【第4話】望みのままに
「貴様ァ!王の御前での不敬、タダで済むと思うなよ!」
「調子に乗っていられるのも今の内だぞ!」
カスみてぇな騎士を張り手でぶっ飛ばしただけで、周りの雑魚どもがギャアギャア騒ぎ出した。
せっかくジジィ相手に躾して気分良かったのに、空気読めねぇ雑魚とカスどものせいで台無しだ。
「調子に乗ってんのはてめぇらだろ?犬みたいにはしゃぐなよカス」
途端、周りの騎士どもがピリつき出す。目ぇ見りゃわかる――殺気だ。
でもまぁ、どいつもこいつも薄っぺら。張り詰めた空気に酔ってるだけ。
「本当の事しか言ってねぇのになに怒ってんだよ」
「ま、文句あんならかかって来いよ。全員まとめてぶっ潰してやっからさ」
案の定、真っ赤な顔して突っ込んでくる。茹でダコかよ、みっともねぇ。
一番乗りのアホが、教科書どおりの上段から振りかぶって――遅ぇ。目で追えるレベル。
体を半歩逸らすだけで躱して、ガラ空きの顔面に手ぇ叩きつけてやった。
いい音鳴らして、そいつも後続のアホを巻き込んで吹っ飛んだ。
「……二枚抜き、ってとこか」
周りの連中が囲みにかかる。まるで狩りのつもりか? 笑わせんな。
雑魚が何人集まったところで、雑魚は雑魚だ。
さて――準備が終わるまで、タバコでも吸うか。
火を着け紫煙を1つ吐き出したことろでようやく包囲が完了したらしい。
「……トロトロすんなよ。夜まで待つことになるのかと思ったぜ」
気だるげにそう言い捨てると、合図でもあったのか、取り囲んでいた連中が一斉に突っ込んできた。
──が、遅い。まるでスローモーション。正直、ウンザリしてくる。
振り下ろされる剣の腹に左手を添えて逸らす、んでもって脇腹に右のグーのプレゼントだ。
ハッ いいツラしてくれる。
そのまま順番に遊んでやろうとしたところで、横やりが入ってきやがった。
「お前達!剣を下ろせ!下がれ!」
それを聞いた雑魚どもは途端にしっぽ巻いて下がりやがった。
トサカに来た俺は声のした方向をにらみつける。いかにも高い身分です。みたいな服を着た金髪に白髪交じりのジジィ。
声の主は、玉座に座っていた二番目に偉そうなヤツだった。
一番は、当然この俺様だがな。
邪魔されてトサカに来てた俺は、ズカズカとそいつの前まで歩いてって──何か言う前に張り倒してやった。
玉座に座ってたおかげで、そいつの体は振り子みてぇに派手にしなる。
そんなヤツに、俺はひとこと文句をつけてやる。
「コイみてーにパクパクして何もしゃべらねぇでいたと思ったら、今度は“下がれ”だ?」
「てめぇんとこの、躾のなってねぇ犬にお仕置きしてるだけだろうが」
後ろでまた雑魚どもが駆けつけようとしたが──玉座のジジィは手で制した。
「まことに……申し訳なかった……。急に呼び立てたのは我々だ。あまりに異様な状態だったので、声が出なかったのだ……すまなかった……」
──一言目にちゃんと謝罪できるのは、まぁ評価してやってもいい。
天界のカスとは大違いだ!その殊勝さに少しだけ気分が良くなった俺は、玉座のジジィに伝えてやった。
「謝んなら土下座して地面に額を擦り付けてからだろうが、舐めてんのか?」
実に大人な対応だ。
我ながら感心するぜ。
俺の言葉を受けて、玉座のジジィは一拍──いや、半拍も置かずに膝をついた。
ザリ……という音とともに、両膝が石床に沈む。
そして、ぐぅと身体を折り曲げ──額を地面に押しつけた。
土下座だ。
この国のトップが、玉座から降りて、俺に。
「……まことに、申し訳ありませんでした。無礼があったこと、深くお詫びいたします……」
ざわ……と、空気が揺れた。
騎士たちが一斉に動揺する。
誰かが「陛下ッ……!?」と叫んだが、すぐに他の誰かに押しとどめられる。
動くことも、声を上げることも許されない緊張が走っていた。
俺は、顎に手をやってジジィの背中を見下ろす。
……ふーん。
こう来たか。
たしかに天界のカスじゃ、こんな真似できねぇ。
自分の立場とかメンツとか、そんなんに縛られて何もできねぇ奴らとは一線を画すわけだ。
だからと言って──俺が許すとは言ってねぇがな。
「……気に入らねぇ面の取り巻きどもは、あとで全員躾け直してやる。いいよな?」
ジジィは、土下座したまま動かない。だが、一呼吸置いて──
「……望むままに」
その声は、地を這うように低く、しかしはっきり届いた。
面白れぇ。
こりゃしばらく、この国で遊べるかもしれねぇな。
土下座したままのジジィが、さらに声を震わせた。
「……ですが、一つだけ……お願いがございます……」
なにが「お願い」だ。てめぇの命乞いの延長みたいなもんだろうが。
「我が国は……現在、“魔王”の軍勢に脅かされております……。
北方の砦が包囲され、民は怯え、兵は疲弊し……もう、幾ばくの猶予もございません……」
ほう。
「情けない話ですが……我らの力だけではどうにもならず……。
だからこそ──あなたを、“勇者様”を召喚させていただいたのでございます……」
……ああ、そーいや天界のカスも、なんか「魔王がどうたら~」って抜かしてたな。
耳に入った瞬間、聞く価値もないと思って流してたが……
これのことか。
まあ、ぶっちゃけどうでもいい。
魔王がいようが世界が滅びようが、知ったこっちゃねぇ。
だが──
せっかくのおもちゃが、魔王とかいう別のクソに踏み潰されて壊されるのは気に食わねぇ。
この国も、このクソ騎士どもも、玉座のジジィも──
全部、俺が壊すために取っとくもんだからな。
だから、優しい俺様は話の続きを聞いてやることにした。
「用件だけ、さっさと言え。ジジィ」
ズズ……と顔を上げたジジィは、額を汚して、それでも真っ直ぐ俺を見た。
その瞳には諦めも希望も入り混じってて──見てて飽きねぇ。
「どうか……この国を、民を……助けてはいただけないでしょうか……」
ははっ。
おいおい──
そんな目で見つめて懇願すりゃ、俺がいい気になって動くとでも思ったか?
舐められたもんだな。
「いいぜ。とりあえずその砦ってやつは、なんとかしてやるよ」
言いながら俺は、ニッと笑ってやる。
周囲が少し安堵した気配を見せたその時──
「……ただし、俺からもひとつ条件がある」
ピン、と場の空気が張り詰めた。
ジジィの眉がわずかに動いたのを見逃さず、俺は言ってやる。
「──あんた、娘はいるか?」
その瞬間、ジジィの目が泳いだ。
だが、すぐに諦めたように小さく頷いた。
「……はい。王女が一人……おります。……いかなる条件でしょうか」
素直でよろしい。
「とりあえず見てみたい。すぐここに呼べ」
異論? 認めねぇよ。
王は躊躇しながらも、近くに控えていた家臣に目をやり、小声で命じた。
そいつは一瞬、ためらう素振りを見せたが──
俺の視線に気づくと、青ざめた顔で足早に部屋を後にした。
数分後──
重そうな扉が開き、連れられて入ってきたのは──
おっ、こいつか。
なげぇ髪に透き通るような金髪、プラチナブロンドってやつか?
煌びやかなドレスでも纏ってるかと思いきや、身なりは質素だが、姿勢はしっかりしてやがる。
パッと見は地味だが、顔のつくりは悪くねぇ。
なにより、その目──
気の強そうな鋭さがあって、媚びても媚びなくても面白くなりそうなタイプだ。
ツカツカと俺の前まで歩いてきたかと思えば──
睨みつけるように顔を上げてきやがった。
「──私に、何か?」
ふっ。気に入ったぜ。
そこで俺は、王に向き直って伝えてやる。
「砦と、その辺にいる魔王の軍ってやつは、俺が掃除してやる」
ザワつく空気の中、俺は──続ける。
「──そのかわり、こいつは終わったら俺のモンだ」
ピキッ……と、空気が凍った。
ジジィの顔色が変わり、周囲の騎士どもが腰に手をやりかけるが──
それを、ジジィが手を上げて制した。
王女はと言えば、少しだけ目を見開いたが……すぐに、俺を睨み返してきやがった。
いいねぇ、いいじゃねぇの。
ますます気に入った。
王は、しばし口を閉ざしたまま、まるで何かを噛み潰すような顔をしていた。
そして──しばらくしてから、しわがれた声でこう言った。
「……望みのままに……」
その声は、死刑宣告のように静かだった。
それから、わずかに顔を伏せ──娘に向けて、かすれるような声で呟いた。
「すまない……エルヴィーラよ……国の為……情けない父の為に……頼む……」
その声は、もはや掠れきって、風に紛れそうだった。
王女──エルヴィーラは、ゆっくりと目を閉じ、わずかに息をついた。
そして、まるで運命を呑み込むように瞼を開き、静かに──誇り高く答えた。
「……かしこまりました、お父様」
その声音に、揺れはなかった。
「いずれは、何処かへ嫁ぐ身。兄上もおられますし、我が一族の血が絶えることもございません。──謹んで、お受けいたします」
そう言い終えると──
俺の方へ、鋭く視線を投げた。
その目は、憎悪も、侮蔑も、誇りも、全部まとめて押し込めたような、強い眼だった。
そして、ハッキリとした口調で──こう言いやがったのさ。
「……クソ野郎」
──クソほど気に入ったね。