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【第23話】地獄の灰皿

あのクソ魔人、逃げ足だけはいっちょ前に速ぇみたいで、やつの『漣断』を真正面からぶち破った程度で、あっという間に崩壊した城塞都市の中にすっこんじまった。まるで臆病なネズミみてぇに姿をくらやがった。


その代わりに、瓦礫の陰からワラワラと魔物どもが這い出てくるが、どれもこれも雑魚ばかりでうぜぇだけだ。俺様の『おもちゃ』を壊した張本人を追いかける邪魔にしかならねぇ。


「チッ、カスばっかり湧きやがって」


鬱陶しそうに舌打ち一つ。飛びかかってくる魔物を、適当に蹴り飛ばしたり、軽く拳で殴りつけたりしながら、俺はザインが消えた都市の中心部目掛けて一直線に進む。崩壊した建物が立ち並ぶ様は、まるで巨大な墓場のようだ。その奥深くでやつは潜んでいるはずだ。


だが、そんな殺風景な瓦礫の山を進んでいると、やけに目に付くものがあった。


「……なんだ、ありゃ?」


遠くの空に、バカみてぇにカラフルな煙幕が上がっているのが見えた。ピンクに、水色。こんな殺伐とした世界で、悪趣味にもほどがある光景だ。だが、その色合いに見覚えがあった。


(あのババアの……イリュージアか?)


あの時、一瞬だけ感じた微弱な魔力。そして、あの場違いなほどド派手な魔法。まさか、こんなところで出くわすとはな。ザインの魔力はまだ奥の方だ。少し寄り道しても、アイツはそう簡単には逃げられねぇだろう。


ニヤリと笑って、俺はザインの追跡を一旦放置し、カラフルな煙幕の元へ急行することにした。この世界ではもしかしたら…返せるかもしれない。


煙幕に近づくにつれて、魔物の気配も濃くなってきた。だが、どれもこれも、俺の足止めになるような強さじゃない。跳梁跋扈する魔物を蹴散らしながら、煙幕の中心へと進む。


そして、煙幕が晴れた先に広がっていたのは、予想外の光景だった。


ボロボロの魔法少女みたいな格好をしたイリュージアが、腹を貫かれ、廃墟の壁に磔にされている。その体からは、夥しい量の血が流れ出て、地面を赤黒く染めていた。そして、彼女を磔にしているのは、見るからに獰猛な狼人の魔物だ。鋭い爪、剥き出しの牙、そして獲物をいたぶるような歪んだ笑み。


「……チッ、随分と酷い目に遭ってやがるな」


俺は思わず舌打ちをした。こいつはこいつで、別の連中に目をつけられたってことか。


狼人は俺の気配に気づき眼だけで俺を捉える。その金色の瞳には、獲物を邪魔された苛立ちと、新たな獲物を見つけたような興奮が入り混じっている。


だが、俺の怒りは、そんな狼に向けられるものじゃなかった。


「てめぇ……よくも、俺の目の前でこんな真似をしやがったな」


低い声で呟くと同時に、俺は地面を蹴りつけ、狼人へと肉薄した。その巨体は、いざとなればイリュージアの首を食い千切るつもりで、でけぇ口を開けてやがる。


そんなそいつに、瞬時に肉薄した俺は、毛だらけの体に一発ぶち込んでやった。ドゴン、という鈍い音が響き、狼人の巨体が宙を舞う。

ババァに爪がささってる?回復させりゃ治るから気にすんな。


俺の拳が貫いた狼人の爪は、壁に磔にされていたイリュージアの腹からブチ抜かれ、彼女の体がストンと落ちる。即座にその体を抱きかかえた。血の匂いが鼻腔を衝く。


(なんつーか……こう……若い時のババァも……うん、魔法少女趣味の痛いやつだったんだな……)


血まみれの魔法少女衣装に、若干の憐憫(れんびん)の感情を抱いた。だが、それよりも今は確認が先だ。


「イリュージアだろ?」


俺がそう問いかけると、イリュージアは弱々しく目を開けたが、意識は混濁しているようだった。まぁ、無理もない。腹を貫かれているんだからな。


俺は、非常に不本意ながらも、使用するつもりのなかった魔法を使用し回復させる。それと、あのジジィからぶんどったスキル結晶《概念喰い》だ。本来なら、俺自身が取り込んで力を得るためのもんだ。だが与えることにも使えるみてぇだ、昔、イリュージアから魂(力)を受け取ることしかできなかった『借り』を、この力を使って返してやれる。


「……あのジジィからぶんどったモン使うのは癪だが……」


そう悪態をつきながら、俺は掌をイリュージアの傷口にかざした。温かい緑色の光が俺の手から放たれ、彼女の傷口へと吸い込まれていく。みるみるうちに、深く抉られた傷が塞がっていく。その光は、肉体の欠損をも元通りに癒やしていく。


これで、借り一つ返した形だ。あとはクソ魔人を追い詰めるだけだ。


「あのヤローの気配は……見つけた」


ニヤリと笑う。イリュージアの様子を確認し、力が漲っているのを見て取ると、俺は改めてザインが潜む場所へと意識を集中させた。逃がしはしねぇ。


俺は、その場所まで一直線で進むことにした。瓦礫や廃墟をぶっ壊して、文字通り一直線だ。邪魔なものは全て蹴散らし、砕きながら、地響きを立てて突進する。近づいてくる轟音が明確にわかりゃ、より一層恐怖してくれるだろうなぁ……。俺の存在が、奴にとっての絶対的な絶望となるように。


暫くそうやって突き進んだ俺は、中央のやや壁が崩れた、壊れる前はそれなりに立派そうな建物の前までやってきた。そこは、かつての市庁舎か、あるいは大聖堂か。どっちでもいい。今はただ、ザインを潰すためだけの場所だ。


「おぉい!出てこい!わざわざご足労頂いてありがとうございます!って礼の1つでも言いに来ねぇか!」


俺は、建物の前で声を張り上げた。だが、返ってくるのは静寂だけだ。この腐りきった魔の街の、死んだような静けさ。ブチブチと頭の血管が切れるような、苛立ちが募る。


「そうかそうか、出てくる気はねぇってか。……だったら瓦礫と一緒にミンチにしてやンよ!!」


俺は魔力を込めた拳で、廃墟の壁をブッ叩く、ブッ叩く、ブッ叩く。まるで柔らかい粘土細工でも壊すかのように、拳を振り抜き、建物を文字通り穴あきチーズみてぇにしていく。残骸がガラガラと崩れ落ちる音だけが、虚しく響く。容赦なく、完全に崩壊させるつもりで、俺は拳を叩き込み続けた。


崩れ行く廃墟の奥、ごく僅かに気配が動いた。怯えている。手間かけさせやがった報いは受けさせねぇとな……。


逃げ出そうとする微かな気配に、俺は瞬時に肉薄した。そして、その首を片腕で掴み、そのままツラを拝んでやる。


可哀そうに、怯えた子犬みてぇな目で俺を見つめてくるが──生憎、ペットは1匹で十分なんでな。


「フンッ」


俺は掴んだ首を離し、地面に叩きつけた。ザインの体が軽くバウンドした、今度は魔力を込めた足で蹴り飛ばしてやる。ザインは、廃墟群をブチ抜き、遠くで土埃をあげていく。随分遠くまでぶっ飛ばしたもんだが、歩くのもめんどくせぇ。


ふと、あの神なるジジィを呼びつけたことを思い出す。あの時の呼び出し方が、このカスでも通用するかどうか。試しにやってみることにした。


「5秒やる。今すぐ俺様の前まで出てこい。これなかったら……」


言葉の続きを口にせず、俺は静かに、そして全身から禍々しいほどの魔力を放ちながら、ザインが吹き飛んでいった方向を睨みつけた。あの魔人に、この『遊び』の続きを強制してやる。


「いま!今ここに!」


ザインの焦ったような声が聞こえたかと思うと、言いかけたところで、奴は瞬時に俺の目の前に現れやがった。ジジィより見た目が若いだけあって速ぇな。


だが……。


「人がしゃべってんのに中断させてンじゃねぇ!」


俺は不機嫌に言い放ち、地べたに平伏(ひれふ)しているザインの顎を蹴り上げた。ゴキン、と嫌な音が響き、ザインの口から血が流れる。仰向けに倒れたカスを見下ろしながら、俺は懐から煙草を取り出し、ゆっくりと火を着けて一服入れた。紫煙が、崩壊した街の空へと昇っていく。


「てめぇ何様だコラ?そもそも呼ばれる前に出てくんのがジョーシキだろーが!」


そう言い放ち、俺はザインの腹を思い切り踏みつける。ドプッ、と嫌な音を立てて、ザインの口から血の飛沫が盛大に飛び散った……。それが、俺が着ているエルヴィーナに見繕わせた一張羅のビッグシルエットのアロハにまでかかりやがった。この世界のダセェ服なんて死んでも着れねぇからって、わざわざ用意させた、お気に入りのアロハが……。


踏みつける脚に、勝手に力が籠もる。ザインが苦悶の呻き声を上げた。


「てめぇの汚ぇ血のせいで汚れちまったじゃねーか……」


俺は低い声で呟いた。胸の奥から湧き上がる苛立ちが、まるで熱い液体のように全身を駆け巡る。


「それはっ……!私のせいではっ……!」


ザインが必死に言い訳しようと、蚊の鳴くような声で呟く。


「言い訳してんじゃねぇッ!!!」


俺は叫びながら、今度はザインのツラを思いっきり踏み抜いてやった。メリメリ、と不快な音を立てて、ザインの頭が瓦礫に埋まり、体がエビみてぇに反りやがる。笑わしてんのか、こいつ。ふざけた野郎だ。俺の怒りは、まだ収まらねぇ。


煙草を数口吸い、一息ついた俺は、『灰皿』に煙草を捨てることにした。


その灰皿ってのは、ちょっと不便でな。地面に埋まったザインの、血と泥に塗れた口ん中にあるんだよなぁ。


俺はおもむろにしゃがみ込むと、まだ火のついた煙草を、ザインの口元へと放り込んだ。ジュッ、と肉が焼けるような音がして、ザインの顔が大きく歪む。


「ング!?がっ!」


生意気にも、灰皿の分際で吐き出そうとしやがった。そんな真似はさせねぇ。俺は、ザインの頭と下顎を鷲掴みにし、その口を無理矢理閉じさせてやった。タバコの火が、奴の喉の奥へと押し込まれていく。


「てめぇ、『灰皿』の分際で何吐き出そうとしてんだオラ……!飲み込むまで開けさせねぇからな……!」


ザインは、血走った目で俺を睨みつけ、呻きながらも俺の腕を掴んで抵抗しようとする。だが、大したことねぇ。力比べにもならねぇ。全身を魔力で強化したこの俺に、そんな抵抗が通用するわけがねぇ。


思わず、口角が上がっちまったよ。


(最高の『灰皿』じゃねぇか)


こんな場所で、まさかこれほどの『遊び』ができるとは。





男はおもむろにしゃがみ込むと、まだ火のついたなにかを、私の口元へと放り込んだ。ジュッ、と肉が焼けるような、おぞましい音がする。


「ング!?がっ!」


熱い!熱い!激痛に悶え、私は異物を吐き出そうとする。だが、男は私の頭と下顎を鷲掴みにし、その口を無理矢理閉じさせてきた。タバコの火が、私の喉の奥へと押し込まれていく。焼けるような痛みと、肺が熱で灼かれるような感覚に襲われる。


「てめぇ、『灰皿』の分際で何吐き出そうとしてんだオラ……!飲み込むまで開けさせねぇからな……!」


男の言葉は、私のプライドを、存在そのものを踏み潰すかのようだった。血走った目で男を睨みつけ、呻きながらも彼の腕を掴んで抵抗しようとするが、その力は全く及ばない。全身を魔力で強化したこの男には、私の抵抗など、遊びにもならないのだろう。


男の口角が、ゆっくりと上がっていく。その表情には、狂気的なまでの愉悦が浮かんでいた。


(この男……まさか、これほどまでに……!)


私は、この男の異常性と、そして自分が置かれている絶望的な状況を、改めて理解した。

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