【第18話】開幕の暴君
「ふっ……この輝き、見えるかしら? 闇夜に瞬く星屑のごとく、幻惑のヴェールを纏いし孤高の使徒……そう、私がスターダスト・プリティ・イリュージアさんじゅうよんさい!(自称)見ての通りの魔法使い(魔導士)よ! 貴方たちのような凡夫には理解できない境地にいるものよ!」
薄暗い地下通路に、スターダスト・プリティ・イリュージアさんじゅうよんさい(自称)の、まるで舞台役者のように大仰な身振り手振りをするが、声は囁くように小さい。彼女は、誰もいない闇に向かって、一人語り続ける。その手のひらの上には、星屑のように瞬く小さな光の幻影が揺らめいている。
「おねーちゃん誰と話してるの?」
幼い子供の純粋な問いかけが、彼女の作り出した幻影の世界を容易く打ち破った。スターダスト・プリティ・イリュージアさんじゅうよんさい(自称)は、ハッと我に返り、頬をピクリと引き攣らせた。
(ここは城塞都市、私は魔王軍からか弱き人々を守るためにこの地に召喚されたのよ!……なーんて、んなわけねーだろ、殺すぞ)
彼女の心の中では、先ほどの美麗な台詞とは真逆の、ドスの利いた毒舌が荒れ狂っていた。
(幻影魔法しか取り柄のないわたし、スターダスト・プリティ・イリュージアさんじゅうよんさいを、厄介払いでこんな辺境に寄こした帝国のギルド長は、残り少ない髪の毛全部燃やしてあげるんだから!きゃるん☆彡)
憎々しげに心の中でギルド長を呪いながら、彼女は必死に現実逃避から思考を戻す。
「ほら、こっちにきなさい……!」
小声で子供を呼ぶ母親の、不安に揺れる視線が痛い。彼女は、その視線を見ないようにしながら、自らの置かれた絶望的な状況を再確認した。
事実、この辺境の城塞都市グリムヴォルフに厄介払いで送られた彼女は、魔王軍の突然の襲撃に際し、連れていけるだけの大人や子供を連れて避難しようとしていた。しかし、城塞都市から出る直前で、黒い魔力の斬撃が城門を文字通り真っ二つに崩壊させたのだ。脱出できなかった彼らは、魔物に見つからないように、この地下に身を隠すしかなかった。
幸い、幻影魔法だけは得意だった。魔物を欺きながら、時に幻影で彼らを誘導し、時に自身と市民の姿を消して、ここまで隠れてきた。だが、もう限界が近い。食料も尽きかけ、何よりも長期間死の恐怖に怯え続ける市民の心は、すでに疲弊しきっていた。あちこちから、すすり泣く声が聞こえてくる。
(一か八か、打って出るしかないか……)
迫りくる絶望の中で、彼女は暗い覚悟を決めようとしていた。その心には、魔物を欺き、子供たちを守り抜くという魔法少女としての最後の矜持が、確かに燃え盛っていた。そして、それは帝国のギルド長への、決して消えることのない怨念の炎によって、さらに燃料を加えられていた。
◇
目の前に広がる城塞都市は壊されていた。魔物の咆哮がここまで届く。腹立たしいのは、この都市をぶっ壊したのが俺じゃねぇってことだ。特にあの両断された形跡がムカつく。
「おい、ちょっと刀貸してくれ」
隣に立つ京極に、ライターでも借りるように気軽に声をかけた。俺の言葉に、京極は呆けたような顔をしている。
「早くしろ、すぐ返すから」
さらに催促すると、京極は「お、おう……」と、まだ状況が飲み込めていない様子で腰の刀を差し出してきた。鈍く輝く刃を受け取ると、京極は目を見開いて俺の動きに注目している。いいリアクションだ。
おもむろに鞘から抜き放った刀身は、見た目はただの飾り気のない直刀だ。フン、こんなもんに魔力込めるとか、面倒くせぇ。だが、どうせやるなら、あのクソ魔人の地味な斬撃なんざ比べ物にならねぇ、真にド派手な開幕の一撃をぶちかましてやる。それが、俺の『おもちゃ』を壊した腹いせってもんだ。
軽く二、三度刀身を振るう。何の変哲もないはずの刀身が、一瞬揺らめいたように見えたかと思うと、濁った黒い魔力が薄く表面を覆い始めた。表面は静かだが、俺が過密に魔力を込めるほどに、刀は小刻みに震えだす。まるで臨界直前の炉のように、刀の限界を超えていく。濁った輝きが刀身に宿り、周囲の空気が重くなった。
「クソ魔人の目に物見せてやるぜ……!」
そう口元を歪めて呟くと、俺は力を込めて鋭く振り下ろした。小高い丘の上から、城塞都市まで1km以上も距離がある。だが、俺が放った魔力の斬撃は、まるで天高くから振り下ろされた巨大な刃のように、眼下の城塞都市を正確に捉え、中央を真っ二つに両断した。
轟音すら置き去りにした斬撃は、都市の中央を横断し、その過程で全体の約三分の一を文字通り押し潰し、破壊し尽くした。ザインの斬撃と比べ物にならねぇ、圧倒的な暴力だ。
何も言えずに固まっている京極、ゼファー、ラグナの三人をよそに、俺は何事もなかったかのように刀を京極に突き返した。
「これで俺が城塞都市をぶっ壊したことになったな。クソ魔人もはっきり分かったろ、俺の『おもちゃ』を壊すってのは、どういうことか」
そう言ってニヤリと笑う。京極は呆然としたまま、まるで夢でも見ているかのように刀を受け取った。いいざまだ。これこそが、俺様がこの世界で望む『遊び』の始まりに相応しい。
京極は、玖須田の異常な行動に驚愕した。
玖須田は、魔王軍によって既に破壊されていた城塞都市を、自身の「おもちゃ」が汚されたとばかりに不機嫌な顔で眺めていた。やつは俺から刀を借りると、まるでライターを借りるような気軽さで、『真にド派手な開幕の一撃』をぶちかました。
玖須田が刀に魔力を込める様子は、俺の知るどんな魔法とも異なっていた。刀身は静かに、しかし臨界直前のような黒い輝きを宿し、常軌を逸した魔力が凝縮されていく。そして玖須田は、その刀を一閃。遠く離れた丘の上から放たれた魔力の斬撃は、城塞都市を真っ二つに両断し、その三分の一を完全に破壊し尽くした。
それは、魔王軍のザインが放った斬撃痕を遥かに凌駕する、圧倒的な暴力だった。呆然と立ち尽くす俺たちをよそに、玖須田は満足げに笑い、「これで俺が城塞都市をぶっ壊したことになったな。クソ魔人もはっきり分かったろ」と告げた。京極は、玖須田の自己満足のための破壊行為に戦慄し、この男の底知れぬ狂気に直面するしかなかった。
◇
この人間の都市を蹂躙し、ほとんどは殺し尽くした。生き残りのわずかな気配がするが、それも直に限界がきて、這い出てくるだろう。その愚かな人間どもを根絶やしにした後、帝都を攻めるのだ。ククク……。
魔王様もようやく理解してくれたのだ。このザインの進言を聞き入れ、こうして人間どもを殺して回る許可を与えてくれた。一部の腑抜けた魔人どもからは「性格が変わられた」などと影で揶揄されておるが、私は確信している。これこそが、魔王様が本来あるべき姿なのだと! 魔王様は、かくも純粋な破壊と殺戮を望んでおられる!
そう高揚した思考に浸っていた、その時だった。
私が座していた城塞内でもっとも大きな建物の壁が、突如として濁った魔力の斬撃によってごっそりと削ぎ落とされた。轟音と共に吹き荒れる突風が、私のローブを激しく翻す。視界いっぱいに、灰色の瓦礫と土煙が舞い上がり、粉塵の向こうから、鉛色の空が嫌でも飛び込んできた。
何だ……? この魔力は……。
破壊された壁の向こうに、はるか遠くに濁った魔力がが見える。あれほどの魔力を放ちながら、なぜだかその存在は、私の感覚を酷く逆撫でする。まるで、己の『玩具』を壊されたことへの、稚拙な腹いせとでも言うような……底知れぬ傲慢さ。
何者だ……あれは到底魔人ではない。あのような濁った、それでいて底知れない魔力など、長きにわたり魔王に仕えるこのザインですら、見たこともない。だが、私へ牙を剥いたことは明らかだ。この地の支配者である私に、無礼を働いたことを……!
「何者か知らんが……私へ危害を加えようとしたことを、絶望と共に刻んでやる……!」
怒りで煮えたぎる思考の奥で、わずかに理性が警鐘を鳴らす。あの魔力は確かに異質だ。だが、このザインの力をもってすれば、いかなる存在であろうともねじ伏せられる。私の威厳を汚した愚か者には、ただ死あるのみ。
私は、崩れた壁の隙間から、まるで漆黒の疾風のように飛び出した。丘の上に立つ、その矮小な人影を目がけて。己の絶対的な力を思い知らせ、己の愚かさを理解させるために……!