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【第25話】勇者の名折れ

俺は、その馴染まない力に戸惑うように、何度も手を開いたり握ったりして確かめた。まるで、それが本当に自分のものなのか、指先から零れ落ちてしまわないかを確認するかのように。


そんな俺の様子を、空から降りてきた奴がいた。


「なんだババァ、まだ生きてたのか」


俺がニヤニヤしながらそう言うと、イリュージアはすぐに目が吊り上がった。いつもの、あの癇に障る、しかしどこか憎めない表情だ。


「おうおうおう、舐めた口聞いてくるじゃねーかガキ」


下からメンチ切ってくるイリュージアに、俺はニヤついた顔を崩さず問いかけた。


「ところで、なんか思い出したか?」


そう聞くと途端に戸惑った表情をしだしたイリュージアは、自分の体をくるくる回りながら確かめたりしながら、逆に質問してきた。


「まずは、あの時助けてくれてありがとう。それと思い出したか~って話なんだけどね、私の知らない魔法が頭の中に浮かんできたり、体を動かすときに途端に軽く感じれるようになったの。逆に聞きたいけどあれは何だったの?」


普段だったら「質問に質問でかえしてんじゃねぇカスが」と一発蹴りを入れてやるところだが……コイツは例外の1人だ。


「あ~、ちと混乱するかもしれねぇが……」


そう前置きをして掻い摘んで説明してやることにした。俺にとっては、大したことねぇ話だが、このババアにとっては寝耳に水だろうからな。


「お前は過去……いや前の世界?では俺たちと冒険者やってたんだよ。魔王と盛大にバトった結果、んでお前らは死んで、俺がその魂を預かっていたんだ」


俺が淡々と事実を告げると、イリュージアは目を丸くし、鳥みてぇに手をバタバタさせたり、表情をコロコロ変えて叫びだした。


「ちょちょちょ!魔王とバトった?!ありえないんだけど?!自分でこういうのもなんだけど幻影魔法しか取り柄がなかったのに?!えぇ?!」


うるせぇ……本当にうるせぇババアだ。耳障りな甲高い声が、崩壊した街に響き渡る。とりあえず無視して話を進める。


「んで、預かっていた魂を返したことで、二足歩行の犬をボコれるくらいの力を取り戻した訳だよ。本来の力は完全には使えてねぇみてぇだけどな」


「本来の力……」


そう言うと途端に静かになりやがった。胸の前に手を持って行き、確かめるように握ったり開いたり……人間って新しい力とか確かめる時って手を開いたり握ったりするよな。あれなんなんだろうな。見ていて少し愉快になる。


「まぁ、もっと詳しい話が聞きたけりゃ一度王国に来いよ。いい店がある。そこで腰を据えて話してやるよ」


「…そう」


少しの逡巡をした後、イリュージアは俺と目を合わせて、決めたように返事をした。


「分かったわ。あなたについていくわ。よろしくね☆彡」


そう言い切ると、ウィンクと同時に魔法の星を散らした。キラキラと輝く星が、俺の汚れたアロハに降りかかる。


「うわキッツ」


俺が思わず本音を漏らすと、イリュージアの顔から一瞬で笑顔が消え去った。


「やっぱ殺すわ、お前」


殺気立った声と共に、彼女はすぐに魔法をぶっ放してきやがった。女ってのはめんどくせぇ……。エルヴィーナも似たようなもんか。あいつは本当にどうでもいいことで怒り狂う。



「へっくしっ!」

「大丈夫ですか?風邪でもひかれました?」

「大丈夫よ。誰かが私の事でも話してるんでしょう」



飄々と放たれる魔法を躱しながら、俺は少し笑った。当てる気のない魔法をわざわざ避けてやるのも優しさだよなぁ、と一人ごちながら、暫くその『遊び』を楽しんだ。このババアの魔法は、相変わらず派手で、見ていて飽きねぇ。


そういえば、案内役の奴らのことを思い出した。京極とか言ったか。死んでてもかまわないが……いや、そうなると足が居なくなるのか。めんどくせぇ。


仕方なしに元来た方向へ戻る。ギャーギャー言いながら着いてくるイリュージアをほっといて歩を進める。女ってのはどこまでも騒がしい。


いくつかの瓦礫と廃墟を超えた先では、目を疑うような死屍累々の惨状が広がっていた。そこかしこに魔物の死骸が散らばり、地面は血で黒く染まっている。まるで巨大な肉の塊が散らばっているかのような光景だ。


「お、いたいた。玖須田さーん、そっちも片付いたみたいだな」


そんな地獄絵図の中で、京極がこちらに気づいて、まるで散歩でもしていたかのように朗らかに手を振っている。ラグナはバツが悪そうな顔をして突っ立ってるし、ゼファーは色が抜け落ちたように真っ青になり、地面に横たわりピクリとも動かない。なんだこいつは。


俺はゼファーを見下ろしながら問いかけた。

「おい、そこのゴミはどうした?死んだか?」


するとゼファーが、か細い声で呻いた。

「か…かゆ…うま…」


「アンデッドか……」


まさかこんなところでゾンビ野郎を見かけるとはな。


「ははは、あの後魔物の大群がこっちに来てな。その対応で燃え尽きたみたいなんだ」


京極はなんでもないように朗らかに笑っている。だが、あのラグナの様子が気になった。あいつはもっと図太い面してるはずだ。


「んで、なんでラグナはこんなツラしてんだ?」


俺がそう聞くと、京極は「あぁ、それは」と口を開きかけたが、ラグナがそれを遮るようにポツリとつぶやいた。その声には、明らかな憤りが籠もっていた。


「同胞を手に掛けたくなかったからだ……」


ラグナは京極をキッと睨みつけるが、京極はヘラヘラとした態度を崩さない。


「私の部下達ではなかったが、同じ志を持った者たちだ……それをこいつは……!」


怒りで肩を震わせるラグナに、俺は苛立ちを隠さずに促した。


「なげぇのはやめろ。手短に」


「殺せないって言うから適当な理由を押し付けた。正確には一芝居打ったってとこだよ」


京極は悪びれる様子もなく、涼しい顔でそう言い放った。


「一芝居?」


「魔物の大群の前に出て、『こいつが目にはいらぬか!(さき)の魔王軍大将ラグナであるぞ』と」


京極は、どこか得意げに語る。俺は思わず、呆れたように返した。


「黄門様かよ、んで?」


「これ見よがしに首飾りしてたからさ、これで操ってるって言って。ラグナにはあんたにお仕置きされるんじゃ?って。それでこの光景さ」


京極は、にこやかにそう言い放ちながら、おかげで楽ができたとのたまっていた。つまり、この惨状は京極の芝居と、ラグナへの脅しで作り出されたものだと。全く、どこまでタチの悪い奴だ。だが……嫌いじゃねぇ。


「しかし凄かったぞ。ものすごい速さで殲滅していく様は魔迅かくやってな」


京極は、先程の惨状を指しながら、まるで興奮を抑えきれない子供のように語る。俺はちらりとラグナを見る。こいつの力を使ったんだろう。


「へぇ……そんなに働いてたのか」


俺が茶化すように言うと、京極はさらに身振り手振りで興奮気味に続けた。


「テールランプが残像を残して走り去ってく、みたいな感じだったな!」


ラグナのやつ、いいように使われやがって。だが、その顔は悔しそうに歪んでいるものの、どこか諦めているようにも見える。


そんな俺たちのやり取りを、イリュージアが訝しげな顔で見ていた。そして、おずおずと、まるで何か悪いものでも見るかのように、俺の腕をちょんちょんとつつきながら質問してきた。


「あの~……玖須田、この人たち勇者様だよね?魔王軍に攻められる時の勇者様とは別の方みたいだけど……」


俺は一つ頷き、不本意ながらも紹介してやることにした。


「ワリィな、紹介しとくわ。こいつぁ魔導士のイリュージア」


俺の言葉に、京極とラグナ、そして地面で呻くゼファーの顔が、一瞬にして驚愕に染まった。まるで、UFOでも見たかのような表情だ。


「「!?」」


次に、俺は指を指しながら紹介する。


「んでこっちが京極で、そこで死にかけてるのがアッシー君のゼファーだ。なんか勇者らしいぞ」


ゼファーが「う、うままま……」とさらに意味不明な呻きを上げる。


「んでこいつがペットのラグナだ。元魔王軍大将、以上」


すると、三者三様に驚いた表情をしながら俺を見てくる。先に口を開いたのは、京極とラグナだった。


「「玖須田が謝った……!?」」


京極とラグナの声が、見事にハモった。どうでもいいところに驚愕してやがる。


「どこに驚愕してんだよ」


俺が呆れたように言うと、イリュージアも驚愕で口を開く。


「元魔王軍大将!?」


「そこはまともだな」


イリュージアの反応に、俺は少しだけ安心した。全員が全員、頭おかしいわけじゃねぇらしい。


そんな中、京極が問いかける。


「いや、すまん……。それとイリュージアさんはどうしてここに?今しがたまで魔王軍に占拠されていたはずですが……」


そう問われたイリュージアは、どう答えたものか思案しているようだった。歯切れの悪い言い方で、言葉を選びながら言い淀んでいる。


「ええと……他の勇者様たちが戦ってくれていたんですが、どうやら撤退してしまったようで……」


俺は、そんな歯切れの悪いイリュージアに代わって、要約してやった。


「お前ら帝国の勇者が情けねぇからこうなったんだと」


「ちょっと!そんなこと言ってないでしょ!」


イリュージアが抗議の声を上げる、そうは言うが、王国まで助けを求めてきたんだ。大した違いはねぇだろ。結局のところ、帝国の勇者様とやらが、役立たずだったってことだ。


「歯に衣着せぬ言い方だが……まぁ事実だ。俺たちの実力が足りてなかった」


京極が諦めたように、しかしどこか納得したようにため息をつきながらそう答える。あの飄々とした奴が、こんな正直な言葉を吐くとはな。


「しかしだ、玖須田さん。同じ人間として、アンタを見てまだ強くなれるかもしれないと感じているよ。いずれ超えていける壁としてもな」


京極は、まっすぐに睨みつけるでもなく、ただまっすぐ俺を見つめてそう答えた。その瞳には、侮蔑も、恐怖もない。あるのは、純粋なまでの向上心と、未来への展望だ。不意に宣戦布告を受けて、俺は思わず口角が上がってしまった。


「ハッ!そりゃあ良かったな。殺り合いたくなったらいつでも相手するぜ」


いいねぇ……!退屈をぶっ潰すちょうどいい玩具が、ここでもできるとはな。あのジジィの作った世界は、やはり面白れぇ。俺の『遊び』は、まだまだ続きそうだ。楽しみだ。


「ま、そんなことは置いといて。とっとと王国に連れてけ」


俺がそう促すと、京極は困ったように眉を下げた。


「まてまて、事が無事に終われば帝国での王自ら礼をしたいと…」


「うるせぇ、礼がしたいならそっちが出向いてくるのが筋だろ。そう伝えておけ、俺たちを王国へ送ってからな」


俺は京極の言葉を遮り、そう言い放った。帝国の王だろうがなんだろうが、俺に指図する権利はねぇ。礼をしたいなら、頭を下げて俺の前に来るのが道理だ。それができねぇなら、その程度の価値しかねぇってことだ。


俺は、地面で死にかけているゼファーに軽く蹴りを入れた。彼は「うぅ……」と、さらにか細い呻き声を上げる。


「おら、起きろ。てめぇが起きねぇと帰れねぇだろーが」


ぐいぐいと足で揺らすのを、イリュージアがハラハラした様子で見守っていた。だがそんな心配は無用だ。こいつらは、まだ俺の『遊び』に付き合ってもらう必要があるんだからな。簡単に死なせやしねぇ。

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