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【第9話】勇者の凱旋、犬を連れて

王都へ続く街道は、乾いた土埃を上げていた。

砦から送られた、いかにも貴族好みの豪華な馬車が、乾いた音を立てて進む。御者台には護衛の騎士が何人も控えているが、俺の目にはまるで死んだ魚のように見えた。


揺れる車内には、戦場を生き残った砦の指揮官が、憔悴しきった顔で座っている。その横では、老魔術師――あの「ソドムの火」を放ったジジィが、顔を覆い、項垂れていた。疲労困憊などという生易しいものではない。天界の禁忌を破り、地上に直接手を出したことへの、深い後悔と罰への恐怖が、その全身から滲み出ているようだった。


「……玖須田殿。この度は、まことに、まことに……」

砦を発つ前にごちゃごちゃ言ってた指揮官っぽいやつ。

ありがてぇ言葉でも吐こうとしたのか、口開いた瞬間に声が震えてやがる。泣き出すガキじゃあるまいし、見苦しいこった。


「……その話はもういい」

俺は遮った。興味がない。


椅子に深く身を沈め、片膝を立てる。俺の隣には、もはや何も置かれていない。あの魔物の剣は、もう用済みだ。砦に捨ててきた。


代わりに、俺の足元には、鎖に繋がれたラグナが座り込んでいる。かつて「血盟の魔迅」と呼ばれ、命を削り究極の一撃を放った魔王軍の大将は、今やただの「ペット」だ。首には皮製の首輪が巻かれ、そこから伸びる鎖は、俺が握る手綱へと繋がっている。


彼女の瞳からは、あの戦場で見たような狂気も、燃えるような誇りも失せていた。ただ、虚ろな、死んだ魚のような光が宿るばかり。完全に心が砕かれたわけではないだろうが、かつての面影はどこにもない。時折、僅かに身じろぐたびに、鎖がカチャリと音を立てる。その度に、彼女の肩が小さく震えるのが見えた。


あの後、砦の戦後処理は全て指揮官に丸投げした。俺は、その惨状には一切興味がなかった。焼け焦げた魔物の死骸、血の海と化した大地、そして人間たちの怯えと歓喜が入り混じった顔。どれもこれも、退屈で仕方なかった。


唯一、面白かったのは、ラグナの顔だ。

あの、最後の絶望に染まった表情。


「……とんでもねぇもんぶち込んできやがって……」


右頬に走る、薄い切り傷に触れる。あの《血盟・終》とやらは、確かに効いた。俺が、一瞬だけ、肉体そのものに負荷を感じた。本当に、一瞬だけだが。


――それで、何が変わった?


何も変わらない。世界はまだ、退屈なままだ。

王都に着けば、また面倒な貴族たちが寄って集って、手柄だなんだと騒ぎ立てるだろう。勲章だの、褒美だの、感謝の言葉だの。全てが吐き気を催すほどに無意味だ。


俺が欲しいのは、そんなものじゃない。


馬車は揺れ、乾いた土埃を上げ続ける。

窓の外を流れる景色は、どこまでも単調で、刺激がなかった。


ふと思った事を「ペット」に聞いてみた。

「おめーあの時胸に剣ぶっ刺してたけどあれなんだ?」

ビクッと肩を揺らして恐る恐るこちらを見て答える。


「……あれは……『魔核武器』……です……」


「魔核?」


俺が眉をひそめると、ラグナはビクリと肩を揺らし、顔色を変える。

そのまま、おそるおそるこちらを見上げた。


「ま、魔物が魔人へと変じたとき……内に宿す“魔核”が、強く望んだ“形”として――外に現れます……」

「強く望んだ、形?」

「はい……それは、魔人としての本質……存在の核とも言えるもので……

誰しも一つだけ、自分の“核”にあるものを武器として具現するのです……」


ラグナの声は、か細く消え入りそうだった。


「それが……私の魔核武器です。かつて、私が力でしか何も得られないと思っていた頃に……」

「……そう思って、ああいう剣を出したってことか?」

「……はい。あれは、私自身の“希望”の象徴でもあるんです……」

「ほぉん……」


俺は適当に相槌を打ちつつ、心のどこかでニヤついていた。

魔人の“核”ってのは、便利なもんだな。

そいつをぶっ壊したらどんな反応するのか…

考えただけで退屈な世界が、ちょっと面白くなる。


ラグナは、俺の反応をうかがうように、震えながら続けた。


「く、玖須田さまのような……方にお見せするほどのものでは、ないので……」


その“さま”ってのは何だ、と問いただすのも面倒だったので、黙って鼻で笑った。


───────────────────


ようやく戻ってきやがった、くそったれ王都のど真ん中。

砦を地獄にしてやったその足で、今度は貴族どもの天国みてぇな石造りの城へ直行だ。

兵どもはやけにきびきびと動いていて、街もやたらと清潔。まるで俺が戻ってくるのを知っていたみたいな歓迎ムードだ。……虫唾が走る。


謁見の間。

前よりちょっとだけ緊張感が増してる。そりゃそうか。

この前は魔王軍が攻めてきてパニック寸前だったからな。

で、その魔王軍の頭――「血盟の魔迅」ラグナをボロ雑巾みたいにして連れて帰ってきた俺様のご帰還とくりゃ、騎士も貴族も小便ちびるってもんだ。


もちろん、「ペット」も一緒に連れてきてやった。

いや置いてきたら勝手に逃げられるか、下手すりゃまた暴れ出すかもしれねぇし。

柱にでも繋いどかねぇと、城のバカどもがイタズラしかねない。いや、逆か。

あいつがイタズラされんのを防ぐって意味で繋いどくのか……どっちでもいいけどな。


長ぇ謁見の間の奥で、あの老いぼれジジィが玉座から降りたところでなんか言ってる。

お決まりの長ったらしい装飾に、形式張った言葉、つまらねぇ礼法。


だが、俺様は用意されていた、やわらかいソファでタバコをふかしてた。


ああ、退屈だ。

さっさと王女よこせ。

報酬は、それだけでいいんだよ。


「――そなたは、王国を、いや、人類を救った英雄である!」


ああ、はいはい。何度聞いたセリフだ。

足元でラグナの鎖がチャリ、と音を立てる。

びくりと肩をすくめたその様子を、近衛の騎士たちが色めき立って睨んでくる。

なぁにを勘違いしてんだ。こいつはもう、ただの従順なペットだ。

牙を抜かれた番犬に、吠える気力が残ってるわけねぇだろ。


俺は不意に、片手で鎖を引いた。

その瞬間、ラグナの身体がピクリと動き、小さく膝をつく。


「――っ……!」


やっぱり面白ぇな、こいつ。

壊れかけてるくせに、どこかで踏みとどまろうとする芯がまだ残ってる。

まだ完全に折れちゃいねぇ。

つまり――まだ、楽しめる余地がある。


さて。

茶番が終わったら、俺の「褒美」だ。

まさかとは思うが、まだ渋るつもりじゃねぇだろうな?

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