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【第13話】残光の城塞

「どりゃああああ!!」


 咆哮と共に、ブロンの巨体が地を蹴る。

 その動きは巨体に似つかわしくない速さだった。膂力に任せて振り上げた斧が、重力すら味方につけて上空から叩きつけられる。


 ザインは両腕でその一撃を受け止めるが、衝撃は凄まじく、足元の地面が砕けた。石と土が飛び散り、足場が沈む。


 即座に反撃に転じたザインは、蹴りに斬撃を乗せて放つ。だが──


「ぬるいッ!」


 ブロンの大楯が、それを真正面から受け止めた。

 鋼鉄の壁のような盾が鈍い音を立てて斬撃を弾き返し、魔人の連撃を無効化する。


「もう一丁ぉおおッ!!」


 声と同時に振るわれたのは、横薙ぎの一撃。ブロンの斧が唸りを上げ、ザインの腹部に迫る。咄嗟に腕を差し出したザインだったが、その巨斧の勢いは止まらず──


 凄まじい衝突音。次の瞬間、ザインの身体が大きく横っ飛びに弾き飛ばされた。


 地面を転がるザインに視線を向けたまま、ブロンは後ろに呼びかける。


「騎士様、嬢ちゃん、立てるか?」


 即座にアルドは鋼の意志を宿して返す。


「あぁ、大丈夫だ」


 アルドが、剣を支えに立ち上がる。続けて、美閖も膝を震わせながら立ち上がった。


「わ、私も……大丈夫です……!」


 言葉とは裏腹に、彼女の手には未だかつてない緊張が滲んでいた。それでも、怯えを押し殺し、彼女は杖を握る手を緩めなかった。


「ならいい……!」


 ブロンは片腕に握った斧を、グッと力強く握り直す。

 その目は鋭く、すでに次の戦闘に照準を合わせていた。


「京極とゼファーは知っての通り留守番だ。──だから、俺たち3人であのクソ魔人を仕留めるぞ!」


 立ち上がったザインが、黒い粒子を纏いながら再び姿勢を整える。

 それを狙い澄ましたように、ブロンは咆哮を上げて駆け出した。


「行くぞッ!!」


 大地が震える。鉄の巨躯が突き進む。その勢いに続くように──


「美閖殿、行くぞ!」


 アルドの声に応じて、美閖も杖を構え、魔法の準備をする。


「……はい!」


「どりゃああああ!!」


 怒声とともに地を蹴るブロン。巨斧を構えたまま一直線に突進するその姿は、まるで戦場を駆ける雄牛だ。立ち上がったザインが、挑発するように口角を吊り上げた。


「面白ぇ……来いよ、豚野郎!」


「豚じゃねぇ! 牛だ!!」


 巨斧が唸りを上げて振り下ろされる。ザインは身を沈めて避けようとするが、地面に踏み込んだブロンの足から衝撃が走り、足場ごと砕けた。


「《地砕き(グラウンド・ブレイク)》!」


「──ッ!? 重いっ……!」


 再び腕で受けさせられるが斬撃で応じるザイン。蹴りと斬撃の連携、鋭さと重さを兼ね備えた複合技。だが、それすらもブロンの大楯が受け止めた。


「弾くぜェ!!」


 盾で弾かれたザインの身体が再び後方に飛ぶ。その勢いのままブロンは続けざまに横なぎの一閃を放ち──ザインの左腕を大きく跳ね飛ばした。


「ぐッ……!」


 呻きながら地を転がるザイン。その血飛沫を掠めるように、アルドが飛び込む。


「行くぞ、ブロン!」


「おうよッ!」


 剣と斧が、異なるリズムで襲いかかる。

 斬撃と重撃の連携が、ザインを的確に追い詰める。剣が牽制し、斧が潰し、さらにその合間──


「──今です!」


 美閖の魔力が閃光となって迸る。

 彼女が放ったのは、対象を一時的に封じる光属性の拘束魔法。


「《ライト・プリズン》!」


 重ねられた攻撃に反応しきれず、ザインの動きが一瞬止まる。


「決めるぞ、アルド!!」


「──ッ!」


 アルドが踏み込む。剣に宿した一撃必殺、聖属性の奥義──


「《聖光穿戟(ホーリー・スラスト)!》」

 剣が光を纏い一直線に突き出される。

 避けられぬ一撃が、ザインの胸部を穿つ──!

「《天地衝裂撃(アースブレイカー)ァッ!》」

巨斧が赤熱するほどの魔力を込め、剛腕を振り抜く!

天と地を分かつかのような絶大な一撃が叩き込まれる!


「──グ、アアァァァ!!」


 呻きとともに、ザインの身体が大きく吹き飛ぶ。地に転がり、黒煙のような粒子と共に痙攣するその姿は、もはやさっきまでの威容を失っていた。


 だが──


吹き飛ばされ、砂煙を上げながら地に転がるザイン。その光景に、アルドとブロンはわずかながらも安堵の息を漏らしかけた。しかし、二人の脳裏には、先ほどの一撃が妙に「堅かった」という奇妙な感触が残っていた。その違和感に、二人の顔が険しく歪む。


「なーんてな」


地に伏せていたザインが、不敵な嘯きと共にむくりと身を起こした。その体には、先ほどまでなかったはずの漆黒の胸当てが、まるで最初からそこにあったかのように装備されている。アルドの聖光とブロンの全力の一撃を受け止めながら、どこか愉快そうに表情が歪む。


「今のは焦ったよ。まともに食らえば致命傷に間違いなかった」


ザインの声に、アルドとブロンの顔から血の気が引いた。まさか、あの連携攻撃を耐え凌いだだけでなく、あまつさえ冷静に防具を生成していたとは。二人の焦りがそのまま顔に強張り、冷や汗が背筋を伝う。背後に控える佐藤美閖もまた、その光景に絶望の色を深くした。


「人間、国境の戦いでは見せてなかった技を見せてやろう。地獄への土産だ」


ザインが右手を掲げると、分解された甲冑の残滓、あの黒い粒子が彼の手に急速に集まり、形を形成していく。それは瞬く間に漆黒の剣へと変貌を遂げた。特徴的なのは、その鍔の部分から柄頭に向けて、四方向へ広がるように筒のようなものが現れていることだ。見る者を悪寒が襲う、禍々しい形状。


(マズイ、マズイ、マズイ……!あのザインが、「地獄への土産」だと?食らえば絶対にヤバイ一撃がくる……!)

アルドの《戦術眼》が、ザインの剣から放たれる膨大な魔力の波動を捉え、その危険度を瞬時に推し量る。

(俺もブロンもさっきの一撃で魔力も体力も使いすぎた……!)

全身の疲弊が、アルドの思考に重くのしかかる。ブロンもまた、肩で息を切り、巨斧を杖代わりにするのがやっとといった様子だった。

「《鋭盟(エッジ・リンク)空間(ディメンション)断絶漸(・スライサー)》」

「ではさらばだ、人間。それなりに楽しかったぞ」


ザインがゆるりとした動作で、黒い剣の切っ先を天へと掲げる。その瞬間、剣の四方向の筒から漆黒の魔力が勢いよく噴き出すと同時に、刀身に暗く、しかし圧倒的な輝きを放つ光が急速に蓄積されていく。それは、まるで漆黒の太陽が剣に宿ったかのようだった。

振り下ろされる前に美閖に指示を出す。


「美閖っ!───!」


「サンドストーム!」

佐藤美閖は、アルドの言葉に半ば無意識に反応するように、渾身の力を込めて杖を振り抜いた。彼女の足元から、渦巻く砂嵐が轟音と共に噴き上がり、ザインとアルドたちの間を隔てるように一瞬で巨大な壁を形成する。


振り下ろされたザインの漆黒の剣戟は、彼の眼前に突如出現した砂嵐の壁を前に、静かに切っ先を地に着けた。


ふぅ、とザインが息を吐き出す。直後、砂嵐が縦に大きくズレ、左右へとゆっくりと霧散してゆく。その先には、悪夢のような光景が広がっていた。


グリムヴォルフ城塞都市の半分が、まるで巨大なナイフで切り分けられたかのように、大地と共に断層としてズレ、分断されている。都市の建物は無残に引き裂かれ、その割れ目の向こうには、底の見えない暗闇が口を開けていた。


「逃げたか……。都市に住まう人間どもを犠牲にするとは、実に勇者らしい」


ニタニタと嗤うザインの眼の奥で、獲物を捕らえ損ねた瞳が、しかし次の殺戮を心から楽しみにしているかのように暗く輝いていた。




アルドさんの、あの声がなければ、きっと動けなかった。漆黒の剣に、恐ろしいほどに純粋な黒い輝きが、まるで命を持つかのように脈動しながら蓄積されていく光景を前に、美閖はただ、絶望に身を浸して立ち尽くすしかなかった。体が、鉛のように重かった。


「美閖っ!砂嵐!転移だ!」


響き渡るアルドの指示に、半ば意識を失いかけていた美閖は、かろうじて杖を振り、言われた通りに魔法を発動させた。視界が歪み、世界がねじ曲がるような感覚。次に足が地に着いた時には、既にグリムヴォルフ城塞都市からは遙か遠い、安全な場所へと転移していた。隣には、息を切らしたアルドさんとブロンさんがいる。


「すまんな、嬢ちゃん。助かった」


ブロンさんの、安堵した声が耳に届く。助かった、と。確かに、自分たちは助かった。三人だけ。


(助かった……?私たちだけ……?)


美閖の視線の先には、先ほどまで確かにあったはずの城塞都市の半分が、綺麗に、しかし無慈悲に抉り取られた光景が広がっていた。まるで巨大な彫刻刀で削り取られたかのように、都市の断面が無残に露わになっている。あの割れ目の先に、どれだけの人がいたのだろう。兵士たち、市民たち、子供たち……。


つい数時間前まで、あの都市の食堂で、温かいスープを飲んで人々と笑いあった。明るい声が聞こえていた。小さな子供が、親に手を引かれて歩いていた。あの人たちは今頃、どうなっているのだろう。


(助かった、って……そんな、馬鹿な……)


喉の奥から、言葉にならない塊がせり上がってくる。胃がねじれるような吐き気と、胸を締め付けられるような罪悪感。普通の大学生活を送っていた自分には、あまりにも非現実的で、残酷すぎる現実だった。目の前で、何千、何万という命が、ザインの一撃で、そして自分たちの「撤退」という選択の結果として、闇に飲み込まれたのかもしれない。


助かった、と感謝するブロンさんの顔が、美閖の目には、どこか遠い世界の出来事のように映った。この「助かった」は、本当に「良かった」と言えることなのだろうか?


私は震える手で、必死に口元を覆った。吐き気が込み上げてくる。自分が本当にするべきことは、これだったのだろうか。自分が助かったことの意味を、私は理解できずにいた。




「帝都へ……帰還する」


アルドの声は、普段の硬質な響きを失い、乾いて掠れていた。その言葉は、命令というよりも、深く沈み込むような諦観を帯びていた。

彼の視線は、遠く霞むグリムヴォルフの方向から離れない。もはや、そこにあったはずの城塞都市の半分は、巨大な口を開けた断崖と化している。黒い魔力の痕跡が、その破壊の規模を雄弁に物語っていた。


惨敗だ。


どう見方を変えても、この防衛戦は惨敗だった。帝国臣民を見捨てた。取り残された人々の運命は、もはや語るまでもない。

ザインの恐るべき力によって都市は分断され、そこにいた夥しい数の命が、一瞬にして魔人の遊び道具と化したのだ。騎士の誉れ。騎士道精神。ディアガル帝国の武威。その全てが、この地で、砕け散ったかのように思えた。


アルドの胸中で、煮えたぎるような怒りが渦巻く。ザインへの、底知れない憎悪。だが、それ以上に強烈なのは、自らへの、そして己の無力さへの怒りだった。


(あの時、なぜ止められなかった?なぜ、仕留められなかった?俺の剣は、何のためにある……!)


《剣聖》と称され、ヴァルガス皇帝の絶対的な信頼を一身に受ける自分が、目の前で繰り広げられた理不尽な殺戮を防げなかった。あの時、美閖に転移を指示した瞬間、アルドは兵士たちと市民たちを見捨てるという、騎士として最も忌むべき選択を下したのだ。あの悲鳴が、今も耳から離れない。

彼らを守れなかった屈辱が、血肉となって全身を灼き尽くす。


帝都を発つ前に聞いた話。「武の道に外れた外道」と忌み嫌う王国の勇者、玖須田がラグナを奴隷のように扱っていたと、アルドは彼の非道な手段を屈辱と感じた。だが、今日のザインの所業は、それと何ら変わらなかった。むしろ、玖須田の「おもちゃ」という、ある種割り切った行動原理と異なり、ザインには悪意と嘲りがあった。そして、その魔人の前に、自分は為す術もなく退かざるを得なかった。


帝都へ帰還し、皇帝陛下にこの報告をしなければならない。この重い事実を、ヴァルガス皇帝の前に突きつけるのだ。それは、誇り高き剣聖にとって、己の敗北を認めるに等しい、耐え難い試練だった。だが、アルドの瞳の奥には、燃え盛るような決意が宿っていた。この屈辱は、決して忘れない。

そして、必ず、この借りを返す。それが、散っていった多くの命への、そして騎士としての己への誓いだった。




城塞都市を遠く背にし、俺たちは徒歩で逃げていく。あの嬢ちゃんの転移魔法で王都まで飛べりゃあ良かったんだが、今も手で口を押さえ、えずきながら最後尾を歩いている。見ちゃいられねぇほど、やつれてやがる。


(俺も迂闊だった、「助かった」なんて簡単に口にするべきではなかった……)


ブロンは、疲労困憊の体に鞭打ちながら歩きつつ、後方で苦しむ嬢ちゃんの姿をちらりと盗み見た。あのちっちゃな体が、どれほどの重圧を背負っているのか、想像に難くない。自分の放ったあまりにも軽率な一言が、彼女の心を深く抉ったのだと今になって痛いほど理解できた。


(畜生……っ)


歯噛みする。いつもは豪快に笑い飛ばし、力で全てをねじ伏せるのが俺のやり方だ。弱者を守る盾として、誰よりも頼りがいのある存在であると自負してきた。だが、今回はどうだ?クソ魔人の力を前に、多くの命を犠牲にして、這う這うの体で逃げ出すしかなかった。


城塞都市……。そこに生きていた何千、何万という人々の顔が、脳裏をよぎる。あの笑顔、あの声。彼らは、俺たちが守りきれなかった。俺たちの力不足のせいで、絶望の淵に突き落とされたのだ。


「守れなかった……」


誰に聞かせるでもなく、重いため息と共に呟いた。その声は、いつも響き渡る彼の豪胆な声とは似ても似つかない、弱々しい響きだった。怒りも、悲しみも、悔しさも、その全てが、巨体にかかる重圧となってのしかかる。

こんな不甲斐ない自分を、あの皇帝陛下は、帝国の臣民は、どう見るだろうか?


「……次に会う時ァ、必ずその首、叩き落としてやるからな……ザイン!」


その声に、いつものブロンの剛直な気性がわずかに戻った。

今はただ、この屈辱を胸に刻み、次への糧とするしかない。守れなかった命の分まで、必ずや、奴らを討ち滅ぼす。それが、ブロン・アイアンハイドが、もう一度盾として立つための、唯一の道だった。

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