第1章 リアルすぎる恋愛ゲーム
"「これ……マジで使えるのか?」
リ・パイ (李派)は手の中のVRゲームヘルメットをしげしげと眺めていた。
見た目はちょっと古臭いし、手触りも妙に重い。広告で言ってたのと全然違うじゃねーか。
これはリ・パイがフリマサイトでポチったやつだ。
まあ、仕方ない。新品は高すぎるんだからな。
中古のシリコンドールはさすがにちょっとアレだが、中古ヘルメットくらいなら許容範囲だろ。
ゲームだしな、自分のセーブデータで遊ぶんなら、お下がりってわけでもない……よな? たぶん。
『ラブマスター』――このゲームは、リリースされるやいなや、瞬く間に世界中で大ヒットした。
ゲーム内では、医者、修理工、家庭教師、配達員などなど、いろんな役になりきれる。
しかも、ゲーム内のヒロインを攻略こうりゃくすれば、彼女にあんなことやこんなこともやりたい放題だとか!
あらゆる感覚が、現実世界と寸分違わぬレベルで体験できるらしい!
このゲームの登場で、一部の産業が大打撃を受けたとか受けなかったとか……。
そんなこんなで、雨後の筍みたいに溢れる広告やら、友達からのウザいほどのオススメ攻撃に根負けして、リ・パイはとうとうこの中古ヘルメットを買っちまったわけだ。
手の中の古びたヘルメットを眺めながら、出品者に文句の一つでも言ってやろうかと思った矢先、なんと相手のアカウントが消えてやがる……。
「はぁ……」
「安物買いの銭失い、か。」
「まあ、ちゃんと動いてくれれば御の字なんだが。」
リ・パイはため息をつき、ヘルメットの電源ケーブルを接続。そいつを抱えてソファにどっかりと腰を下ろす。
ソファの横の小さなローテーブルには、ティッシュの箱が1つ、スタンバイ済みだ。
これはネットの先輩方が強く推奨していた必需品。
なんでも、この恋愛ゲームはリアルすぎて、現実で栄養失調になるレベルらしい……。
リ・パイは深呼吸ひとつ。意を決して、ヘルメットを装着する。
ひやりとした感覚が一瞬にして全身を駆け巡り、思わずぶるりと身震いした!1
それと同時に、何かが神経に接続されていくような感覚が……。
「『ラブマスター』へようこそ。あなたに温もりと喜びをもたらす恋愛ゲームです。どうぞ、恋する感覚を心ゆくまでお楽しみください!」
システム音声とともに、リ・パイの視界がゆっくりと回復していく。
目の前には巨大な鉄の門。錆びつき、蔦がびっしりと絡みついている。それはまるで、古い墓を優しく抱きしめる触手のようだ。
門の向こうには洋館が見えるが、夜の闇に沈んでひどく寡黙な印象だ。
ひゅっと冷たい風が吹き抜け、微かに生臭い匂いを運んできた。
「さすが最新技術だな、リアルすぎんだろ……」
リ・パイはすぐにその状況に適応した。
こんなリアルな感覚で『恋愛ゲーム』をプレイするなんて……。
そりゃティッシュも必須になるわけだ。
「シナリオ『砕かれた美人』(ブロークン・ビューティー)へようこそ。」
「任務目標:この洋館の女主人おんなしゅじんを探し出し、彼女を目覚めさせ、あなたに恋をさせること。」
「ヒント:女主人はかくれんぼが大好き。洋館の至る所に彼女の気配があります。根気よく探してくださいね!」
「加えて、ご自身の安全にはくれぐれもご注意を。」
「ゲーム内で負傷した場合、現実の肉体にも損傷が及びますよ!」
「それでは、楽しい恋愛の旅へ、いってらっしゃいませ!」
システム音声は、平坦なトーンで励ましの言葉を紡いでいく。
「砕かれた美人……?」
「『眠れる森の美女』じゃねえのか?」
「やっぱこれ、パチモン掴まされたんじゃ……?」
「つーか、このナレーション、どこ訛りだよ……」
リ・パイはため息をつく。
やっぱ中古ヘルメットなんて買うもんじゃなかったか……。
「ていうか、恋愛ゲームで怪我ってなんだよ?」
「まさか腎臓でもやられるのか?」
「それがこのゲームの依存防止いぞんぼうしシステムだったりしてな?」
リ・パイはかぶりを振って雑念を追い払い、錆びた鉄の門に両手をかけた。
ギィィ……と、古びた蝶番が耳障りな摩擦音を立て、思わず心臓がきゅっとなる。
「なんか、どうにも妙な感じがするんだよな。」
「どう見ても恋愛ゲームの舞台じゃねえだろ、これ……」
心の中でぶつぶつ呟きながら、リ・パイは洋館のドアの前までやってきた。
暗赤色の木製ドアには、手のひらサイズの銅製のリングが2つ付いている。
リ・パイはリングを掴み、ドアを軽く叩いてみる。コンコン。
ひやりとした冷気がリングから腕を伝い、直接心臓に流れ込んでくるかのようだ。
この場所は、どこもかしこも不気味すぎる。
「キィ……」
暗赤色のドアが、わずかに隙間を開けた。
その隙間から、乾いた顔が半分、ぬっと現れる。2
「どなた様でしょうか?」
しわがれた声が隙間から漏れ聞こえてくる。
「こちらの女主人様にお目にかかりたく。」
リ・パイはすぐにシステムが設定した役割――女主人の求婚者――になりきる。
「また求婚者の方ですか?」
「どうぞ、お入りください。」
隙間がゆっくりと広がり、ドアが半開きになる。
そこでリ・パイはようやく相手の姿をはっきりと捉えた。
メイド服――に身を包んだ中年女性。
生気がまるでなく、顔色は青白く、目の周りはくぼんでいて、何日もまともに眠っていないかのようだ。
「お客様、わたくしはここの執事を務めますレイクと申します。」
「どうぞ中でお待ちください。すぐにお茶をお持ちしますので。」
やせ細った中年女性はドアを完全に開け放つと、軽く身をかがめてリ・パイを中に招き入れた。
「メイド服の中年女……なんか、こう、キッツいもんがあるな……」
「まあ、こいつと恋愛するわけじゃないのが救いか。」
心の中で毒づきながら、リ・パイは女執事レイクの後についてリビングへと足を踏み入れた。
暗赤色のソファ、彫刻が施された木製のローテーブル、そして火が燃えている暖炉。
リビングの調度はなかなか凝っていて、クラシカルな雰囲気で統一されている。
「お客様、こちらで少々お待ちください。すぐ戻ってまいりますので。」
女執事レイクは一礼してリビングから退出した。
暖炉には火が燃えているというのに、部屋全体が骨の髄まで染みるような冷気に満ちている気がする。
「ん? これは……」
暖炉のそばにあるキャビネットの上が、リ・パイの注意を引いた。
金メッキのフォトフレームが、暖炉の火の光を反射してきらりと光っている。
中には黄ばんだ写真。
シルクハットをかぶり、胸下切り替えのドレスを着た巻き毛の女性が、横向きに座っている。
写真は明らかに色褪せているが、それでも女性の纏う雰囲気には、リ・パイの心をときめかせる何かがあった。
「こいつがこの洋館の女主人……ってわけか。」
「……けっこう、イケるじゃん。」
この場所は不気味極まりないが、攻略対象の容姿を見て、リ・パイの気力はいくぶん回復した。
ネットの噂通り、攻略に成功すれば彼女にあんなことやこんなことができるのなら……。
これは本気で攻略する価値がありそうだ!
「システム曰く、この女主人はかくれんぼがお好き、と……」
「いったいどこに隠れてやがるんだか。」
暖炉の火の光で明滅するリビングを見渡す。
ここに人が隠れられる場所はそう多くない。唯一可能性があるとすれば、ソファの後ろにあるキャビネットくらいか。
「まさか、こんなところに隠れてたりしてな……」
リ・パイの視線がキャビネットに注がれる。
女執事はまだ戻ってこない。ちょっとくらい中を漁っても問題ない……よな?
リ・パイはキャビネットの前まで歩み寄る。
そして、扉に手をかけようとした、その時だった……。
「そこで何をしていらっしゃるのですか?」
背後から、女執事のしわがれた声が不意に飛んできた。"




