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【第24話】空間断絶の舞踏

ザインは、血走った目で俺を睨みつけ、呻きながらも俺の腕を掴んで抵抗しようとする。だが、大したことねぇ。力比べにもならねぇ。全身を魔力で強化したこの俺に、そんな抵抗が通用するわけがねぇ。


思わず、口角が上がっちまったよ。


(最高の『灰皿』じゃねぇか)


こんな場所で、まさかこれほどの『遊び』ができるとは。


しかし、その瞬間だった。


押さえつけられているザインの身体から、ブツリ、と魔力の筋が走るのが見えた。同時に、奴と俺のツラの間から、無理やり放たれた魔力の斬撃が、まるでナイフのように吹き出した。それは、俺が押さえつけているザインの頭を起点に、周囲の瓦礫をも巻き込みながら、無差別な軌道を描いて俺へと迫る。


俺は咄嗟に押さえつけていた手を放し、後ろに大きく飛んだ。だが、斬撃はわずかに俺の肩を掠め、皮膚を薄く切り裂いていく。


「なんだ、やろうと思えば出来んじゃねぇか」


俺の顔から、先ほどまでの狂気的な笑みが消え失せた。代わりに浮かび上がったのは、反撃を試みた獲物を見つけた、鋭い、本能的な笑みだ。ようやく、このカスも『遊び』方を理解したらしい。


ザインは、ねじ込まれた煙草を、ゴホッ、と吐き捨てた。血と唾液で汚れたそれを、瓦礫の山に吐き捨てると、フラつきながらも俺を睨みつける。その瞳には恐怖だけでなく、決意が宿っていた。


「これが最後の一撃だ……。これを貴様が凌げば私の負け……煮るなり焼くなり好きにするといい」


ザインは、血まみれの口でそう告げると、両手に持った刃を真正面に突き出し、全身の魔力を込め始めた。その体から、漆黒の魔力が噴き出し、まるで炎のように揺らめく。


「面白れぇじゃねぇか。それなら最後の足掻きを見た後ぶっ殺してやるよ」


俺は、奴の言葉にニヤリと応えた。そして、何がきてもいいように、低い姿勢で構えを取り、ザインの動きに集中する。奴の放つ魔力の奔流が、周囲の瓦礫を細かく震わせる。


静寂が支配する瓦礫の都市で、ザインの刃に込められた魔力が、凄まじい漆黒の輝きを放ち始めた。その輝きはただの光ではない。空間そのものを歪ませ、ひび割れさせるかのような、禍々しい圧を伴っていた。ザインはゆっくりと、まるで儀式のように刃を胸の前に持ってゆく。その瞳には、覚悟を決した者の決意と、最後の意地が宿っていた。


「《鋭盟(エッジ)スラッシュ》」


ザインがその名を言い終えると同時に、刃を連続で振るい続けた。それは剣技というより、舞のようだった。一振り、また一振り。その度に、漆黒の魔力でできた斬撃が、まるで生き物のように空間を切り裂いていく。一つ一つの斬撃は、空間そのものを断絶させ、周囲100メートルを埋め尽くすほどの《空間断絶漸》が展開される。


瓦礫が粉砕され、地面がめくれ上がり、空気すらもが悲鳴を上げる。視界を埋め尽くす漆黒の斬撃の嵐は、回避不能な死の壁として俺に迫った。


(面白い……!)


俺は、その圧倒的な数の斬撃を、本能と経験だけで捌いていく。ある時は弾き、ある時は紙一重で躱す。魔力で強化した腕で弾いた斬撃が火花を散らし、皮膚を掠めたものが血飛沫をあげる。全身に、薄いながらも無数の切り傷が増えていく。まるで、黒い糸で全身を縫い付けられたかのようだ。


「カハァ……!!」


何十何百かの斬撃を躱した瞬間、ザインの口から苦悶の呻き声が漏れた。その体が大きく揺らぎ、膝をつくと同時に、空間を埋め尽くしていた漆黒の斬撃が、まるで嘘のようにピタリと止まった。


荒い息遣いだけが響く中、俺は、それでも立っていた。全身の傷口から血が滲み、アロハシャツはさらに汚れたが、俺の表情は満足げな笑みを浮かべていた。ザインは、力を使い果たし、地面に膝をついたまま、震える身体で俺を見上げていた。その瞳には、絶望と、そしてわずかな驚愕が宿っている。


「……終わりか?」


俺は嘲笑を込めて問いかけた。


俺が嘲笑を込めて問いかけると、ザインは荒い息を整えながら、か細い声で答えた。


「最初は一太刀も通らなかったが……今ので切り傷程度を与えられたことに達成感があった。それで十分だ」


なんて抜かしやがる。だが、その言葉に嘘はないと、俺の直感が告げていた。こいつは、純粋なまでの「強さ」を求めていたのかもしれない。


「しかし、漣漸を容易くいなした時より……」

「「『弱く』なっていないか?」だろ?」


ザインは、俺の言葉に被せるように問いかけてきた。その目には、鋭い観察眼が宿っている。


「貴様に一太刀でも、と考えていたが結果はくまなく切り傷程度を与えられた」


なんとなく確信しているんだろうな。最初の一撃よりも、確かに今の俺は力が落ちている。久々に楽しめた礼だ。言ってやるか。


「その通りだ。俺様には3人の魂……もとい力を受け継いでいてな、そのお陰さ。ま、さっき1つ返したから今は俺様+2人分の力って訳だ」


正直、ここまで押されるとは予想外だったがな。別の世界ではここまでの強者はいなかった。嬉しい誤算だ。この世界は、まだまだ『遊び』が尽きねぇらしい。


クックッと喉を鳴らし、俺は膝をつくザインを見下ろす。


「人間とはいつも予想を裏切ってくるな……。逃げた勇者ども然り………魔王様然り……」


ザインの呟きの最後の方は声が小さすぎて聞こえなかったが、もう幕引きだ。この『遊び』は終わりだ。


「楽しかったぜ、敬意を表してお前の力を頂くとする」


そう言い放つと、俺はザインの頭に手を置いた。一瞬の間をおいて、ザインの体から黒く輝く粒子が噴き出し、俺の手を通して吸収されてゆく。それは、彼の魔力、そして存在そのものだ。


「こいつぁ……なんというか……馴染まねぇな」


ザインの力を取り込んだ瞬間、全身に異質な感覚が走った。これまで取り込んできたどの力とも違う。種族が違うからか、はたまた他の理由か……。おそらくこの力は、使用はできるだろうが、真に使いこなすことはできない感覚だ。まあ、細かいことはいい。使えるならそれで十分だ。


それよりも……。


(イリュージアのババァはまだ生きてるか?)





玖須田とザインの戦いが繰り広げられる城塞都市の上空、スターダスト・プリティ・イリュージアさんじゅうよんさいは、自身の放った「アストラル・ノヴァ」の残光が空に溶けていくのを呆然と見上げていた。全身に満ちる新たな力は、確かに狼人を塵一つ残さず消し去るほどのものだった。だが、それよりも彼女の心を占めていたのは、玖須田という男の存在だった。


(玖須田……だっけ? どっかで見た記憶があるようなないような……)


彼女は自問する。力を与えられ、同時に「借りていた力を返す」と言われた。知らない魔法の知識が頭の中に流れ込み、欠けていた感覚が満たされていく。まるで、彼と自分との間に、はるか昔から続く、何か目に見えない繋がりがあったかのようだ。しかし、今はその謎を解き明かすよりも、無事だった市民たちの安否が気にかかった。


彼女は魔法で体を浮かせ、ゆっくりと上空へと浮かび上がる。眼下には、ザインと玖須田の戦闘によって、さらなる破壊が加わった城塞都市の惨状が広がっていた。そして、その中心で、今もなお続く二人の戦いを目撃することになる。


玖須田がザインの口に煙草をねじ込み、その抵抗を嘲笑う光景は、あまりに凄惨で目を背けたくなった。だが、その時、信じられないことが起こった。まるで枯れ果てた泉から、最後の水が吹き出すように、踏みつけられていたザインの全身から突如として魔力が爆ぜ、その口の奥から、無数の魔力の斬撃が放射状に放たれたのだ。玖須田は、辛うじて体を反転させて躱したが、彼の肩には薄い切り傷が走っていた。


「なんだ、やろうと思えば出来んじゃねぇか」


彼の言葉と、獲物の反撃に楽しげに歪むその表情に、私は戦慄した。今の斬撃は、まともに食らえば無事では済まない、死を覚悟するほどの一撃だったはずだ。あのザインが、満身創痍の状態で放った、まさに「最後の足掻き」とも言える攻撃を、あの男は傷一つで受け流した。玖須田の異常なまでの強さを、改めて思い知らされた瞬間だった。


ザインがその身からほとばしる魔力を、まさしく最後の命を燃やすかのように、剣に注ぎ込んだ。次の瞬間、彼は狂ったように刃を連続で振るい始めたのだ。一振り、また一振り。その度に、漆黒の魔力でできた斬撃が、まるで生きた糸のように空間を切り裂いていく。


私が見下ろす空間が、瞬く間にその斬撃の嵐で埋め尽くされていく。瓦礫が粉々に砕け散り、地面はめくり上げられ、まるで空気が悲鳴を上げているかのように、周囲が歪む。あのザインが、これほどの大技を隠し持っていたなんて……!


しかし、玖須田は、その死の嵐の中心で、依然として立っていた。信じられない光景だった。彼は、迫り来る斬撃をある時はまるで舞を踊るように軽やかに躱し、ある時はガントレットで弾き、火花を散らす。全身に、薄いながらも無数の赤い線が刻まれていく。まるで、黒い糸で全身を縫い付けられたかのように、血が滲んでいくのが、この高さからでも見て取れた。


それでも、彼の表情は崩れない。むしろ、その口元には、狂気的なまでの愉悦が浮かんでいた。彼は、痛みすらも楽しんでいるのか。この男は、一体どれほどの怪物なのだろう。彼の底知れない強さに、私の背筋が凍りついた。

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