第14章 ご主人様?
"リ・パイは、オイルランプを片手に、もう片方でテディベアをむんずと掴み、デモンハンターの腕ボウガンを前方に構えた状態で、ゆっくりと主寝室を出た。
廊下は、不気味なほど静まり返っている。
壁の肖像画の目が、すべてリ・パイをじっと見つめているようで、なんだかゾワゾワする。
コンパスが震えていないことを確認し、リ・パイは少し歩調を速めた。
階段のところまで来ると、リ・パイは明らかに屋根裏部屋からのプレッシャーを感じ取った。
オイルランプの炎までもが、心なしか弱くなった気がする。
リ・パイの手の中のテディベアも小刻みに震えており、何かを恐れているようだ。
(……このチビ助が喋れたら、よかったんだがな)
(せめて、屋根裏部屋に何がいるのかだけでも、教えてくれりゃあいいのに)
リ・パイは心の中で愚痴る。
もうすぐここから出られるというのに、屋根裏部屋が気にならないと言えば嘘になる。
突然!
胸元のコンパスが、狂ったように激しく震えだした!
同時に、リ・パイの手の中のテディベアも、必死に手足をばたつかせている!
はっとして、リ・パイは我に返る!
気づけば、自分でも知らないうちに、屋根裏部屋へと続く階段を数段、上ってしまっていた!
全身から、ぶわっと冷や汗が噴き出す!
「な、なんだ……!?」
「俺、なんで……!?」
リ・パイは慌てて後退り、階段から離れる。
(ヤバい! ヤバすぎる!)
さっき、屋根裏部屋のことをちょっと考えただけで、こんな風に無意識のうちに操られていたなんて!
幸い、すぐに気づいたからよかったものの、もしあのままだったら……。
……考えたくもない。
リ・パイは、掴んでいたテディベアで、額に浮かんだ汗をぐいっと拭う。
テディベア:「???」
リ・パイはテディベアの無言の抗議を無視し、舌を軽く噛んで意識をはっきりさせながら、階下へと向かう。
幸い、階下へ降りる途中で、特に何事も起こらなかった。
2階へ降り立つ直前、リ・パイは足を止めた。
2階には、あの白装束の女幽霊と、俺に指を折られた怪物がいる。
このまま降りるのは、ちょっと危険だよな……。
リ・パイは少し考え、掴んでいるテディベアをひょいと前に突き出した。
テディベア:「???」
(いくらなんでも、ひどすぎないか!?)
(汗を拭くのに使われただけでもムカつくのに、今度は偵察役かよ!)
だが、テディベアに選択肢はない。
がっちり掴まれていては逃げることもできず、大人しく廊下の様子を探るしかない。
テディベアはあたりをキョロキョロと見回し、特に異常がないことを確認すると、リ・パイに向かって小さな手を振った。
リ・パイはようやく安心して足を踏み出し、2階の踊り場に降り立った。
リ・パイの足が床に着いた、まさにその瞬間。胸元のコンパスが再び激しく震えだした!
直後、リ・パイは少し離れた場所に、白い人影がゆっくりと浮かび上がるのを見た。
――あの女幽霊だ!
女幽霊の目が、すっと冷たくなる。黒い長髪が、まるで触手のように四方八方へと広がり、壁を伝ってリ・パイに向かって猛スピードで迫ってくる!
(さっきまで「ダーリン」とか呼んでたくせに、この変わり身の早さかよ!)
リ・パイは心の中で毒づいた。
テディベアが、リ・パイの腕をペシペシと叩き、早く階下へ逃げるよう促す。
急速に迫りくる女幽霊を見て、リ・パイは腕ボウガンを構えた。
シュッ――!
銀色の弩箭が、オイルランプの光を反射し、流れ星のように女幽霊に向かって飛んでいく。
リ・パイが、女幽霊が射抜かれる瞬間を期待した、その時。銀の矢は、なんと女幽霊の体をすり抜け、少し先の床に突き刺さった。
「マジかよ……!」
「実体がないとダメージ与えられないのか!?」
リ・パイは、ちっと舌打ちする。
貴重な銀の矢を一本、無駄にしてしまった!
……いや、完全に無駄になったわけじゃない。
銀の矢は、以前あの魔物化したデモンハンターを射殺した時のように灰にはならず、床に突き刺さったままだ。
回収できるチャンスはある。
……だが、今はそんなことを考えている場合じゃない。
女幽霊の髪の毛が、もう目の前まで迫っている!
リ・パイはくるりと向きを変え、一気に階下へと駆け下りた!
黒い長髪は壁を這い、床を覆い、手すりに絡みつきながら、階段の下へと伸びてくる。
リ・パイに絡みつこうとした、まさにその瞬間――!
リ・パイは、えいっ、と大きく跳躍し、一気に7、8段の階段を飛び降りた!
黒髪は空を掴み、虚空に絡みついた。
着地した後、リ・パイはちらりと振り返る。
あの黒い長髪は、何らかの制限を受けているのか、階段の曲がり角で止まり、それ以上は追ってこなかった。
黒い長髪が、するすると壁の中へと後退していく。
リ・パイの胸元のコンパスも徐々に落ち着きを取り戻し、今はもう微かに震えるだけだ。
リ・パイは、ようやく、ふぅ、と息をつく。
――その時だった。
鋭利な骨切り包丁が、突如としてリ・パイの背後に現れ、音もなくその首筋に押し当てられた。
包丁の柄を握っているのは、あの中年の女執事、レイクだった。
ひやりとした感触が、リ・パイに自身の危機的状況を悟らせる。
「ま、待て、落ち着け! 俺は敵じゃない!」
リ・パイはゆっくりと両手を挙げる。
「お……お嬢様!」
女執事レイクが、突然叫んだ。
その手から、骨切り包丁が「ガシャン!」と音を立てて床に落ちる。
リ・パイは振り返り、驚愕の表情を浮かべるレイクを見た。
(……俺が、いつ彼女の主人になったんだ?)
(もしかして、この女執事、何か特殊なご趣味でも……?)
その時、リ・パイの手の中のテディベアが、突然、手足をばたつかせた。
リ・パイは、テディベアを見て、次に女執事を見た。
リ・パイの脳裏に、ある考えが閃く。
(……まさか)
(俺が今掴んでるこのテディベア……もしかして、この屋敷の女主人、エローラ様本人なのか!?)
リ・パイは記憶を辿る。
このテディベアは、ここで起きた出来事をよく知っていた。
俺がエローラの体に「悪さ」をしようとした時、このテディベアは狂ったように怒っていた。
……これで辻褄が合う!
エローラの魂は、このテディベアのぬいぐるみに憑依しているんだ!
案の定、女執事の目は、リ・パイの手の中のテディベアに釘付けになっている。この反応を見れば、間違いないだろう。
「なぜ、お嬢様があなたの手に!」
「あなたはいったい何者です!?」
「何をしようとしているのですか!?」
女執事は、警戒心を露わに問い詰める。
骨切り包丁は床に落ちたままだが、拾い上げる間はないと判断したのか、彼女は腰に差していたテーブルナイフを抜き、構えた。
「……なあ、ちょっと落ち着いて、ちゃんと話をしないか?」
リ・パイは言いながら、手の中のテディベアを見る。「――お前も、そう思うだろ?」
テディベアはこくりと頷き、同意を示した。
女執事はそれを見て、黙ってテーブルナイフを下ろした。
「……客間へどうぞ」
女執事が提案する。
リ・パイはテディベアを掴んだまま、女執事の後について客間へと向かった。
暖炉には火が燃えており、客間はそこそこ明るく、ほのかな暖かさも感じられる。
陰鬱で冷たい2階や3階に比べれば、ずっと快適だ。
リ・パイがソファに腰を下ろすと、女執事は進み出て紅茶を一杯淹れ、リ・パイの前のテーブルに置いた。
リ・パイは、カップの中の暗い赤色をした液体を見て、なかなか手を付けられずにいる。
以前、この紅茶を飲んだ後、突然強烈な眠気に襲われたことを、彼はまだ覚えていた。
もし眠ってしまったら、それこそまな板の上の鯉じゃないか?
女執事はリ・パイの反応を見て、彼が何を懸念しているのか察したようだ。
「……今回は、薬は入れておりません」
女執事はそう言うと、自分にも一杯注ぎ、リ・パイの目の前で一口飲んでみせた。
(『今回は』……ってことは、前回のことは認めるのかよ……)
リ・パイは、なんとも言えない気持ちになる。
「……何なりとお話しください」
「その前に、私のお嬢様を……放していただけませんか?」
女執事は、リ・パイの手の中のテディベアに視線を送る。"




