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【第20話】再会、そして覚醒

突如、地を揺るがす轟音が響き渡ったかと思うと、その直後、不気味なほどの静寂が訪れた。私は市民たちをその場に待機させ、外の様子を伺いに行くことにした。


地下通路を抜け、崩れた建物の残骸に巧妙に偽装した幻影魔法を通り抜けた瞬間、彼女は息をのんだ。ここに身を隠したときにはまだ原型を留めていた建物が、軒並み更地と化していたのだ。あまりの惨状に、彼女の心臓が不規則に跳ねる。


さらに目を凝らすと、魔物たちが大慌てで城壁の外へと駆けていくのが見えた。まるで、外敵が攻めてきたように、排除しようとするように殺到している。その光景を目にした時、彼女の脳裏に一つの閃きが走った。これは、脱出するチャンスだ。


彼女は急ぎ市民たちのいる場所へと戻った。不安と疲弊に沈む人々の顔を見て、彼女は深く息を吸い込んだ。


「みなさん、聞いてください。いま地上では戦闘が行われている可能性が高いです。その影響で、一時的にこの周囲の魔物たちの数が少なくなっています。この機会を逃せば、もう逃げる手立ては無くなるかもしれません。私が幻影魔法で皆さんの姿を隠すので、ここから脱出しましょう!」


彼女の言葉に、市民たちの間にざわめきが広がった。


「ほ、本当に脱出できるんですか?!」


「もしや、勇者様たちが…っ!」


希望と疑念が入り混じった声が上がる。


魔力の薄衣が夜風に溶ける。淡く煌めく星屑のヴェールが、彼女と市民たちの姿を包み込んでいた。


スターダスト・プリティ・イリュージアさんじゅうよんさいは、右手に杖を構えたまま、そっと息を吐いた。白銀の髪が肩に揺れ、肩越しに視線を後ろへ送る。そこには十数人の市民が、肩を寄せ合いながら彼女の魔法の庇護に守られている。


彼女はゆっくりと地上へと足を踏み出した。


(——今のところ、魔物たちの気配は……ない)


だが油断は禁物。奴らは音や気配に敏感だ。ひとたび誰かが足を滑らせでもすれば、集団で殺到してくる。イリュージアは腕を上げ、小さく手を振る。合図だ。市民たちはそれを見て、そっと頷いた。誰ひとり言葉を発しない。さながら祈りのように静かに、息を殺して、影のように移動を始める。


鉛の空が、戦火に染まった石畳に不規則な光を落としていた。瓦礫の中を縫うように進む。


(……このまま、うまく抜けられればいいけれど)


魔物たちが殺到していった方向は避ける。城壁の南側——ザインが壊した断層のような場所ではなく、まるで何かに圧し潰されたように崩壊している別の箇所を目指す。あそこなら、瓦礫を乗り越えれば市街地の外に出られる。


イリュージアは足を止め、改めて周囲を見渡した。赤黒い空気の残滓はあるが、魔物の気配は見えない。振り返れば、市民たちの顔にわずかながら安堵が浮かびはじめている。魔法の加護に守られているとはいえ、誰もが緊張していた。それでも、出口が見えてきたことで——心に少しだけ、光が戻ってきている。


(……よかった。このままなら、脱出できる)


そう思った、その瞬間だった。


地面が「ぎち」と軋んだ。


次の一歩を踏み出しかけた彼女の足が、ぴたりと止まる。耳を澄ます。どこかで——重い呼吸のような、低いうなり声がした。


(なに……?)


瓦礫の向こう。崩れかけた建物の陰。そこから、ぬるりと何かが現れた。


突如、すぐ近くの瓦礫の山から、ゾワリと肌を粟立たせるような、おぞましい魔力の気配が立ち上がった。


土煙の中から、まず現れたのは、地面を蹴りつけるような音。その姿が完全に露わになった時、私は息を呑んだ。灰色の毛に覆われた、2メートルを超えるしなりの良い体躯。鋭い爪を備えた両腕は、まるで凶器だ。唸るような低い喉の奥からは、剥き出しの鋭い牙が覗いている。それは、ただの魔物ではない。まさに狼人(ワーウルフ)の魔物が、獲物を狙うかのように、静かに姿を現したのだ。


その瞳は、獲物を見定めたかのように冷たく、しかし知性を宿していた。どうやら、奴はこの瓦礫の山に隠れて、私たちが脱出するのを待ち伏せていたらしい。


(まさか、こんな高位の魔物が、こんな場所に……!)


私の脳裏に、かつてギルドから得た情報が蘇る。狼人は、通常の魔物とは一線を画す。知能を持ち、巧妙な狩りを行う。そして、その嗅覚や聴覚は、私の幻影魔法をも見破る可能性があった。


市民たちの間で、小さく悲鳴が上がった。狼人の姿に、彼らの恐怖が最高潮に達しているのが伝わる。


「動かないで! 私の指示に従うのよ!」


私は、震える声を押し殺して叫んだ。幻影魔法は、私を、そして彼らを守ってくれているはずだ。だが、この狼人は……。


狼人は、私がいる方向を見つめたまま、ゆっくりと鼻を鳴らした。まるで、幻影の奥にいる私を正確に嗅ぎ取っているかのように。そして、その鋭い牙が、獰猛な笑みを形作った。


『匂う……匂うなぁ……。恐怖の匂いだ』


グルルと喉を鳴らしながら、狼人は楽しげに笑う。その嘲りの声が、私の耳に直接響くようだった。


『ザイン様の言いつけであえて探さないでおいたが、こんなところで出てくるとはなぁ……』


鼻をヒクヒクさせ、こちらがいるであろう場所を正確に見つめている。その瞳には、すでに私がどこにいるのかを見抜いているかのような、絶対的な確信が宿っていた。


(このままでは、市民が危ない……!)


市民を……市民だけは逃がす。その覚悟を決めた瞬間、私は自身の幻影魔法を解き、姿を現した。周囲の空気が一変し、隠蔽されていた存在が露わになる。


「ふふふ……見つかってしまっては仕方ないわね。なら私が相手をしてあげるわ!この……スターダスト・プリティ・イリュージアさんじゅうよんさい、が相手よ!☆彡」


私は、かつて憧れた魔法少女のように、きっちりポーズを決めた。痛々しい、そう言われるだろう。だが、これが私の矜持だ。魔王軍の幹部にすら見向きもされない、幻影魔法しか取り柄のない私でも、この子供たちだけは守ってみせる。ポーズを決めたと同時に、私は第一の魔法を発動させた。


「《イドラタツィオーネ》!」


私の足元から、薄いピンクと薄いブルーの光を帯びた水の煙幕が、瞬く間に周囲に展開する。これは視界を奪うだけでなく、狼人の嗅覚を攪乱する効果もあるはずだ。


「早く行きなさい……!」


小声で、市民たちに逃げるように伝える。彼らが動揺しながらも、私を信じて後ずさり始めたのを確認し、私は次の魔法を発動する。


「《ラ フィグーラ》!」


煙幕の中から、私と寸分違わない姿の幻影が、もう一体飛び出した。まるで私がそこにいるかのように振る舞い、狼人の注意を引きつける。その間に、私自身は再び幻影魔法を深め、煙幕の奥へと潜んだ。


狼人と幻影を対峙させながら、私は煙幕の中から、次の魔法を発動する。


「《トラフィッジェンテ》」


煙幕の中から、複数の水の槍が勢いよく飛び出した。私の本体の位置を悟られないよう、ランダムな方向から、しかし確実に狼人へと突き刺さるように放つ。だが、狼人は身を捩るように、まるでその軌道を完全に把握しているかのように、無理なく全てを躱していく。そして、鋭い爪で幻影の私を裂こうとする。わずかに躱しきれなかったのか、爪先が幻影のイリュージアをぞっとするような音でなぞった。


『む……。手ごたえが妙だな……。そうかそうか……』


狼人の低い唸り声が聞こえる。その口が、裂けるように上へと釣り上げられた。まるで、私の目論見を全て見透かしているかのような不気味な笑み。


『本体は煙の中だな。頭のおかしい人間だと思っていたが、少しは知恵が回るようだ』


その言葉に、背筋が凍りつく。やはり、幻影魔法は完全に通じていない。奴は、私を煙幕の中から引きずり出すつもりだ。


大きく息を吸い込むと、狼人は空に向かって咆哮した。


『ウォォォォォン!!』


耳をつんざくような大音量が木霊し、私の全身をビリビリと震わせ、空間そのものが歪むようだ。思わず両腕で耳を抑えるが、その衝撃は身体全体を突き抜ける。


狼人は腕を横凪にすることで、水の煙幕を振り払う。咆哮で思わず幻影魔法が解けてしまい、姿が露わになる。


『匂いで分からなくもないが……恐怖に歪む表情も捨てがたいな』


舌なめずりをしながら、狼人は私の姿を捉え、獰猛な笑みを浮かべたまま、真っ直ぐに私目掛けて飛びかかってきた。


狼人の咆哮で姿を現してしまった私は、その鋭い爪から寸でのところで後ろに飛び、躱したが、肩から胸にかけて皮膚を薄く裂かれた。「っつ!」魔法少女のような衣装に、じわりと血が滲む。


その時、目の端に市民たちが城壁を通り過ぎるのが見えた。──ならば。


私は再び都市の中心に向けて走り出した。


『今度は狩りで楽しませてくれるのか?』


背後から、狼人の楽しげな声が聞こえる。奴は私に追い付かないギリギリの速度で追いかけてくる。まるで獲物をいたぶるかのように、じわじわと間合いを詰めてくるのがわかる。必死に走る。崩れた残骸を飛び越え、当てないように振り回される爪を紙一重で躱す。


『ハハハハハハハハハ!!どうした!獲物はもっと早く逃げて見せろ!』


すぐさま殺せるはずなのに、ただ楽しむためだけに追いかけまわしてくる狼人。私の全身から汗がほとばしり、切り裂かれた傷がズキズキと鋭く重い痛みを訴える。それは嫌でも、まだ”生かされている”ことを実感させてくる。


「《イドラタツィオーネ》…!」


私は、振り返りざまにカラフルな水の煙幕を膨大に出現させた。


(多少でもごまかせれば…!)


そんな思いとは裏腹に、煙幕を裂いて鋭利な爪が突き出された。それは、私の腹を貫き、私を背後の廃墟となった壁にはりつけにする。


「ッごはっ…!?がはッ!!」


口から血が噴き出す。足元に自身の血がみるみるうちに溜まってゆく。持っていた先端に星型が付いた杖が、力なく手の中から滑り落ち、乾いた地面でカランと、虚しい音を立てた。


『ハハハ、多少は楽しめたぞ人間』


狼人は、舌なめずりをしながら、その獣めいた顔を私のすぐ近くまで近づけてきた。その瞳には、獲物を完全に捕らえた者の冷酷な愉悦が宿っている。


(私の人生もここまでかぁ……)


走馬灯のように、これまでの人生が脳裏をよぎる。魔導士なのに幻影魔法しかうまく使えず、何とか使える水魔法も及第点程度……。みんなを見返したかった。強敵からは隠れて、倒せる魔物だけ倒して、たった一人で冒険者として生きてきた。なぜこんなにも、冒険者に拘っていたのか、自分でも分からない。


大きく開いた狼人の口が、ゆっくりと幕引きを知らせてくる。


(次に生まれ変わったら……もっと……みんなに…………)


瞳を閉じ、迫りくる死を受け入れる。来世に淡い期待を抱きながら。


空気を裂くような音が響いた──意識が──途切れ……ない。


一瞬の浮遊感の後、誰かに抱えられているのを感じた。薄く目を開ける。


視界に飛び込んできたのは、ゴツゴツとした手、太い腕、そして堅い体。顔を上にあげる。そこにあったのは、厳つい見た目に鋭い目つきの男の顔だった。


視線に気づいた男はこちらに顔を向け、ニヤリと笑って話しかけてきた。


「よぉ、ババア。随分やられてんな」


私はこの男も殺そうと決めた。


「はぁ!?ぶち殺すぞガキッ!ガハっ……!」


咽る私を、男は笑いつつ、ゆっくりと地面に寝かせた。


(私……どうしてこの男を『ガキ』だと……?)


苦痛に顔を歪め、霞む目で改めて男の顔を見る。


「最初はわかんなかったが……バカみてぇな煙幕でようやく分かった」


男はそう言いながら、どこか懐かしむような雰囲気を出す。その声色に、不思議と安堵感を覚えた。


「イリュージア……だろ?」


「ずっと探してた……何回も世界をぶっ壊して……」


男は、まるで私という存在が、とてつもなく重要なものであるかのように呟いた。


「やっと見つけた」


そう言うと、男は(かざ)した手に温かい緑色の光を宿し、私の傷口に翳した。あっという間に塞がった腹部の傷に驚いていると、男はどこからか輝く結晶を手に取り、砕いた。散っていった欠片は光となり、男の体に取り込まれてゆく。


「返すぜ、借りてた力」


再び手を翳すと、今度は紫の光が手から出てきた。それはゆっくりと私の中に入ってくる。力が漲ってくるような……欠けていた何かが満たされているような感覚が全身を駆け巡った。


「しかと返したぜ」


ニコリと笑って、その男は遠くで(うずくま)っている狼人を睨みつけた。


「よくもやってくれたなクソ犬。てめぇも楽に死ねると思うなよ」


男の全身から、暗い緑の魔力が滲み出る。その圧倒的な殺気に、思わず息を呑んだ。だが、漲る力と、目の前の狼人に対する怒りが、私の体を突き動かした。


「待って。そいつは私に相手をさせて欲しい。お願い」


私の言葉に、男は驚いた顔でこちらを見た。私は、自らの足でしっかりと立ち上がり、男の横に並んだ。視線を狼人から外さず、男に問いかける。


「ありがとう。あなた、名前は?」


フッと男は笑い、短く答えた。


「玖須田だ。忘れんなよ」


「さぁね。生きてたら覚えといてあげる」


クックッと私が笑うと、「せいぜい死なねぇように気張れや」とだけ言い残し、玖須田は背を向け、ゆっくりと歩き出した。


「さて、よくわかんないけど……漲る力でぶっ飛ばしちゃうぞ!☆彡」


私は、再び胸いっぱいに力を感じながら、狼人へと向き直った。この力があれば、今度こそ。

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