが可能です」
「もっとも、通常の肉体では、あの者の邪悪な気に耐えきれず、少し動いただけですぐに崩壊してしまうでしょう」
「……だからこそ、あの者は、呪われた血筋を持つベート家の肉体に目を付けたのです」
「あの者はあまりにも強く、私たちでは撃退することができませんでした。ですから、ベート家に代々伝わる法器を用いて、かろうじてあの者を一時的に封じ込め、お嬢様の体を各所に分散させたのです」
「体が揃わない限り、悪霊が直接肉体を奪うことはできません」
女執事は説明を続ける。
リ・パイは頷き、話の筋はおおよそ理解できた。
「じゃあ、あいつを殺す方法はあるのか?」
リ・パイは核心に迫る質問をした。
太陽光に頼るのは無理だろう。
システムが与えた時間はたったの30分。30分じゃ、お天道様はまだお休み中だ。
「あの者は現在、霊体ですので、通常の物理攻撃は効きません」
「お嬢様は今、魂がぬいぐるみに宿っているため、本来の魔術を使うことができません」
「直接あの者を始末するのは、ほぼ不可能と言ってよいでしょう」
「……ですが、歴代当主の猟魔日誌を読み漁り、一つの方法を見つけ出しました」
女執事はそう言うと、ソファの隙間から古びた日記帳を取り出した。
「これによりますと、このような悪霊を相手にする場合、魂に直接攻撃する手段がないのであれば、まず何らかの肉体に憑依させる方法を考えるべきだ、と」
「肉体を得た状態であれば、神聖属性を持つ武器による攻撃で、討伐が可能になる、とのことです」
「……そうですわ、あなたのその腕ボウガンも、使えます」
女執事はリ・パイの腕を指差す。
「なるほどな……」
「だったら簡単じゃねぇか! エローラの体を元通りにして、あいつにくれてやればいい」
「憑依したところを、俺が一発で仕留める」
「……どうだ? いい方法だろ?」
リ・パイはニヤリと笑って尋ねる。
テディベア:「???」
(お願いだから人間らしいこと考えてよ!)
(なんてヒドいこと思いつくの!?)
(自分の体じゃないからって、そんなのってないわ!)
「そ、それは……恐らく、難しいかと」
「お嬢様の血筋はあまりにも強力です。悪霊が憑依した場合、神聖属性の攻撃の効果が薄れてしまう可能性があります」
女執事は説明する。
テディベアは、ぐわっと女執事の方を向いた。
(体質と何の関係があるっていうのよ!)
(それに、たとえ効果があったとしても、私の体を使って悪霊を始末するなんて、ありえないでしょ!)
(……っていうか、あなた、なんで真面目に検討してるのよ!?)
(ひどいわ! あんまりよ!)
テディベアは泣きたくなったが、残念ながら、その目はボタンでできており、涙は流れない。
「ですから、私はずっと、悪霊を引きつけて受け入れることができるような器となる肉体を、作り出そうとしてきたのです」
「もう少しで成功するところだったのですが……残念ながら、私の経験不足で、少し手違いが起こってしまいまして」
「……実験体が、逃げ出してしまったのです」
「それに、最近は訪問客もめっきり減ってしまいましてね。実験の素材が少々足りなくなってきて……」
女執事はため息をつき、残念そうな顔をした。
「訪問客……実験素材……」
リ・パイの顔が引きつる。何か恐ろしいことを連想してしまったようだ。
(……眠気を誘う紅茶……厨房から聞こえる骨を断つ音……)
ひぃぃ……!
(よくぞ俺は警戒していたもんだ……じゃなきゃ……)
「あの実験体は、今はおそらく2階のトイレに隠れているはずです」
「あの者は私を少々恐れているようで、普段は出てきませんので」
「私も、特に手出しはしておりませんでした」
女執事は続けた。
「2階のトイレ、か……」
リ・パイは納得した。自分が2階の最後の部屋で遭遇したあの怪物は、女執事が作り出した実験体だったのだ。
「あいつ、あの悪霊と一緒に2階にいるんだろ? よく仲良くやってられるな」
リ・パイは不思議に思って尋ねる。
「実験体の物理攻撃は、あの悪霊には効きませんからな」
「悪霊の方ですが……私はむしろ、あの者に実験体の体を乗っ取ってほしいと願っているくらいです」
「……残念ながら、実験体の体内には、少々、魂が多く宿りすぎているようでして。あの悪霊も、容易には手が出せないのでしょう」
女執事は、またため息をついた。
「体内の魂が……多い……」
リ・パイは呆然とする。
(……それ、いったい何人分の訪問客を繋ぎ合わせたんだよ!?)
(完全にフランケンシュタインの怪物じゃねぇか!)
(……ちょっと、エグすぎんだろ!)
「……お嬢様が本来のお力を取り戻せれば、よかったのですが」
「お嬢様の魔術をもってすれば、実験体の体内の魂を抜き取ることも容易いはず」
「そうなれば、私には、悪霊を実験体の体に入らせる方法がございます」
「あとは、あなたがデモンハンターの腕ボウガンで仕留めれば、それで万事解決なのですが……」
女執事は嘆息する。
だが、今のエローラは、魂がテディベアのぬいぐるみに宿っている状態だ。言葉を発することすらできず、魔術など使えるはずもない。
リ・パイは、あの悪霊を倒す方法を大体理解した。
手順を聞く限りでは、それほど危険ではなさそうだ。
自分は最後に一発、矢を撃ち込むだけでいい。
だが、問題は……エローラの力をどうやって取り戻させるか、だ。
リ・パイにそんな方法が分かるはずもない。
システムのメインクエストは「砕かれた美人を目覚めさせる」ことだが、その方法は示されていない。
どうすりゃいいんだ……?
「……いけません!!!」
女執事の顔色が、突然サッと変わった。
「悪霊を抑えている法器が、もう限界です!」
「あの者の力が、回復し始めています!」
「もって、あと半時間……いえ、それよりも早く、あの者は封印を破り、この屋敷を自由に動き回るでしょう!」
女執事の目には、明らかな恐怖の色が浮かんでいる。
悪霊が自由に動き回れるようになるということは……。
つまり、1階にまで降りてくる可能性があるということだ!"




